【小説再録】うちの母が宇宙の被捕食者だった件F(終)

 宇宙は果てしなく広い。
その広大な宇宙の食肉業者の多くが遠方でのトラブルに備え、マクロに組織された食肉組合に入るのは常識ではあるものの全てではなく、組合費を惜しんだり、自らの星でとれる肉だけを消費するごく小さな業者もいて、更に地球のように原始的な食肉しか普及していない僻地などでは多くがはぐれ狩人個人の裁量で事を収めていた。
 しかしここ数年マクアサラス星から駆けつけトラブル解決を代行する食肉組合委託の便利屋が登場し、人気を呼んでいた。

「…やっと今日地球だな」
 チームを組む相棒にライフはウキウキしながら言う。
相棒は黙って軌道の入力を続けているが、何となくライフの様子を楽しんでいる気配があった。
「…久しぶりに寿司でも食べようかな」
「なら薬を忘れるなよ」
 入力を終えた相棒は改めて椅子に深くかけ直すと背もたれに体を預けながら、早くも寝る気満々の気だるげな声で言った。
「…あ、でも今日の依頼何処? 日本じゃないか」
「台湾だ。(日本は)帰りに寄ればいい」
「…じゃがいこも大人買いしたいし」
「そろそろ来るぞ」
 何が来るのか、ライフも黙って目を閉じた。
すると2人を軽い衝撃が襲い、先に目を開けた相棒は辺りを窺い、声をかける。
「いいぞ」
 ライフが目を開けると、そこはバスの中で2人並んで座っていた。
「……いつかは慣れるもんか? …あの星の乗り物で、よその星のよその場所の別の乗り物に瞬間移動っていうのかな?」
「軌道星の理屈だから慣れようが慣れまいがこれからもそうなる。嫌ならいつでもやめればいい」
「………」
 ライフは痛いような表情で相棒を見た。
いつもこうだった。
容赦なく突き放される事には慣れている、それでも…

「剛(ツヨシ)君、駄目駄目じゃない」
 ライフの口調がいきなり変わった。
「芹香か」
 相棒はこんな事には慣れているのか、むしろ待ちわびていたように笑顔になる。
「芹香かじゃないわよ。あの子をわざと苛めてるんじゃないの? 全く大人気ないんだから」
そう言いながらも何だかこちらも嬉しげか。


 芹香と剛のラブストーリーはずっと、ずーっと続いている。
 芹香の育てる食肉の限界に剛が食肉を狩らざるを得なかった事もあった。
 剛が芹香の種をどうすべきか悩む内に馬鹿息子が種を飲んでしまった事もあった。
 そして馬鹿息子の中で目覚めた芹香を戸惑いながらも慈しむ日々もあった。
 その後の災難、剛には予測出来たはずだったのに外に出るようになった芹香in馬鹿息子の匂いを追って他の狩人による襲撃と、息子を守って攻撃を代わりに受けた芹香の種が殻を失って、あまりのダメージに殆ど死んだようになった事。
あの時の一連の経緯はその後ずっとずっと後になり、ようやく形を取り戻した芹香があるきっかけで再び表に出てきた時に、剛が自分が狩人である事を告白し、彼女を守っていきたい事を打ち明けた時に、彼女から教えて貰った真実である。
 その、芹香が現れざるを得なくなった理由、馬鹿息子が無臭の狩人と食肉の種の地球の繁殖行為によるハーフなどという奇態な存在であるが故の特異体質で、地球の人用治療ではそのまま飢え死にしかけていた為意識を保てなくなり、意識の無い体の中の種である芹香が思いがけず目を覚ましたという訳だったのだが、剛の話を聞き一応意識を回復したという事で無理矢理退院した後は、食肉育成のプロである彼女の尽力により何とか無事回復にこぎつけたという訳だった。
 だが、元々の馬鹿息子の意識は戻ったり、簡単に消えたりで安定せず、あれから3年経ちだいぶましになったものの、度々少しのきっかけで意識が消えてしまい、そこで芹香の登場という事になっている。
 芹香に怒られるので口には出さないが剛は今の状態が嫌いではない。
彼女も本当は嫌がってはいないのではないかと思うが、認めたくないだろうから言わぬが花というやつであるが。
 日本での剛、マクアサラスと呼ばれた者は食肉組合に直訴し、長い交渉の末に自分にかかった懸賞金を取り下げて貰う事に成功した後はお礼働きの様な形で、こうして食肉組合の委託業務を引き受け今に至っている。
 馬鹿息子はどうでもいいと思いはするものの、芹香を守って生きていく、その為なら常に側に置くのが1番いい。
だが、この頃たまに仕事中は便宜上ライフと呼んでいる馬鹿息子が可愛く思えなくもない瞬間があるのは不思議な事だ。
彼女が中にいるからともそうでないとも判別はつかないが。


《宇宙における現代の食肉文化の繁栄はマクアサラスという軌道星の存在無しに語る事は出来ない。
軌道星とは他の星の一切の軌道上に自由に同期(=リンク)出来得る性質のある星を指し、マクアサラス星人に多い優秀な狩人の存在と共に、宇宙規模での狩りと食肉輸送を可能とした。
尚、野蛮なる地球人の伝承にある悪魔や妖魔、魔界などは全てマクアサラスの人とその大地を指すとする説がある》
        了 

【小説再録】うちの母が宇宙の被捕食者だった件E

 (親父が帰らない)
俺の人生に親父は要らないと思ってきた俺があほなのか?
あれから食い物が尽きて俺の腹はとうに音をあげたが、親父はまだ出張から帰らない。
もう半月を過ぎていた。
 会社に電話を?
無理だ。
働き先を知らん。
実質会社員かも分からん。
毎日夕方にはもうオカンといちゃこらしてた印象しかなく何となく思っていたが、そもそも親父の事は何も知らなかった。
 このままでは空腹で万引きか食い逃げしか無い。
くそダサかろうが、逮捕されれば餓死はないが。
いや、でもそれは流石にダサ過ぎるが結局それしか…

 で、決行を躊躇う間に俺はベッドから起きれなくなり、いつしか気が遠くなっていた。


「全く馬鹿が!」
 マクアサラスは30年ぶりに故郷に狩り具(といっても今は護身用だが)の新調に戻っていたが、地球で20日後に戻ると馬鹿息子が意識不明の重態になっていた。
 家探しすれば小銭位あったろうに。
人間に馴染んだ彼女の財布だって彼女の鞄には入っていたはずだ。
(いや、しかし意外にもというか)と彼は思う。
 ただのクズにしては地球でいうモラルがあったのか。
(しかしそれで死にかけてりゃ世話ないが)
 マクアサラスならとても考えられない事で、こんなところだけ自分に似ていないとは意外である。
 彼女に似ているのかも疑問だが。
彼女ならいつも食を第一にしただろうから。

 先日退院したばかりでまた入院。
しかも症状は驚く程はかばかしくないという。
ここ1、2週間がヤマと思うように医師には言われていた。
 マクアサラスは1つ考えていた事がある。
普通の食肉の種は先輩狩人達から聞いていたのだと、どうやって増えるのかは全く分かっていないが、地球の生き物のような生殖行為では生まれないらしい。
というのも色んな星の種達はどれしもいつかの時代に狩人がそれぞれの星にいくつか持ち込んでその星の生物に埋め込んだものの末なのだが、殆ど死なない種達の数が次第に増えており、それは何らかの方法で繁殖している事を示している。
 それで彼は馬鹿息子の母親は種ではなく食肉の体の方で、ただの人間の体質で生まれたと思っていたが、違うのかもしれないと。
 亡き彼女は自分の食肉体と同じ位息子の食生活に過剰とも思える程心血を注いでいたが。
あれがただの息子愛でなかったという事は無いだろうか。

(ま、もしそうだとしても、このまま死ねばせっかくの苦労も無駄だがな)
相手が彼女でなく馬鹿息子となると、とことん冷たい彼である。

(……!)
 ふと気配を感じた。
これは恐らく。
マクアサラスはそっと辺りを窺いながら極限まで気配を殺し、袖に隠したテイゴ(狩り具)を構えた。
 背後のかすかな気配を紙一重にそらしながら、テイゴを素早くとき放つ。
 ギュンッ
(かかった!)
手に残った柄で刃先を手繰り寄せる。
(……!?)
 これは!?
 珍しくもマクアサラス人の特徴がある。
遠い地球で会う初めての同郷の狩人だった。
これなら話し合いで片がつくかもしれぬとマクアサラス(星)の公用語で話しかけた。
[お前、マクアサラス出身か? 俺もそうだ。話して俺が食肉でないとお前が納得すれば生かして帰してもいいが]
[…ふざけるな、死神が! お前を前にして殺るか殺られるかなのは知っている。殺ればいいだろう]
 薄々地球の狩人達の間では噂になっているだろうと思っていたが、やはりそうだったようである。
それと少し興味を惹かれて問いかけてみた。
[お前、こんな遠くの星で何故狩人を? ここまで流れてくるからにはやはり訳ありか?]
[……俺は…、マクアサラスからあんたを狩りに来ただけだ。知らないのか? あんたにはとてつもない高額の懸賞金がかけられている。これまでも沢山来てたはずだ]
(やつら、ただの狩人ではなかったか…)
 ずっと言葉が通じないあまたの狩人を返り討ちにしてきた。
まさか懸賞金とは!
今更驚かされたものの、最初の頃死なない程度に思い知らせるだけにしていたただの食肉の狩人の誰かが『狩人組合』に泣きつきでもしたのだろうと、その後も途切れる事なく彼の前に現れてきた狩人達についても合点がいった次第だった。
[情報の見返りに今は口封じに殺るのはやめておく。次はそうはいかんがな]
マクアサラスは男の後ろ首を完全におさえ、あとは刃を立てさえすれば殺れる状態だったテイゴを退いた。
[俺はまた来るぞ!]
 男がわめく。
[好きにしろ。ま、今は俺の気が変わればすぐ殺れるしやめた方がいいだろうがな]
 男は走り去った。


(さて… 狙われるのが俺と分かったからには俺がいなくなるだけだが、あの馬鹿を置いてっていいものか)
と、今死にかけている息子を思う。
どうでもいい息子でも中に彼女がまだ居るかもしれない可能性がある内は…
(死ぬまで待っても遅くはないか)
 マクアサラスは冷たく決断した。
 死体なら彼女の種があれば取り出せる。
         続く
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