【小説】そして今日環状線で(後編)

 その時大混乱にあった俺、平泉の話の続きのまた続き。


 さあ来い、降りてやる。
〈次は、サンダンジ、サンダンジ…〉
 三ノ宮だ。
ま、乗り換えれば!
 と腰を浮かせたところで、
「…じゃない、塩屋じゃない、塩屋じゃない」
 悲鳴のようなうめきを聞いた。
明らかにヤバい空気が漂う。
「あ、あああぁーーっ!」 目を凝らすと、大将が頭を抱え声を限りに叫んでいる。
ガン、ガン、ガンガンガン
車内の壁に手すりに迷い無く頭を打ちつけ始めた。
「大将!」
 平泉は咄嗟に駆け寄り、力の限りに大将の頭を引き寄せ何も考えずに万力のように体の奥に抱え込んだ。
 意外にも大将は更に暴れるでもなく、ぶつぶつと胸の中で呟いているようだ。
「…は誰ですか? 大将は誰ですか? 大将は誰ですか?…」
 この繰り返しだ。
「……大将ってのは、君の事だろ? みんなそう呼んでる」
 おかしな説明だが、同じ電車に乗り合わせるだけの関係で知っている事などその程度という話だ。
 すると顔を平泉の胸に伏せたまま、大将は言う。
「僕大将違います。大将は誰ですか?」
 漸く府に落ちてきた。
「そうだな。君は大将じゃない誰だ?」
「僕はトキトモです。名前には姓と名があります。あなたは誰ですか?」
大将もといトキトモ君?は意外にも交流に前向きだ。
「平泉だ」俺は言った。
「ヒラ、イズミダ…」
「違う。こう言えば分かるか、姓が平泉、名が翔吾」
「ヒライズミ、ショウゴ」
「そうだ。翔吾でも平泉でもいいぞ」
「ヒライズミショウゴ」と俺から離れるや指差した大将、いやトキトモはニヤニヤしている。
名前を知って嬉しい?のかもしれない。
〈次は、ホンジョウ、ホンジョウ〉
 気がつくと三ノ宮(仮)はとうに発車し、次の駅に着くところだった。
 ちら、とトキトモを見ると、至って平常運転でアナウンスをまくし立てながらニヤニヤしている。
(のんきなもんだ)と思いつつ平泉までどうも開き直ってきていた。
 どっかと座りユルく車内を見渡す。
 こんな異常事態なのに誰も焦って見える者も居ない。
 それに何故か乗客の顔ぶれが変わらない気がする。
あのおばさん、いや妙齢のご婦人とかな。
気のせいだろうが。
(また睨んでるし。急に大将を抱っこしたりやらかしたしな)
 さっきの行動が怪しい自覚はあるので諦めもつく。
 にしても、何だかなあ。今までの調子ならまた須磨から三ノ宮のキテレツ環状線ループだ。
(3周目だっけか、トホホだな)
 救いなのは別段急ぐ用は無い事だ。
 両親は亡くなり、背負う荷物分働かない男の元に留まる物好きな女も居ない、俺を背負いたがる偽善趣味の女にはご遠慮頂いている。
ペットもおばさん猫で餌があれば多少構わなくても平気だろう。
 気がつくと物思いの間に隣から温もりが伝わるようになっていた。
 トキトモじゃないか、驚いた。
目も合わせないくせに、この距離近過ぎだろ、おい。
 もしや暖をとってるのかと思ったが、冬のJR線の車内はガンガン暖房がきいて温かい。
 電車は順調に3周目を消化中だ。
 参考にならなそうだが、隣の温もりにまるで無駄な質問をする。
「また須磨の後は三ノ宮になるけどどうする?」
「須磨の次は塩屋です。塩屋に着いたら降りて16時20分、75番の市バスに乗ります」
 ほら同じ。
でもこんな時は揺らがない誰かの存在に助けられる気がしないか?
 平泉は宣言した。
「俺も塩屋だから、塩屋まで一緒に乗る事にするよ」
 あれ以上トキトモをパニクらせたくなかったら、もう方法はこれしかないと思った。
それに自分は別に忙しくもないのだから、時間だって惜しくない。
「ヒライズミショウゴは須磨の次で降りると言いました」
 真顔でトキトモが言う。
平泉は可笑しくなって言葉を足した。
「だからさ、トキトモと俺は塩屋の家に帰るから、トキトモが降りる時は俺も降りるんだ」
「僕もヒライズミショウゴも塩屋で降ります。ヒライズミショウゴは須磨の次で降りません」
「その通り」と平泉が言うのに合わせたように、その時不意に聞こえた「チッ!」という声。
 その舌打ちは俺ら以外の誰かだろう。
分からないが多分誰かのご希望に添えなかったようだ。
 だがそれはどうでもいい。
 気長に塩屋を待とうじゃないか!
 何だかいい気分であくびが出る…


 と、気がつくと1人電車に揺られていた。
陽はだいぶ傾いて、それなりにさっきより混んでいた。
もう夕方だ。
 (トキトモ…)
 若い相棒は影も形もなかった。
 そして須磨の次は素知らぬ振りで普通に塩屋となり、平泉は狐につままれた気分でいつもの駅へ降り立った。


 それから━━
 あんなに五月蝿がっていたトキトモを今は心待ちにする俺がいる。
幸運のお守りに思えるんだ。
 彼はいつも自分の世界にいるけど。
でも俺に気づいてる。
ちゃんと分かるんだよ!
ほんとさ。時々夢で逢うからね。
          了 
続きを読む

【小説】そして今日環状線で(中編)

 その時大混乱にあった俺、平泉の話の続きである。

〈次はサンダンジ、サンダンジ〜〉
と今言ったのだ、よな?
 そして俺の目はおかしくなってしまった。
ここは塩屋?
有り得ない!
 駅名は『撒弾似』、やっぱり!
 この街は、ここは、有り得なくても…
何でかは置いといて、多分…
「三ノ宮だ」
「三ノ宮、三ノ宮〜! 阪神線、阪急線、ポートライナー、地下鉄線ご利用のお客様はお乗り換えです。お出口は…」
 急に車内アナウンスの口上がおっかぶさってきた。
 顔を上げるとお馴染みの奴がいる。
「大将!」
 平泉は思い切りあきれていた。
 同じ電車に乗り合わせる者みんなに『大将』で知られている━━いわゆる暗黙の了解というやつだ━━かなりの電車オタクと思われるお馴染みの人物の日常がいきなり割り込んできたように感じたからである。
いつもは五月蝿く感じるだけの大将の声に有り得ない程ホッとしてしまった自分にあきれている。
「大将が帰るそんな時間か」
 漠然と午後早い時間と思い込んでいたが、にわかに現実的に時間を意識する。
そういえば大将とは行きも帰りも割と一緒になり易かった。
 しかし、初めてじっくり見てみると大将は思いの他若い、というか高校か大学生ぐらいの未成年のような顔をしており、男の子に言うのもおかしいが、思いの他綺麗な顔だちをしていた。
 だが、ふるまいはいつも通りだ!
それは異常な程に。
 〈次は〜〉のアナウンスにおっかぶせて、滔々(トウトウ)と続きをまくしたてる。
「次は、元町、元町。お降りのお客様は…」
 それを聞く内に平泉は意外にも落ち着いてきた。
さっきのが三ノ宮で、今度が元町ととりあえず考えるという事に成功する。
(だとすれば、次が神戸、それから兵庫、新長田、鷹取、須磨海浜公園駅、で、須磨)
 そして、(おや?)と思う。
(塩屋は? 須磨の後確かまた戻った?という事か?)
 新しい、だが信じがたい考えだった。
 JR神戸線は神戸市の海側を東西に走る電車である。ポートアイランドを回るポートライナーや大阪環状線とは違う。
これがあくまでJR神戸線なら須磨(もどき)の次は塩屋(もどき?)にならなければいけない。
 だがさっき須磨(もどき)の次には、そう、あれは三ノ宮(もどき)だったようなのだ。
「これって環状線なのか?」
 思わず口をついていた。
「環状線ではありません」
 間髪入らず答えが返る。
大将だ。
平泉に半ば背を向けたまま続けて、
「JR神戸線は愛称である。JR神戸線は東海道本線大阪から神戸間及び山陽本線神戸から姫路間の愛称である。阪急電鉄にも神戸線がある為混同を避ける目的でJRと…」
 大将はまだつらつら続けているが、それはいい。
 つまり、やっぱり断じて環状線であるはずがないのだ、名称、いや愛称がJR神戸線であるのなら。
「ならJR神戸線じゃないのか」
「行きは7時55分に塩屋から、帰りは15時50分に三ノ宮からJR神戸線で帰ります。利用するのは月曜日から金曜日。土曜日と日曜日はお休みです」
 立て板に水とばかりにまくしたてながら、大将の顔には何の表情もみとめられない。
 (だけど親切だよな)と平泉は思った。
 これで多分さっき15時50分に三ノ宮(もどき)から大将はこの電車に乗ってきたとの推測がたつ。
 だから、やはり須磨(もどき)の次が三ノ宮(もどき)だったのだ。
 それから━━
 気分が落ち着こうとも再び同じ試練は近づいてくる。
 次は須磨だ。須磨か須磨もどきが来る!
 須磨の次に塩屋(もどき?)が今度は来るのか、それともまた…
「大将、須磨の後三ノ宮だったらどうする?」
 ちょっと訊いてみた。
「大将は誰ですか? 須磨の次は塩屋です。三ノ宮はありません」
「あ、もし、もしだよ。須磨の次にまた三ノ宮に来たとしたら?」
「須磨の次は塩屋です。塩屋に着いたら降りて16時20分、75番の市バスに乗ります」
 どうやら大将のスケジュールは細かいとこまで決まっているようだ。
じゃなくて!
「須磨の次が三ノ宮ならどうする?」
 も一度訊いた。よりシンプルに。
「塩屋に着いたら降りて16時20分、75番の市バスに乗ります」
 駄目だ。
大将はこんなキテレツな話にはついてこれない。

 さーて須磨(仮)だ!
〈次は、ヤギ…〉というのが聞こえたかに思えたが、すぐにいつもの大将のアナウンス真似がおっかぶさったので、駅名なんかは『邪戯』なんで、読みはスマよりヤギだろうが、前回よりも須磨だと自分に信じさせる事に成功した。
 でも大事なのは次だ!
どうするかを決断しないといけない。
 須磨(仮)で快速待ちの間に今度もまたうんと考える。
 そして、仕方ないからこうするしかないかなあというラインはやっぱり同じ結論でしかないのだった。
「大将、俺は塩屋だろうと、似た別の駅だろうと、三ノ宮だろうと次で降りてみるよ。恐らく次は塩屋じゃないからお別れだな」
 大将の反応は無かった。
         続く
続きを読む

【小説】そして今日環状線で(前編)

《逢魔が時にはこの世と魔界が繋がる事があるという噂がある。》



〈次はサンダンジ、サンダンジ〜〉
(え、何てった?)平泉は顔を上げた。まあいい、駅を確認すれば…
 目を細めて近づいてくる駅に目を凝らした。
恐らく三ノ宮に見えるけど。
(……!?)
「サンタマニ?」
 駅名が読めない。
字は『撒弾似』なのだが、初めての字面で常識的とは思えないのでこれは読めない。
 結局、三ノ宮みたいだったが降りなかった。
どのみち三ノ宮ならまだ降りる駅でもなかったし。
 車窓に違和感は特に無い。
いつものJR神戸線の景色だった。
すぐに元町が見えてくる。
慣れた車内アナウンスを惰性のように待ち構えた。
〈まもなくホンジョウ、ホンジョウです〉
「え?」思わず立ち上がり、周りを見回していた。
 どう見ても元町の街並みに見える。
自分以外に取り乱している様子の者は無くて、彼らは当たり前のようにくつろいで見える。
見逃す訳にはいかないと、平泉はキッと駅名を見据えた。
(…ハン、チョウ? いやハ、じゃなくてホンジョウといった!?)
 字面は『反長』だ!
これをホンジョウって読むのか?
おかしい。
普通じゃない、…よな?
 だが、もし元町でもまだ降りる駅ではないので、午後早い時間のがらがらに空いた車内で再び腰をおろした。
 このままだと次もなのか?
ここがJR神戸線じゃないなんて信じがたいがそうなのだろうか?
いや、勘はいつもの景色と告げている。

 そして━━
〈次はカノエ、カノエ〉
 それから━━
〈次はサカナダ、サカナダ〉
 まだ降りるつもりの駅の景色に似た所じゃないから先伸ばしにしているものの、段々決断の時は迫っている。
あと、あと普通なら新長田、鷹取、須磨海浜公園駅、須磨、そして降りるはずの塩屋となるはずなのだ。
だからあと1、2、3、4、5番目の駅で降りるのか?
でも今までと同じく名前が違ったら?
降りていいのか?
 何とはいえない気持ち悪さに襲われている。
近くに座るおばさん、いや、妙齢の婦人が平泉を胡散臭げに視線をくれていた。
 いや、俺は頭がおかしい訳じゃない!
断じて違う、はずだ…
 そうなのか?
いや、まさか有り得ないが目がおかしくなったとしても、間違いなく正気だ!
絶対だ!

 そして新長田に見える駅も、鷹取に見える駅も、須磨海浜公園駅みたいのも、やはり変な別名で非情にも過ぎていった。
 次がほぼ確実に須磨もどきだ、もうあとが無い。
〈次はヤギ、ヤギ。この電車はヤギで快速電車と待ち合わせします〉
 やっぱり。
どうしても知らない駅名しか言わないつもりなのらしい。
それでいて景色はただの須磨にしか見えないが。

 須磨もどき、ヤギ、か?でしばらく停車している間、平泉はとにかく考えた。
考え抜いた。
 そして最後はほぼ自棄っぱちで決めてしまった。
 とにかく塩屋もどきでも降りる!
それしかない!


 果たして、快速も来て電車が再び走り出した。
 塩屋(もどき)を緊張して待ち構える。
 そして━━
 次の駅がコールされる。
それは、予想にたがわず塩屋ではなくて、でも何故か塩屋もどきでもない、だが正気とも思えない名前だった!
〈次は…〉
〈サンダンジ、サンダンジ〜〉
         続く

Qposket『白雪姫』ノーマルカラーver.

さてQposket『白雪姫』のノーマルカラーver.です
やっぱりこっちですよね! とっても可愛くて大満足の逸品ですよ

Qposket『白雪姫』パステルカラーver.

念願のQposket『白雪姫』がとうとう登場したので、以前記事に書いた『松にも衣装 一松、十四松』と同じ日に獲ってきました この記事の画像はパステルカラーのレアver.で、続けてノーマルカラーの方もアップするつもりですのでお楽しみに ネットで紹介されていた時に思ったようにこのパステルカラーの色はちょっと変な色かなとやはり思いました 髪がダークグレーだし、リボンはやはりピンクより赤がいいなあ という事で、ノーマルカラーに乞うご期待ですよ
前の記事へ 次の記事へ