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†立吹



バレンタインデー当日の朝、宿舎の前には山積みとなった大量のチョコが届いた。
日本代表全員宛から個々宛まで、可愛らしい包装から質素な包装まで、それはもう様々なものがそれぞれに宛てられた。
もちろんそれは日本代表に限った話ではなくて、イタリアやイギリスの宿舎ではチョコで大津波が起こり、アメリカ宿舎の方ではキャプテンのマークさんを圧倒的な数で一之瀬さんやディランさんが差をつけて、彼の心をぽっきり折ってしまったらしい。


「……で、マークくんのいじけ具合が可愛くて思わず写真撮っちゃったんだってさ」
「俺の方には部屋に入りきらないチョコの山積み写真が来ましたよ。三枚も」
「あはは、よっぽど自慢したかったんだねぇ、一之瀬くん」
「俺は嫌がらせだと思いますけど」

他国代表のみなさんに比べたらそりゃあ俺達はあんまり貰えなかった部類だと思う。
一番多くもらった豪炎寺さんでさえ、ダンボール10箱分だった。
正直試合にもほとんど出ていない俺はせいぜい紙袋ひとつに収まる程度で、しかも半分は日本にいる陽花戸中のみんなからっていう、もはや身内チョコの域だ。
その俺にこの写真を送りつけてくるなんて、絶対嫌がらせだと思う。
知らず知らずついたため息がチョコ風味の香りを帯びていてなんだか気持ち悪い。

「いいですよね、豪炎寺さんも円堂さんも吹雪さんも。1日じゃ絶対食べきれない量で」
「あげようか?」
「いりませんよ」

あぁ、この人もだ。
俺の倍の量を抱えて押しかけてきたかと思えば「え、まだまだ一部だよ?」って……これだからイケメンは!

「はは……今なら魔王出せますよ俺…」
「欲しいなら僕の分あげるのにー」
「だからいらな……あ」
「ん?」

呪詛の言葉を書き連ねた返信画面から顔を上げる。
食べたり話したりに夢中で一度も顔を合わせていなかった吹雪さんを見ると実にワイルドな食べ方をしていたようで、口の周りも手も鼻のてっぺんも舌の上もチョコまみれになっていた。
床にはトリュフの箱。

パシャッ

「ちょ、なに撮って……!?」
「いやぁ、一之瀬さんへの仕返しに使えると思いまして」
「は!?ん、むぐっ」

俺の手から携帯を取り上げようと身を乗り出してきたその口に大きめのチョコを押し込みながら、メールを作成する。
宛先はもちろん一之瀬さんで。
あ、さっきの写真も添付しなきゃ。
自慢返しだ。


『俺はチョコ吹雪さんをいただいてますよ。^^』


落書き

※気持ち悪い※




















人間にとっては広大すぎるその涼やかな大空を、優雅に泳ぐ彼らがなぜ無機質なアスファルトで小さな命を落とさねばならないのだろう。
どんなに理不尽な死であっても、最期はやはり大地に受け止められるべきだ。
剥き出しの地面まであと数cmのところで絶命してしまった小さな体躯を、私は血にまみれることも厭わずにすくい上げた。

「私、鳥って好きよ」

生暖かい死体に口付けて、苦い血液をそっと啜って、気持ち悪くて吐き出したくてたまらないのにそれでも美しい翼に酔いしれて、片手で乱暴に握り締めて事足りる小鳥を剥き出しの地面へ叩きつける。

あの子は空に突き放された。
イカロスさながら、高く高く飛び上がりすぎた。
人間には決して届かない大空で有り余る自由を貪るくせに欲を出した。
最低ラインを泳げばよかったのにね。

「ねぇ、私、鳥が好きなのよ」










―――――――――
言ってることとやってることが矛盾してる子の頭を撫で回したくて仕方ないです
脱・スランプの練習落書き

†(リカ→)一之瀬と吹雪



『聞いたよ。リカさん、フッたんだって?』
「あっ…あぁー…ははは……うん」
『残念だなぁ、これでもうお好み焼き屋で働く一之瀬くんは見れないのか』
「やめてくれよ……手術前なんだからあんまりからかわれると俺泣きそう」
『ごめんごめん』

アメリカが負けてしまったのは正直悔しい。
もしも俺があのピッチに立っていたならば、もしかしたらあの不落の要塞を突破できたかもしれない。
そう思えば思うほど悔しくて仕方なかったけれど、今はその悔しさが手術を控えた俺の支えになっていた。
だから大丈夫。
決勝トーナメント進出への祝いを兼ねて電話した先の吹雪にそれを伝えたら、だったら心配いらないねと優しく笑ってくれた。
その直後の話題が冒頭である。

「で、どうだった?」
『何が?』
「リカの様子だよ。吹雪から見て、その……彼女、どんな感じだった?」
『あぁ、うん。大丈夫そうだよ。君との出会いが私を成長させるんだーってすっごく前向きだった。……強いよね』



なぁダーリン、うちな、キャラバンにおった頃から本当は知ってたんや。
ダーリンがまじで好きな人が誰か、うちのことどんな感じに思っとってくれてたのか、知ってたっていうかなんとなくわかってたんやで。
だからそんなに気ぃ遣うて遠まわしに言わんと、がつんと言ってくれや!
うちもそれで踏ん切りがつくし、覚悟ももう出来てる。
大事な手術があんのに、わざわざうちにこうして金のかかる国際電話までしてそれを話してくれたこと、めっちゃ嬉しいねん。
もう何も、いや最初っから未練なんかない。
なぁダーリン、手術のためにもうちのためにも、お互いすっきり出来るように、はっきり言うて?
うち、たっくさんの意味と気持ちを込めて、いつまでもダーリンが好きやって言えるから。………な、言うてくれる?




「……あぁ、リカは、強いよ」

女の子とそーゆー関係がなかったわけじゃなかったけど秋以外に本気になることはできなくて、アメリカではそれなりに軽い女の子としか付き合ってこなかった。
リカと同じノリの彼女達にはすんなり言えたのに、どうしてリカには簡単に言えなかったんだろう。
好意をくれる人を振るって、こんなにも辛いなんて知らなかった。

『……気分は?』
「あんなに素晴らしい子をフッた自分が憎らしいよ」

あの時電話の向こうで、彼女が最後に一瞬だけすすった鼻の音を、俺はたぶん、ずっと忘れないだろう。




†ヒロトと吹雪


「ほっ」

ワックスで軽く跳ねさせた一束の髪を、きれいな癖毛に見せるために指で摘んで形を整える。
鏡から視線をそらさないで数回左右に頭を振ってみて、形が崩れないし位置もおかしくないのを確認して、よし俺イケメン。
今日も良い朝だ。

「あ、ヒロトくん」
「ん?あぁ吹雪くん、おはよう」
「おはよー」

そろそろ洗面台から退散しようかと荷物をまとめ始めると、吹雪くんが隣へやってきた。
相変わらず笑顔が可愛い。

「ん、あれ?ヒロトくん、それ何?」
「あーこれかい?ワックスだよ」
「ワックス?」
「うん、これこれ」

ぴょんと跳ねる左右の髪を指で軽くぴんっと弾く。
弾力よく揺れる軽快な動きはさすが俺の髪だと思うよ。
あぁほら、吹雪くんやっぱり驚いてるや。

「それ癖毛じゃなかったの?」
「うん。自慢なんだけど、俺もともとはさらさらストレート髪なんだ」
「ほんとに自慢だねムカつくよ」

濡らしたタオルを軽く絞って、ぱんっと広げたかと思うと吹雪くんはそれを自身の頭に巻いた。

「何してるんだい?」
「寝癖直し。でもすぐに戻っちゃうんだ」

頭を縛り付けるように、タオルの端と端を掴んでぎゅうううっと額の前で引き締める。
しかしそれもたった数秒のことで、次にタオルを外した時そこにいたのは、かつで白いマフラーを大切そうに首に巻いていたあの頃のような……おとなしい髪の吹雪くんだった。

「わぁ、懐かしいね。ちゃんと直ってるじゃないか」
「そんなことないよ。見てて」

ぶるぶるぶるっ

まるで犬が毛についた水滴を払うように激しく頭を左右に振ると、落ち着いたはずの後ろ髪はすかさずぴょんっと跳ねた。
いつもの吹雪くんだ。

「ほらねー」
「じゃあ頭を振らなきゃいいのに」
「だって、練習で動いた後すっごく大変なことになるんだ」
「へぇー……」

じゃあそんなワイルドに水をきらずに、ゆっくり丁寧に拭けばいいのに。
ていうか君こそ寝癖だったんだ、それ。

「ヒロトくんはなんでワックスでそこだけ跳ねを作るの?」
「んー、別にこれにこだわってるわけじゃないんだけどね」
「じゃあ?」
「もったいないから、ワックスが」

グランの俺になるために、ずーっと付き合ってきてくれたこいつがもったいないから。

「君はなんで寝癖を直したがるんだい?」
「僕そんなワイルドキャラじゃないし」

いや、かなりワイルドだよ、君。






――――
朝のやり取り

†豪吹



(あー、タイミング悪いなぁ……)

ザァザァと激しく地面を打つ雨の幕はまるでバケツをひっくり返したようなもので、あまりに激しいもんだからサッカーコートの向こう側のゴールはかき消されてしまってここからではもう見えない。
なんだか今日僕は空に拒絶されているようで、全身ずぶ濡れを覚悟で橋の下から飛び出す気すらもかき消された。
今朝の天気予報は晴天、数十分前までは暑いくらいの快晴が急に曇りだして、河川敷で自主練習をしていた僕を突然の雨で橋の下へ閉じ込めたのは今から数分前だ。
タイミングが悪いわけじゃないのなら、僕が一体何をしたっていうんだ。

「……………ひとりは、嫌だなぁ」

そういえば数ヶ月前もここでこんなことを叫んだ気がする。
あの時も確か雨で、こんなにひどくはなかったけれど気持ちの方を表したならまさにこんな感じで、あの時僕を置き去りにしていった彼になぜだかひどく会いたくなった。
合宿所に帰れば会える彼に、今すぐだ。

「……よし、帰ろう」

風も強いしいつ止むかわからないし、合宿所に帰ったらすぐお風呂に入れば風邪の心配は、まぁ……なんとかなる。
ボールの側に放置しっぱなしのジャージを着込んだ。

(そういえば、ひとりが寂しくなると独り言がよく出るって本当なんだね……ひとりでここにいるとあの時を思い出すって豪炎寺くんに文句でも、「吹雪っ!!」

べちゃっ

「うぉあああっ!?」
「どっどうした吹雪!?」
「ごっごごごえごーえんじっ……!?」

突然背中から襲いかかってきた水の塊にがっちりホールドされ、思わず口から出てきたのは情けない悲鳴。
とっさに助けてと叫びかけた名前の主の声が聞こえたような気がして恐る恐る振り向けば、水の塊だと思っていたそれは、今僕が会いたくて会いたくて仕方ないその人本人だった。
あぁもう、自分の悲鳴が二重の意味で情けなくなってきた!

「………その、大丈夫だったか?」
「き、君こそ……びしょ濡れじゃないか…」

初めて見る、髪を下ろした豪炎寺くん。
至近距離で見るその顔はやっぱりかっこよくって、あぁこれか、なんて微笑む表情すら見ていられない。

「お前がここでひとりは嫌だって言うから、取り残されているなら迎えに行こうと思ったらもう飛び出していたんだ」

俺がそうしたかった。
だから気にするな。

(いや、気にする、すっごい、するよ)

あの時の僕のことばは、ちゃんと届いていた。





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