これまでもどれかの記事に書いてきましたが、オレは高校の頃にマックでバイトしておりました。

最初は、ファーストフードとわいえ飲食系で働くのは気が進まなかったんですがイザ面接を受けたらばその場で採用。


働き出したらコレが意外にまた楽しくって面白くってたまらなくって。



時給なんて幾らでもいい、とにかく一日でも一時間でも多くシフトに入れて欲しいと掛け値なく身を捧げられる場所でした。








さて。




今の職場もその時と同じような気持ちで勤めています。

マックを辞めて社会人になってからとゆーもの仕事に抱く価値はただ単に『生活費を稼ぐ為だけの手段』に成り下がっていました。


だからちっとも気持ちが入らないし面白くもなんとも無い。
『生活費を稼ぐ為だけの手段』だからより条件が良い場所を求めて転職を繰り返す。

三年を超える勤続は三社しかなく、他は二年持たず一年前後で退職なんてザラ。


それはそれは履歴書が真っ黒になるくらいの職歴。





しかし今の職場は気付けばヌルッと七年目に入ってて自分でも驚きます。
あの時のよーに掛け値なく身を捧げられる、本当に久しぶりにそんな面持ちで働いてます。


それはきっと、今の職場に辿り着く前年に亡くなったお袋さんの導きがあったんじゃないかと思って疑わないほどで。


ところで。










前記事にもお伝えした通りオレには生みの母親がいたことが判りました。
そして今はそのつながりから発生する財産放棄をする為に戸籍集めに動いています。




オレの本籍地の戸籍、生みの母親の本籍地の戸籍。

更にオレを生んでからお袋さんに養子に出すまでの四ヶ月間一緒だったことを示す戸籍。




手元に次々と集まる戸籍を読めば浮かび上がる様々なつながり。
長男で生きてきたオレは実は三男だったとか。







どうりで。



オレが生まれた場所は、今の職場から目と鼻の先にあることが判明した。




どうりでまるで導かれるように今ココに有るのはお袋さんだけでなく、生みの母親の想いも重なっていたからなのだ。





どうりで。




因みにオレを養子に出すまでに過ごした場所も判明した。




もう今は無きあのマックが在った所の目と鼻の先だったのだ。






どうりでー。