■第弐回公式イベント『昭和西京 荒川奇譚』
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たかや様宅・雪代功至( www59.atwiki.jp )さんのお祖父さんに、タイムスリップをしたロクス( www59.atwiki.jp )が出会ったら、というifのお話し。
第二話、続きです。たかや様感謝です! 

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ロクスは晃一についてよく褒めた。比較対象が限られているので仕方がないことなのだが、ロクスにはよく分からない。何度も褒めるとくすぐってぇよと笑いながら、まぁ一人だからなあ、なんて晃一はからからと笑った。簡単なことならばなるべくからくりたちにも手伝って貰っている、とも。
それから、晃一は気も利く。皿も出す。…これは、コウもする。
どことなく二人の動きは似ていた。ちょっとした動作でからくりたちの動きを遮らない様に、とか。
ロクスは今頃、コウがどうしているのか不安になるのだが、ひとまず帰る方法を探すにもこの世界については未だ何も分からないのだから仕方がない。
「ありがとうございます、では並べておきますね」
コウの家で仏壇のあったスペースには、よく分からないからくりのパーツが並んでいた。
ああ、ここには、時間が。
―――ロクスの知らない時間。コウと、晃一との間に埋まっている遠く、近い時間の差が、其処には在るのだと気付く。
気付けば晃一が皿を綺麗に並べてくれていたので。
「ありがとうございます」
つい、撫でそうになる。違う違う。この方はコウ様ではないのだから。
まだ喪失の訪れていない部屋なのだ。喪われてしまう前の、優しい時間なのだから。
「おう?」
晃一は一瞬身構えかけた。ロクスが、いつもコウにしているのと同じ要領で頭を撫でそうになった事は当然知らない。
すると食事を始める前に、ロクスは別の部屋に案内された。曰く、其処がロクスの寝る場所だ、と。
そこは―――いつもロクスが使っている部屋。壁や畳が未だ新しい。コウの時代にあったからくりのパーツもなく、しんと静まりかえった広い空間。
「あ…ありがとうございます」
この方も、機械人形に場所を下さるのですね。機械の私を、まるでひとのように。
ロクスは笑って、ご飯にしましょうと戻る。他愛もない会話だ。今がどんな時代か、どんな情勢か。世間を騒がせている『荒神一族』という存在は未だ何もないらしい。代わりにほらよと渡された新聞には、大きくデモについて書かれており、そのリーダー格と思われる人物の名に、『荒神』という名字が見つけられるくらいだ。
西京、というよりも天照神国全体も合衆国との戦争が秒読みにあるとか何とか。宇宙人や亜人といった存在も未だ少なく、寧ろ珍しい傾向にあるらしい。何もかもが、コウの時代とは異なっており、ロクスも早々簡単に出歩けない気がした。

…そのあと、お背中流します! と風呂場に乱入してこっぴどく怒られたが。

「全く…背中ぐらい流せらぁ…おう、ちと来なよ」
庭が見える縁側に腰掛ける晃一から、声がかかった。
はい、とロクスは風呂上がりの晃一についていく。未だ髪が濡れていたので、ちょっと待って貰ってから拭いておいた。
…こういうところは、よく似ていらっしゃる。
庭はまだ何もなかった。花が植えられるのは、まだ先らしい。
「……じいっと、しぃっと、な」
言って二人で息を潜めた。晃一は片目をつぶって愛嬌のある顔で、人差し指を唇の前に立てる。静かに、という合図だ。
すると、どこからともなく光が灯っていく。
一つ。
ふたつ。
少しずつ増えていく其れは、庭の端へ端へと浮かび上がり。
庭はずれの池に、ぽう、と一つ二つ、光が灯る。蛍だよ、ロゼさん。晃一はそう呟いた。
「……知っているかい、蛍を」
今年も綺麗だ。 晃一は笑う。
蛍という小さな小さな虫の光なのだ。ロクスは機械の目で見ようとして、止めた。
ただぼんやりと、ぽうと光る其れを見つめ、美しいですね、とロクスは微笑む。コウイチ様の横顔もまた、穏やかで。
……ああ、あの池は、もうなくなっているだろうか。覚えていない。
「初めて見ました」
そして。
「とても、きれいですね」
「初めてかあ。そうか、きれいか。良かった」
かはは、と晃一は笑っている。
からくりにきれいと言って貰えると何だか嬉しいもんだね、別に俺が育てた訳じゃないんだが。
縁側に腰掛け、膝に頬をつきながら、ぼんやりと蛍を眺め、ぼやく。
さっきの新聞見ただろう? 此の国は今、内とも外とも喧嘩してるんだ。
「天に数多に星はあれど地上にも星は咲くもんだ。…こんなん見てりゃ和むだろうに人はなんで争うやら」
「そうですね…」
ひとの争う理由。それは色々あって。どうしようもない場合も、あるのだろう。
其れは、ロクスには分からない。判断出来ない部分もある。例えば感情。例えば過去の因縁。例えば、もっと別のもの。機械では分からない世界に、いやロゼさんを困らせたい訳じゃねぇよすまんねと苦笑されてしまった。
だから話題を変えるべく。
心地良い風を頬に感じるものの。…ああ、これではコウイチ様、体が冷えてしまいますよ。
ロクスはコウイチの肩に羽織をかけた。構うもんかい、コウイチはそう笑っている。
……不思議な縁です。
「ありがとうよ」
晃一は笑って、さあ体が冷えるね、寝ちまおうか、と戸を閉め出した。
少し立て付けの悪い所もあるらしく、がたんがたんと大きく戸を揺らしての戸締まりだ。どう見ても、苦労している。
「表の戸締りも気をつけねえとなあ」
ひょいひょいと歩いているが、たまに義足が痛むようだ。
「戸締まりは私が致しましょう」
ロクスは雨戸を一つ一つ閉めていく。木製の雨戸だ、力加減に気をつけなければ。
コウの時代と同じところが軋んでいた。どうやら昔から同じ様な場所が閉めるのに困っていたらしい。
言われた場所の鍵をしめてゆく。
…コウイチ様の足が不自由ならば、私はこの方の足となろう。

「コウイチ様、頼って下さいませ」
ロクスはそういって身を折った。
全ての戸を閉めた後、晃一を寝室まで見送り。その廊下でロクスは告げる。
私はひとを助ける為に作られたのですから。…コウイチ様は何故か、複雑な顔をしている。
「しかしな、まるっと全部やってもらったら、俺は怠けちまうよ」
だからさ。晃一はロクスの頭を撫で、
「うちにいる間は半分を手伝ってくれ。半分はお前さんを頼る。半分は自分でやるよ」
だってねえ。
晃一の指先が、先ほどの庭を指した。
ほんのりと光る夜の灯りたちを思い出しているのだろうか、目を少し細めて。
「痛いからって歩かなくなっちゃ、あの蛍も見に行けねえや」
頭を撫でられて、ロクスは不思議な気分になった。…ラージュ様に撫でられたものとはまた、違う何か。
「…そうですね。畏まりました。半分を、お手伝いしましょう、蛍を、コウイチ様が見に行ける様に」
「うむ」
善哉、善哉。晃一は笑って寝室に入っていった。

翌朝、晃一の朝は矢張り早かった。
脚が痛んで起きてしまうようだが、彼はそれを隠して雀に餌やりをしている。ロクスの目には晃一の不自然な挙動が分かる。医者に行くべきですよと今度言おう。何事も早めの治療が大切だ。
おはようございます。
と、ロクスが近付くと雀たちが逃げてしまった。ああ、申し訳なかった。なるべく気配も足音も消したつもりだったのに。

「…すみません、朝の一時をお邪魔してしまって…」
「いや、いいさ」
晃一は手のひらに残っていた米をぺいぺいとまいてから、朝飯にしよう、ロゼさん手伝ってくれるかい、と笑う。
なぁにああやっておけばあいつらは戻ってきてまたつつき始めるさ。…なるほど。置いておくことでいつでも自由に食べられますね。餌付けをしてる訳じゃあないがね。
そんな会話を交わしながら、朝食の準備をする。食材の準備よりも、先ずは台所に火を入れなければならない。まだ薪を割り、火を起こす時代は食事を用意するのも大変だ。ロクスは薪を素早く割り、火を起こして朝食の支度を進めていく。
…ガスコンロなど、まだ無いのですね…。

ご飯が炊けたら次はおかずを切って、卵を焼いて。ついいつもの癖で能力を使っているとコウイチが驚いている。
卵を炒めるロクスの周りで、炊けたばかりのご飯が空櫃に移し替えられている。ふわふわと宙に浮くしゃもじと空櫃。もう一方では味噌汁の鍋に豆腐が落とされている光景は中々に奇妙だろう。
はっと驚き、そういえばこの能力について話していなかったとロクスが慌てると。
「凄いなぁそりゃあ」
あはは、と笑って。便利だねえと言い、特に気にしていない風だった。
改めてロクスの能力、質量制御について説明するとそうかいそうかいと目を輝かせている。…からくりの能力全般に興味があるのですね、きっと。
ただし、と不意に真面目な顔になり。
「…外では使っちゃあだめだよ。戦争に呼ばれちまうね」
あんた優しいからね、危ないね。気をつけるんだよ、と晃一は再び笑ってメザシを炙る。
戦争。
ひとどうしの争いに、私の能力が使われてしまうことを、この方は危惧して下さるのか。…私は、ひとのための機械だというのに。いざとなれば、そうした命令も聞くだろうに。ああ、否、だからこそ、か。私がひとの命令を聞く機械だからこそ、なのかもしれない。
なので、家の中でのみ、ロクスは能力を使うことにした。これがあれば朝御飯の支度をしつつ、布団を畳んだり薪を割ることも出来る。
ただ、手伝い過ぎてはいけないから、そこが難しい。
「ははは」
優しいねえと笑うのが晃一だ。
そうしてロクスが頑張った分、小さなメンテナンスが追加される。
晃一は手を動かしながら話すのが得意だ。コウはいつも真剣な表情で黙っている。少し、違う二人。
「そういえばさあ」
よく動かす肘関節をとんとん、と。
「ここらちょっと改良してるねえ。荒削りだが」
コウが弄った箇所だ。普段からよく使う部分だからこそ消耗も激しい。なるべく摩耗しにくい様にとコウが手を加えてくれた場所なのだ。同じからくりに通じている二人だからこそ、気付くのだろうか。はい、そうですとロクスは頷く。
メンテナンスされる度に、優しくて、丁寧で。だが、コウに重ねてしまう。
…コウ様も、お祖父様の手付きを見ていたのでしょうか…。

触られた肘関節を大事そうにロクスは触れた。
「大切な方が、丁寧に細工して下さいました。長く、使える様にと」
「ほう。お前さんのクセをよく見てる。…脚の膝もな」
ぺしりと叩く。
「荒削りだ、まだまだ未熟だ、だが、よく見てる。そいつはきっといい技師になれるよ」
早く帰れたらいいなあ。 まあ、できたら俺も会ってみたいね、と晃一はけたけた笑っている。
膝も、肘も、コウ様がいつも手入れをして下さる場所。気に懸けて下さる場所。嬉しくなってロクスは微笑んだ。
「はい…。若い方ですが、素晴らしい技術を持っていらっしゃいます」
……多分、未来であなたに会うのです、とは言いたくても言えない。
そうかい、そうかい。
晃一は自分のことのように喜んでいる。