■第弐回公式イベント『昭和西京 荒川奇譚』
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たかや様宅・雪代功至( www59.atwiki.jp )さんのお祖父さんに、タイムスリップをしたロクス( www59.atwiki.jp )が出会ったら、というifのお話し。
たかや様感謝です! 

*****

その日そのとき。
例えば、タイムマシンという嘘の様な本当の機械があったとして。
起動した其れに、うっかり増幅器が加わったことにより、様々なところで様々な時空跳躍が起きたとしよう。
もしそのタイミングで、西京都にあるからくり屋敷に住んでいる、一人の機械人形がテレビを見ていたとしたら―――その機械人形も一緒に、時空跳躍をしてしまうのではないだろうか。
「え…?」
機械人形の名はロゼ・ロクス。
家事万能にして質量制御機能を持つ、オッドアイで割烹着眼鏡のひとならざる者である。
彼は戸惑っていた。目の前の景色が突然変わってしまったことに。家の中に居た筈が、今自分が外に居ることに。
辺りを見てみるが全く知らない景色ばかりで、行き交うひとの服装も少し違う。じろじろと此方を見てくるのも、好奇混じりのものばかり。普段ならばこんなことはない。皆、慣れた様にそこにあるものとして見てくれる。
ひとまず元の位置を記憶させつつ歩き始めた。試しにGPSを作動させてみるものの、矢張りおかしかった。
システムが自動的に判断する日付もまた、おかしい。
1943年、6月…?
ロクスは首を捻った。システムが故障しているのだろうか。自分は知らない間に外へ出てしまったのか。
おうからくりの兄ィちゃんじゃねえか、どうした!」
「……?」
不意に、此方に声をかけてきた人物が居る。年齢は青年ほどの男性だ。
何と返すべきか分からず、然し隠し事をしても仕方がないだろう。例え信じて貰えずとも、自分を恐れず、遠巻きにせず、《からくり》と知って話しかけてきたのだから。
…そういえば、あの方も、そうでしたね。おずおずと、私を《からくり》と知って、気を遣って下さいました。
ロクスは自分がどうやらタイムスリップをしてしまったこと。現在の時点から言えば未来から来たことを説明する。
ふーん、とその男性は顎に手を当てて。
タイムスリップ? そうか、時空移動しちまったか。じゃあ、ちょっと来な
「!」

このひとは不思議なひとだ。ロクスはそう判断する。
自分の言葉を信じたのかは分からないが、タイムスリップという言葉を知っているようだ。
此方を振り返りもせずに歩いていく男性の後を追い、ついていった先にあるのは見慣れた屋敷。庭のある、日本家屋。
……これ、は?
家名を確かめ様にも見当たらない。玄関をくぐると、見事に新築のからくり屋敷。皆、色あせてなく賑やかで庭の手入れもゆき届いている。戸惑うロクスに気付いたのか、男性は振り返りきょとん、とした顔でどうしたのかと尋ねる。
その顔も、似ている。
……まさか。
あ、いえ、その、助けて頂いて、ありがとうございました…。あ、貴方のお名前は…。私は、ロゼ・ロクスと申します」
ぺこりと礼をしたロクスにかけられた言葉。それは。
俺は雪代晃一ってんだよロゼさん。ま、帰るアテがみつかるまでいるといいさね」
ゆき、しろ、さま。
こういち、さま。
ああ、どうして、どうして。この方たちは、私を、からくりを見つけて下さるのか。
驚き慌てるロクスだったが、思考が冷静に判断する。そう、ただで泊めて頂くのは勿体ないので家事手伝いをしたいと。
然し男性、
雪代晃一はあーだめだめと手を横に振った。
「家事働きならからくりがしてる。奴らの仕事を奪ってくれるなよ〜。それよか話を聞かせてくれ、もしくは体をちいと見せてもらえないかね?」
からくりである自分を見つめる瞳が輝いている。
本当に、よく、似て。
…然しこの方は、つまり…年代からしてコウ様の…お祖父様…?
ロクスはおずおずと手を差し出した。そして、もう一つお願いしたいことを口にする。
あ、はい、私の体でよろしければ…。もし、可能であればメンテナンスなど……」
先ほど歩いただけで身体が軋んでいた。本来ならばあり得ないことだ。連日コウによるメンテナンスがされているというのに。
いいとも、と頷いた雪代晃一が作業台を一度指さしたが、あ、その前に服を脱いでくれと要求されたのでロクスはささっと服を脱ぐ。人間の感覚で言えば、裸になることは抵抗があるのだろうが、ロクスにはない。
苦笑された。
…お前さん、いい脱ぎっぷりだね。少しは嫌がってもいいんだよ? あ、ここらは作業するまで隠しとく」
腰回りにタオルをかけられた。
人間ではない、が、この方は人間の様に私を扱って下さる。…コウ様、ふふ、本当にそっくりです。
彼の手付きは、コウよりも手際がよく無駄のない作業だった。
初めて見るであろうロクスの身体を丁寧に素早く手入れをしていく。
…流石コウ様のお祖父様、とロクスは感心してしまう。

手付きが丁寧で…ああ、もしかするとこの工具たちは、コウ様の使っているものと同じ…?

コウの使っていたものと違い、まだ新品同様の工具たち。それらを使い、無駄なく初見の機械人形の身体を調整してゆくのだ。見事と言わずして何であろう。然し、右足の裾からは黒い義足がちらりと見えた。
「お役に立てねえ身体になったからなあ。小さな事から丁寧に、だ」
ロクスの視線に気付いた彼はそう言った。
ひとの身体に関わることだ、ロクスは黙っておく。その間にも彼の手は動き続け、胸から腰、脚を、さっさと調整してゆく。
見た目は新しい工具だが、使い慣れているのは傍目からでも分かる。…優しい手付きですね、そうロクスが言うと、照れた様にそっぽを向いた。
「はっは、お前さんはお世辞が上手いね」
出過ぎた言葉だっただろうか。けれど彼はそうかい、ありがとよ、と返して頭の後ろ手でかいた。
照れ隠しだ。手先にはブレひとつない。
そして、先ほどは家事手伝いは不要だと言われたけれども。ロクスは少し表情を曇らせる。
「…義足ではやはり生活が不自由されるのではありませんか?」

「んん? …おう。まあなあ。だが、おかげで義肢研究もできる。戦えはしないが、まあ、俺みたいなのがいてもいいだろうよ」
本人は気にしていない様だ。無論、その為にたくさんの家事をするからくりが居るのだろうが。
晃一は最後の箇所を修理し終え、かちり、とはめた。
その後何度か様子を確かめてから、調子は、と尋ねる。
「うん…どうだい? 大雑把に見ただけだが」
すくり、とロクスは立ち上がる。…の前に服を着た。腕や足を曲げてみるとずいぶんと動きやすくなっている。
油を差してくれたお陰で、調子も良い。
コウのメンテナンスと同じだ。寧ろ、其れよりももっと洗練されている、と言ってしまってはコウに失礼だろうか。
「…ありがとうございます、本当に、コウ様の…あ、いえ、丁寧ですばらしいメンテナンスでした」
つい、口が滑りそうになる。
よくよく見れば彼の顔立ちはコウよりも少し幼く、けれど眼光には力があった。
似ている。
当たり前と言えば、当たり前なのだが、不思議な気分だ。
コウが持っていた写真では、彼の姿は老いたものばかりだったのだから。

「ふだんどうしてんだい、お前さん」

よいせ、と晃一も杖を支えにして立ち上がる。
「……一人でふらふらしてよお。行く宛はあんのかい?」
此方を気に懸けてくれる
晃一の言葉に、ロクスは少し迷って。
「…普段は、コウ…いえ、別の方にお世話になっています。ただ、今回は不慮の事故で…」
そうだ、早く戻りたいのに。分からない。この時代については、何も。
どうしてこうなってしまったのかも分からない。
だから戻る術も無くて、どうすれば良いのかも分からなかった。きっと、
晃一が声をかけてくれなければ、そのままだっただろう。知らぬ時代、見知らぬひとたち、宇宙人である自分に頼れるものなど無かった。
途方に暮れていた。
メンテナンスも出来ず、下手をすれば。
ロクスは項垂れる。
「…いえ…行く宛はありません…」
「事故……か。ならよお、うちに居ていいんだぜ? うっかり捕まってバラバラにされちまったら大変だ」
お世話になってる人も探してるだろうしよ。どうだね?
晃一はにかりと笑ってそういった。
確かにこの時代には機械人形も宇宙人も、妖怪や亜人といった、未来の様な多種多様性があまり見当たらない。
この申し出はロクスにとってかなり嬉しいものだ。
「…あ、それは有難いのですが…」
良いのでしょうか。
当たり前だよ。
…ああ。この方たちは、優しくて。西京に来たばかりの頃に、こんなやりとりをしたと思い出す。
コウ様。 
「…お世話に、なっても宜しいでしょうか?」

本当に、そっくりですね。コウ様。
にかり、と笑う顔はコウより粗野だがやはり似ていた。
「おう。からくりばかりの屋敷に俺ひとりでなあ。話し相手が欲しいと思っとったが…夢が叶うなんてなあ」
へへ、と照れ笑い。
「からくりと喋ってみたかったんだ、俺」

ああ、似ていらっしゃいます。よく、よく。
『からくりと…喋るの、嬉しい』
おずおずと、私に触れて下さった貴方に似て。この方も本当に、心からからくりを愛していらっしゃる。
ロクスは微笑んだ。
此は、私の役目。私にしか、出来ない役目。
からくりである、私の役目。
「…私で良ければ、お話ししましょう。家事も手伝えます。ご飯から掃除洗濯もお任せ下さい」
私は、機械人形。ロゼシリーズ。
「…コウイチ様の、望みを叶えましょう」
「望み、か…そうだなあ。家族は居ないからほぼからくり、ただし屋敷内では自立してる奴らばっかりだ」
見ればかたことと動くからくりたち。
コウの元に居た頃は動いていなかったが、大切にしまわれていたものもある。
時が、現実にさかのぼっている。
「家事やらは俺もせにゃならん。片付けの手伝いはしてもらおうか」
ただし。
と、
晃一は指を一つ立て。
「ひとりで出歩かないよう約束してくれるかい?」
実は今ちょっと世間が騒がしくてねぇ。
後で新聞なんか読むといい、デモやら隣の国との戦争やらで此の国は今なんだか浮き足だっているのさ。
挙げ句の果てには亜人という不思議な能力の連中まで現れたりして…っといけねぇな、お前さんに言っても詮無いことだった。
ロクスはふむふむと頷く。
「はい。もちろん」
この時代については不得手だ。下手に出歩いては身が危ないだろう。
思えば天照、ひいては西京についてロクスはあまり知らないままだった。良い勉強の機会なのだろうか。
ネットワークの発達していない今では、恐らく新聞や雑誌といったメディアが一番の情報源になる。
「家事のお手伝い、喜んで」
ロクスは途端にウキウキし始めた。…この機械人形は、本当に家事が好きなのだ。

しかし晃一は割と家事をする方で、ロクスに頼りきりではなかった。
朝も早くに起きるし、衣服も衣紋掛け(ハンガーの事だと後に知った)にかけている。
足が不自由な部分はあるものの、身の回りは殆ど自分でしてしまう。…ロクスの仕事が、逆に、ない。
「畳むの上手いなあ」
晃一は素直に褒め、真似て、きっちりと畳み方を覚える。
分からないことや家事の仕方をロクスに尋ねたりもして、メモを取る。
「なあ、ご近所さんから貰った野菜、何が作れそうだい?」
洗ったり切ったりを手伝うのである。
台所に二人並ぶのは、ロクスにとってとても新鮮だった。
「…コウイチ様は飲み込みが早いですね」
…コウ様には受け継…いえいえ。
「そうですね、大根は半分お漬け物にして、残りは炊きものにしましょうか。おろしにしても美味しいですね」
…畳み方もとても綺麗で…コウ様………。


―――へくちっ。

そのころ。
ロクスが飛ばされたことを知らぬ青年が、一人仕事中にくしゃみをしていた。