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約束の花日和

我が家の橘香平おいちゃんと、たかや様宅、白蓮院桜華( http://www58.atwiki.jp/saikyoproject/pages/149.html )ちゃん。
卒業式と、その後のお話。

*****

『恋とは、何でしょうか』
そう尋ねた春の少女と出会って二年になる。
春に彩られた彼女は、今年の春、一つ大人の階段を上る。
【約束の花日和】
普段とは違う窮屈な首元に手を当てながら、男がひとり校門の前に立っている。
慣れないスーツは先日買ってきたばかりだから、これまた慣れない店員との会話に苦労したものだ。娘さんですか、と問われてはっきり答えられなかった自分も悔しいが、果たして本当の事を云って信じて貰えたかどうか。
風は緩やかに梢を揺らし、枝の隙間に青空が覗く。
青と薄桃のコントラストが淡く美しい――今日は西京学園の卒業式だ。
桜が舞う天照学院内はそこかしこで同級生、卒業生、部活、生徒会、クラスなどなどの学生たちが泣いたり笑ったりと賑やかでもある。
数日前。
『き、来て下さいますよね? ねっ?』
『そうだな。お嬢の晴れ舞台だものな』
『はっはい!』
嬉しいですと笑った少女の額を撫でる。
ああ、本当に此の年頃の少女は、瞬きをする間にうつくしくなっていく。
――なんて云うのは古くさいだろうか。
行き交うひとたちから時折視線を受けつつも、何となくこれ以上は入りにくかった。
式が終わって暫くは、きっと級友たちや後輩と話すことも多かろう。だから、じっと待っている。それからまた少しして、此方に走ってくる少女の姿が見えた。
春色の長い髪と、胸元に卒業生の証であるコサージュと。
そんなに急いで来なくても良いのにと思いつつ、声をかけた。
「お嬢、もう大丈夫なのか?」
「はいっ、ちゃんと皆さんにご挨拶を済ませましたから。先生方とも…」
未だ少し肩で息をしているので、苦笑した。
「最後の日なんだからもう少しゆっくりしても良いと思うぞ」
「…でも、いつまでも、という訳にはいきませんから。未練になってもいけないと思うのです」
「ふーん」
もっと子どもで居て良いのに。
家柄の所為にしてはいけないのかもしれないが。
何処か影を帯びた顔に、そっと手を伸ばした。
「へ、あ、あの…っ」
「…花びら、いっぱい付いてるぞ」
春色の髪に、同じ春の色。
淡い色をしたそれらを何枚か取り除くと、どことなく、少女の顔が赤いような。
ふと其れに気付き、自分も目線をふいと逸らした。――周りの視線もますます刺さってきた。
「よ、よし行くか」
「……あ、はいっ」
よく分からない緊張。
然し。
「…ん? そう言えば今日も寄ってくのか」
「今日も、寄りますよ〜」
ふふふと少女は笑っている。
学校の帰り道に彼女は自分の家に顔を出した。 どうやら今日もその習慣は続行らしい。
「ご両親と一緒に帰って飯とかは?」
「父も母も、今日は式だけ見て帰りました。未だ仕事があるみたいで」
「…大変だなぁ」
「今日も香平さんの所に寄るとちゃんと伝えてあります。あと、母には頑張れって云われたので」
「………」
最後の一言は聞かなかった事にしよう。

家に帰っていつも通り、と過ごす積もりが、卒業アルバムが面白くてずっと見てしまった。
自分の時はと聞かれたがさて何処にやったやら。
「お嬢はどこに?」
「ここ…かな、あれ、どこでしょう…?」
「クラス写真、けっこう人数居るんだなぁ」
「皆さん凄く面白くて。普通に撮るのじゃつまらないからって…」
わいわいと彼女の学生生活を除く。
特殊な学園だからといって何か特別ということもない。皆同じ年齢の友達がいて、先生に怒られたりもして。
学園祭に体育祭。
何とも普通だ。
そして其れはすてきな事でもある。
「…桜華」
「はっはい!」
「学校終わって寂しいか?」
「……」
一瞬きょとんとした少女は、少し考え、そして首を横に振る。
「いつまでもずっと一緒でもなく、けれどずっと分かれた訳でもなく。付き合いの続く友達もいれば、暫く会えなくなる友達もいます。だから、寂しいの半分、これからも宜しく、半分でしょうか」
「そうか。なら良かった」
「はい。有難う御座います」
ふふ、と笑う少女の頭を撫でるが、少し膨れている。
「こ、子ども扱いは止めて下さい…!」
「一応今日までは、学生だからなぁ」
「むー」
よいしょ、と香平は立ち上がって仏壇の間へ行く。
仏壇の引き出しを開けて、それから少女の前に戻ってくると、掌には小さな箱。
え、と少女が目を丸くして、それ、と震える声で箱を指さした。――分かるのだろう、この意味が。小さな箱の中に入っているものの、意味が。
少女へ箱を差し出す。
とす、と両手を差し出した少女の手のひらに、薄桃のリボンで包まれた正方形の箱。
どうしてよいのか固まっている少女は、おずおずと顔をあげて。
「きょう、へい、さん」
「開けてくれ。…桜華の気持ちが落ち着いたら」
「あ、あの」
少女は深呼吸を始めた。
真っ直ぐにこちらに視線を合わせてから、何故か、一度目をつぶって。
更に深呼吸。
一つ。二つ。三つ。
ぼーんと柱時計が鳴った。夕方だ、もう普段ならば帰る為に送りに出る頃。けれど今日は待つ。
「……あ、開けます。ね」
「ああ」
自分も緊張した。
兎に角心臓がうるさくて喧しくて、例えば陛下の前でもこんなに緊張はしていないだろうに。じっと香平は少女の動きを、顔を、見ていた。
「………っ…」
「…桜華」
少女の細い指先が、小さな箱の中を開けて、きらりと光るリングを見た。
其れから、箱をそっと閉じて、胸の前で抱きしめる。
「…きょ、へ、……っさ…!」
「泣かれると…どっちか、迷うんだがな」
だが。
「桜華、俺のお嫁さんになってくれるか?」
「…!」
どすん、と少女が胸の中に飛び込んでくる。
――ゆっくり抱きしめると、ふわりふわり波打つ彼女の髪からは、春の香りがした。
ずっと前から心に決めていた。
彼女が卒業するまでは。
彼女が卒業する時に。
ちゃんと、約束をしようと。
「…っへ、さ…! きょう、…っ!」
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる様が、桜の雨のようで。
綺麗だと思ってしまうのは不謹慎かも知れない、香平はその涙を唇でさらう。
「わ、私で、良ければ…っ」
震える唇と、真っ赤な瞳が見上げてくる。
泣きはらした瞳。
其れでも少女は笑ってくれた。
咲き誇る。
花は、たった一人の為に。
「桜華が良い」
「…!」
「他の誰かじゃ、もう駄目だ。俺には、桜華が良い。桜華しか、もう…」
欲しくない。
「…っ…!」
ひ。
「ひ?」
ひきょう、です。
「……」
震える少女の声が可愛らしく、香平は今度こそ、その唇に唇を重ねた。


***


足早ですが、なんとか3月が終わるまでにお話をぽいちょ。
卒業したらやっと一足踏み出せる香平おいちゃんなのでした。





カッコカリ・ロゼ雪

ちゅーしてるので。
いつか、そうなればいいな、と。(・ω・)

*****

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【第一回 笹飾りコンテスト】毎日をあなたと【企画内企画】

企画内企画『第一回 笹飾りコンテスト』
www59.atwiki.jp

我が家の橘香平おいちゃんと、たかや様宅、白蓮院桜華( http://www58.atwiki.jp/saikyoproject/pages/149.html )ちゃん。
あっ笹飾りまで行かなかった…!
単なる七夕話しです。

*****

―――不思議な光景だなぁ。
「…すごい、方ですね」
「おう。お嬢」
ゆっさゆっさ笹の葉を揺らしながら自分よりも大きな竹を抱えて去っていく隣町の住人。
彼はその容姿からすると機械人形ということで、見た目よりもずっと力持ちらしい。―――自分と同じ感想を持った少女に、立花屋こと橘香平はそう説明した。亜人・妖怪・神様・宇宙人・獣人・ロボットなどなど此処西京にあっては珍しくない存在であろうが、矢張りこの目で見るとまた少し感慨深いものがある。
「機械人形の方ですか…」
少女も納得しつつ興味が出ている様だ。
長生きしてるともっと面白いものが見られるのかもしんないなー。
ぼんやりとそんな事を考える。
隣に居る少女もそうだ。―――まさか、自分の年でこんな愛らしい少女と付き合う日が来るとは思ってもみなかった。
少女、白蓮院桜華とは、去年から不思議な縁を貰った。
こんなおっさんの何処が良いのか分からないが、彼女の父親から器を頼まれ、ちょくちょく世間話をしている内に恋愛関係となった。真っ直ぐにぶつかってくる桜華は、若いのだろう。自分にはとても勿体ない。
―――そういうことを言うと、怒られるので言わないが。
ゆっさゆっさ揺れる竹の影も見えなくなり、香平は首にかけてあったタオルで顔を拭く。
梅雨も明けぬ今頃の湿気で、空は曇っていても汗が流れてきてしまう。
未だ仕事が続くからと、桜華を直ぐ側の椅子に座らせる。
天照学院の制服も夏服になり、何とも細い腕がまぶしく見えるのは気のせいだろうきっと。
「どうして此処が分かったんだ?」
「……あのう、昨日自分で説明されてましたよ?」
「……そうか」
いや、昨日食べた晩飯は思い出せる。問題ない。―――心配そうに覗いてくる桜華の目線を避けつつ、香平は引き続き仕事に戻る。
今日は町内会の祭りで使用する竹を切り出す日だ。
且つ、各家庭や学校など欲しいところへ竹を配る日でもあり、自分以外にも何人か男衆が集まって竹を様々な長さに切り分けている。他にも山から運んでくるトラックから竹を降ろしたりと、活気に溢れていた。
桜華はと言えば町内会のおじいちゃんやおばあちゃんとなんだかんだ仲良く語り合っていて、寧ろ孫の年齢だからかいつの間にかおばあちゃんたちに囲まれてすっかり賑やかだ。
ひとまず竹を切り分けて一緒に運び、取りに来たひとたちへ竹を渡していく。
今年は何枚かの折り紙と短冊もセットで渡していて、子どもたちと一緒に来た家族がわいわいと帰っていく。
その後ろ姿に少しばかり昔の哀愁が重なる。
「香平さん、何をお願いしますか?」
「………」
いつの間にかその手伝いに混ざっていた桜華が、小学生の子どもに短冊を渡していた。
笑顔で手を振りながら、自分にそう尋ねる。
―――まるで、初めて会った時の様に。あの、交差点の横断歩道の様に。
彼女の顔は笑顔だ。
特に他意は無い、とも見える。けれど、後ろ髪を引かれていた自分に気付かれた様でもあり。
香平は苦笑した。
そうだなぁ。
―――願いごと、なんて暫くしたことがなかった。
仏壇に毎日手を合わせて、工房でろくろに向かっては器を作っていくだけの日々に。
常春の、鮮やかな色彩が飛び込んできた。
ならば、願わくば。
短冊をくるくると指に巻いている。耳が少し赤くなっていることも気付かずに。
小学校の先生たちがやってきた。
自分が竹を渡して、桜華が短冊や折り紙を渡していく。
「……願いごと、か」
七夕の日に、一度しか会えない織姫や彦星をロマンチックだとは思えないので。

「毎日、お嬢と会えます様に、かな」

「えっ…え、あの、その、香平さんそれ…っ」
「さて」
あ、ほら新しいひとが来たぞーと無理矢理前を向かせて。
香平自身も少し頬が熱くなるのを感じていた。

<了>

【第一回 笹飾りコンテスト】らいねんも。【企画内企画】

企画内企画『第一回 笹飾りコンテスト』
www59.atwiki.jp

我が家のロクスとたかや様宅・雪代功至( www59.atwiki.jp )さん。
あと、我が家の橘香平おいちゃんもすぽっと参戦。

*****

その日、帰ってきていつもの挨拶、「ただいま」を呼びかけても返事がないことに功至は気付いた。
それどころか玄関までいつもやってきて、「おかえりなさい」と言ってくれる、いつもの、あの家族が出てこない。
首を傾げて靴を脱ぐ。…最近はちゃんと整える様になった。
暑くなってきたからと玄関で靴下をいきなり脱がない。…洗面所まで持って行く。
上着も居間に放り投げない。…ハンガーに掛けておくと、褒めてくれるから。
「おーい、ロクスー?」
ロクス。
其れはこの家にやってきた功至の新しい家族だ。
もうやってきて一年になる。この前、一年目のお祝いをしたばかりだ。
ふと、庭の方からこんこんと音がする。聞き慣れない音に、少しばかり身をすくませて功至は庭へ回った。
「………。ロクス、何、それ」
「…あ、コウ様。お帰りなさいませ。申し訳ありません、お迎えに行けず」
「いや…其れ…」
功至が目を丸くしたのも仕方がない。
ロクスは庭に竹を植えていた。―――功至よりも少し背の高いロクスよりも、更に大きな竹。
青々しく幹はぐんと天に向かって伸びていて、葉を生い茂らせている。
其れに麻縄を結わえ、庭に埋めた木の杭へと結びつける。ロクスが手に持った金槌で木杭をとんとんと叩く。
竹の周りに何本か木杭が埋め込まれており、支えになっていた。
功至の目線にロクスが説明する。
「…本当はあまり宜しく無い、とお聞きしました。然し、植えても育つのは難しいだろうから、少しの間だけ、竹に我慢して頂くとのことです」
誰に聞いたんだろう。
というか竹に我慢してもらうって言い方が、なんか。
そもそも、急にどうして―――。
あ。
功至はぼんやりと気付く。 
「そうか、七夕だ…」
「はい」
駅にも七夕が飾られていた。幼稚園や通勤のサラリーマン、主婦や学生たちにも書いて貰える様に、短冊が置いてある。誰でも自由に何枚でも。流石に一人でいっぱいのお願いごとは贅沢かもしれないが、七月七日、七夕の行事を祝う為に行き交うひとたちが書いているのを目にしていた。
働いている場所もそうなのに、すっかり忘れていた。
「隣の町内会へ町内会長さんのお供で出かけた際に、立花屋さんという方が竹を切っているとことに遭遇しまして。…なんでも、毎年町内会で七夕祭りをするので、今年もその為の竹を切ってきたところだとか。いつも多めに切っているということで、お裾分けを頂きました」
ゆっさゆっさ。
竹を担いで帰ってきたロクスは、さぞかし面白かっただろうな。―――ちょっと、見てみたかったと功至は笑う。
「あ、でもロクス。それじゃ足りないぞ?」
「?」
竹に短冊というお札を垂らすとお聞きしましたが、未だ他にもあるのですか?
ロクスはきょとんとしている。
あのな。
功至はロクスに近寄って、話を始める。
自分だって昔祖父に習っただけの、ここ最近はずっと忘れていた、昔の記憶を元に。
七夕飾り。天の川の伝説。短冊にまつわる故事。
折り紙で輪を作っていくつも繋げていくこと、天の川にかかった鵲の切り絵、短冊に書く願いごと。
「…あのさ、ロクスは何をお願いするんだ?」
そして、一番聞きたかったこと。
ロクスはお願いと言われて数度瞬きをしてから。
考えているのか動作が止まった。身じろぎ一つしないのは機械人形ならでは、というか。
「そうですね―――」
ロクスは短冊を一つ手にとって。
功至に向けて、願いごとを口にした。

こうさまと、らいねんもいっしょにいられますように。

ロクスのその言葉に、功至は少し遅れてから頬を赤くしたのだった。

<了>

【'14第弐回公式】過去の邂逅3【昭和西京 荒川奇譚】

■第弐回公式イベント『昭和西京 荒川奇譚』
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たかや様宅・雪代功至( www59.atwiki.jp )さんのお祖父さんに、タイムスリップをしたロクス( www59.atwiki.jp )が出会ったら、というifのお話し。
第三話、これで終わりです。ロクスが戻ってきました。
たかや様感謝です! 

*****

そのとき、ロクスは晃一と一緒に外を歩いていた。いつもの見聞だ、この時代については珍しいことばかりで。道路も舗装されていない場所や、テレビも限られている。一部の家、またはその町内などをとりまとめる所にしかない。ラジオが主流になっており、一度放送が始まればあっという間に人だかりだ。
ラジオから聞こえてくるニュースでは、すっかり日常風景になりつつある荒川デモの続報が流れてくる。
未だに収まりをみせない其れは、段々と集団が大きくなるのを恐れた特高との正面激突も間近ではないかと伝えている。
人だかりの中には同調するもの批判するもの様々で。
ニュースが終わると人々は散っていく。
不意に、何も映っていない丸い画面に何かが映ったのを見留め、ロクスは足を止める。
「ん? どうしたいロゼさん」
「いえ…あの、テレビに…」
と、ロクスが指で示した瞬間。
ざざ、と音がして映ったのは現代の、コウと一緒に居た頃の景色。
見慣れた世界。赤い大きな電波塔や、幾つも並ぶビル群、行き交う人々の手にはおなじみの懐中時計。
不意に近づき、手を伸ばすと指先がさらさらと砂の様に光っていた。

あ、消える、まさか戻るのですか、と慌てて晃一の方を見たら驚いた顔が見えて。
「こ、コウイチ様…!」
「うン」
ああ、と呟く晃一は驚いた顔を引っ込ませると。
…ああタイムトラベルってこんな感じなのだねぇ、と苦笑する。
ほう、と眺める晃一は。

「ロゼさん、お帰りの時間だね」
一歩、下がる。
消えてゆくロクスの邪魔になるまいとしてなのか。
その瞳が細められていてよくは分からない。コウイチ様、とロクスは叫ぶ。
周りなどお構いなしだ。待って、下さい。
「短い間だが一緒にメシも食えて、楽しかった!そっちで世話んなってるやつに、腕磨けっつっといてくれ!」
手を伸ばそうにも指先から消えてゆく。
その向こうが、コウ様の時代だ。ああ、本当は、もっとあなたの話を聞きたかった。あなたと、あなたのお孫さんについて。話してあげたかった。
コウ様。コウイチ様。
ロクスは、私は、機械人形を家族として扱って下さる、あなたたちに、もっと。
もっと、お礼を。
「…っ、コウイチ様…!」
「帰る場所を見るんだロゼさん!」
ここじゃない。未来に、帰れるよう。
元いた場所に、帰るだけなんだろう?
にかりと笑った晃一は一瞬厳しい表情になる。さあと手を振り。
「いけ! 帰るんだ! 此処にいたら、あんたみたいな優しいからくりが傷だらけになる!」
「……!」
コウイチ様。優しいお祖父様。
私の、ことばかりではなく。どうか、自分のことも。
さようならとは、言いませんから。
「コウイチ様、も、ちゃんと、元気で…!」
消えてゆく、足も。踏みしめる感触がなくなってしまう。
ロクスは足を大切にして下さいと再度叫んだ。
そして。
心配しなさんな、ロゼさん! 俺も俺を大事にするから!」
それだけを言って。
ぷつりと、ロクスは帰っていく。何もかもが消えて、ロクスはロクスの居た時代へ。 
晃一の手には、さっきまでロクスが持っていた買い物袋だけ。そして、手入れをした感触。交換したパーツだけが、家に残っている。…もう会うこたぁねぇけどな、ロゼさん、あんたは。
優しいからくりだから。
争いに巻き込まれる前に、ちゃあんと帰りな。
…未来にいる、からくりってのは。

「捨てたもんじゃねえんだなあ」

「…っ…!」
一瞬、意識が消えた。来るときと同じく。足の裏が地面の感触を得て、漸くそっと目を開ける。
此処は。
ロクスが再び現れたのは、
「花咲里……」
見慣れた花屋が、目の前にあった。いつも世話をしていた花たちも、いつもの様に迎えてくれる。
店名の描かれたテント屋根を見つめ、戻ってきた実感がじわりじわりとわいて。
ロクス!
ラージュがかけよってきた。
店の奥から走ってくる少女の姿に、間違い無いと確信を得ることが出来た。
そう、無事に戻ってこれたのだ。
「大丈夫!? いきなり消えたから心配したのよ!?」
彼女にしては珍しく、慌てている。
いつも穏やかで自分をからかうこともあるけれど、その顔色は少し青ざめていた。
ロクス、と腕に触れて初めて安堵の色を得る。
「怪我は?壊れたりしていない?」
「…あ……」
ロクスも戸惑う。ラージュ様がいるということは、ここは本当の西京。
AIに異常なし、セルフメンテナンス開始…特に問題なし。本当に、戻ってきたという実感がゆっくりとロクスの神経に伝わっていく。
「…ああ……」
壊れて、いません。
大切に、直して頂きましたから。
機械の記録は安易に消えてはくれず、時空を移動した今でも、あの人の声や姿を覚えている。
触れてくれた腕や足も、ちゃんと動く。
「なら….よかったわ…。今日は休みにしたから、しばらく店の奥で休んでいて?」
「…はい」
ラージュからすれば、ロクスの声には覇気がなかった。
機械であっても戸惑うことはあるし、逆に戸惑う自身にロクスが戸惑う風でもある。

言われるまま、奥へとゆく。
…コウ様。…コウイチ様。
「………」
大丈夫かしら。あのこ。
少しだけ考えてから、ロクスに声をかける。
「…ねえ、ユキシロに迎えにきてもらう? …どうする?」
「…コウ様」
そうですね。
ロクスは黙ってぼんやりとしている。
少しの間を置いてから漸く、帰りますと言ってとことこ店を出ようとした。

「送るわ?」
今のあなた、ひとりにしておけないから。
ラージュはロクスを一旦留め、店じまいをしてからロクスの腕を引いて歩き出した。…ロクスは何処かぼんやりとしていて、本当に危うい。何があったのかは分からない。けれど、何かあったのだ。
特に話すわけでもないが、ラージュはロクスを気にかけながら歩いている。
「……。あ、ラージュ様、大丈夫ですよ」
もうここまで来れば、ほら、あそこが玄関です。お茶でも飲んでいかれますか?
ロクスはそう言って玄関をくぐる。
その門を見上げた時に、どこか寂しそうな顔をしたのは気のせいだったのか。
「…ああ、部屋を片付けなければなりませんね」
いいわ。
ラージュはやんわりと断りを入れる。
ここまで戻ってくれば、後は任せるしかないだろう。
「お茶はまた今度ね。…では、またね」

ロクスが敷地に入ると、おかえり、と声が聞こえた気がした。誰もいない。けれど、家がロクスを迎えている。
錯覚を機械が覚えるのでしょうか。ロクスは不思議に思う。
ぼんやりとしているからだろうか。
ラージュが心配した様に、実はどこか不調なのかもしれない。
「……ただいま、…でしょうか」
どんな言葉が正しいだろう。
いつも宇宙船を見に出かけて帰ってくることはあっても、あまりこうした言葉は口にしない。
普段は帰ってくるコウを迎える言葉だけ。
ロクスは室内に入らず、庭へ回った。なんとなくだ。あのひとと過ごした縁側の、今の姿を確かめたくて。
「………ああ」
あなたが、いるのですね。
ロクスは足を止めて庭を見た。
おかえり。
おかえりだ、ロゼさん。
嘗て、池があったところ。あの時蛍を見た場所は。
今は乾いて水がなく、穴が空いているからと立ち入り禁止の縄が張られている。 …気付かなかった。気付いて、いなかったのかもしれない。
此までは単なる風景で、庭の一部として当然の様に其処に在っただけ。
だが、今はあの景色と重なる、時間の繋がりを覚える大切な風景になった。そう、変わっている。
『ロゼさん、おかえり』
孫の世話をありがとう。遺してくのは、不安だったからなぁ。
何となく、そんな声が聞こえる気がした。
ロクスはくすりと小さく笑った。…機械人形でも、夢を見る日が来るのでしょうか。いつか、貴方に話せるでしょうか。
奥にしんと佇む仏壇に、今度何か話してみようとロクスは思う。
ひとの様に。
手を合わせて。
何かを、話しかけてみたい。
「…ただいま、戻りましたよ。コウイチ様」
立ち入り禁止の縄に触れた。もうぼろぼろだから、梅雨が来る前に張り替えた方がいいかもしれない。
コウ様とも相談して。
ああ、そう言えばコウ様は、ご存じでしょうか。
蛍がこの庭に来ていたことを。
…いつか、この池にもまた蛍が来れるようにしましょう。貴方が見せてくれた景色を、私もまたコウ様と見る為に。

一度振り返って、縁側から部屋に入ることにした。玄関まで回らずに、横着をしたのは初めてだ。少し古くなった畳や板の間、廊下を抜けると、見知った青年が眠っていた。少し、痩けた頬。
ん。青年は小さく身じろぎして寝返りをうつ。
「……じいちゃん…」
ゆめをみている様だ。寝言が聞こえる。
じいちゃん、と呼んでは、届かぬ手を伸ばして。
「……」
ロクスはそっと近寄り、その手を掴んだ。こうさま、と微かに呟く。
「…ただいま、戻りました」
そう、ここが、私の居場所なのだから。
「………ろくす?」
コウはゆっくりと瞼を上げ、ロクスの姿を確かめた。
目覚めた顔は、ふにゃりと笑って。
「ろくす、だー…」
ロクスの名を呼ぶと力なく手を握り返して、また眠ってしまう。
すやすや、すやすや、無邪気な寝顔だ。
かちり、とロクスの中で何かがハマる。
「はい…コウ様。私が、ロクスです」
此処に、居ますよ。
寝顔にかかった髪を払いつつ。
ロクスはそっと微笑んだ。
「ろくす…」

じいちゃん、俺、からくりと会ったよ。


ほう、どんなだ。


しゃべるからくり!


すげえなあ。仲良くやりなよ?


うん!


「なかよく…ろくす……」

へへ、と功至は笑っている。
「コウ様」
優しくコウの頭を撫でながら、ロクスはコウイチに向けて語りかける。
…コウイチ様、あなたに出会えて、良かったです。あなたの、お孫さんと一緒で、私はとても……

−了−

(仮)紫野・七條について2

@nvtlに投げていたあれこれ。

*****

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【'14第弐回公式】過去の邂逅2【昭和西京 荒川奇譚】

■第弐回公式イベント『昭和西京 荒川奇譚』
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たかや様宅・雪代功至( www59.atwiki.jp )さんのお祖父さんに、タイムスリップをしたロクス( www59.atwiki.jp )が出会ったら、というifのお話し。
第二話、続きです。たかや様感謝です! 

*****

ロクスは晃一についてよく褒めた。比較対象が限られているので仕方がないことなのだが、ロクスにはよく分からない。何度も褒めるとくすぐってぇよと笑いながら、まぁ一人だからなあ、なんて晃一はからからと笑った。簡単なことならばなるべくからくりたちにも手伝って貰っている、とも。
それから、晃一は気も利く。皿も出す。…これは、コウもする。
どことなく二人の動きは似ていた。ちょっとした動作でからくりたちの動きを遮らない様に、とか。
ロクスは今頃、コウがどうしているのか不安になるのだが、ひとまず帰る方法を探すにもこの世界については未だ何も分からないのだから仕方がない。
「ありがとうございます、では並べておきますね」
コウの家で仏壇のあったスペースには、よく分からないからくりのパーツが並んでいた。
ああ、ここには、時間が。
―――ロクスの知らない時間。コウと、晃一との間に埋まっている遠く、近い時間の差が、其処には在るのだと気付く。
気付けば晃一が皿を綺麗に並べてくれていたので。
「ありがとうございます」
つい、撫でそうになる。違う違う。この方はコウ様ではないのだから。
まだ喪失の訪れていない部屋なのだ。喪われてしまう前の、優しい時間なのだから。
「おう?」
晃一は一瞬身構えかけた。ロクスが、いつもコウにしているのと同じ要領で頭を撫でそうになった事は当然知らない。
すると食事を始める前に、ロクスは別の部屋に案内された。曰く、其処がロクスの寝る場所だ、と。
そこは―――いつもロクスが使っている部屋。壁や畳が未だ新しい。コウの時代にあったからくりのパーツもなく、しんと静まりかえった広い空間。
「あ…ありがとうございます」
この方も、機械人形に場所を下さるのですね。機械の私を、まるでひとのように。
ロクスは笑って、ご飯にしましょうと戻る。他愛もない会話だ。今がどんな時代か、どんな情勢か。世間を騒がせている『荒神一族』という存在は未だ何もないらしい。代わりにほらよと渡された新聞には、大きくデモについて書かれており、そのリーダー格と思われる人物の名に、『荒神』という名字が見つけられるくらいだ。
西京、というよりも天照神国全体も合衆国との戦争が秒読みにあるとか何とか。宇宙人や亜人といった存在も未だ少なく、寧ろ珍しい傾向にあるらしい。何もかもが、コウの時代とは異なっており、ロクスも早々簡単に出歩けない気がした。

…そのあと、お背中流します! と風呂場に乱入してこっぴどく怒られたが。

「全く…背中ぐらい流せらぁ…おう、ちと来なよ」
庭が見える縁側に腰掛ける晃一から、声がかかった。
はい、とロクスは風呂上がりの晃一についていく。未だ髪が濡れていたので、ちょっと待って貰ってから拭いておいた。
…こういうところは、よく似ていらっしゃる。
庭はまだ何もなかった。花が植えられるのは、まだ先らしい。
「……じいっと、しぃっと、な」
言って二人で息を潜めた。晃一は片目をつぶって愛嬌のある顔で、人差し指を唇の前に立てる。静かに、という合図だ。
すると、どこからともなく光が灯っていく。
一つ。
ふたつ。
少しずつ増えていく其れは、庭の端へ端へと浮かび上がり。
庭はずれの池に、ぽう、と一つ二つ、光が灯る。蛍だよ、ロゼさん。晃一はそう呟いた。
「……知っているかい、蛍を」
今年も綺麗だ。 晃一は笑う。
蛍という小さな小さな虫の光なのだ。ロクスは機械の目で見ようとして、止めた。
ただぼんやりと、ぽうと光る其れを見つめ、美しいですね、とロクスは微笑む。コウイチ様の横顔もまた、穏やかで。
……ああ、あの池は、もうなくなっているだろうか。覚えていない。
「初めて見ました」
そして。
「とても、きれいですね」
「初めてかあ。そうか、きれいか。良かった」
かはは、と晃一は笑っている。
からくりにきれいと言って貰えると何だか嬉しいもんだね、別に俺が育てた訳じゃないんだが。
縁側に腰掛け、膝に頬をつきながら、ぼんやりと蛍を眺め、ぼやく。
さっきの新聞見ただろう? 此の国は今、内とも外とも喧嘩してるんだ。
「天に数多に星はあれど地上にも星は咲くもんだ。…こんなん見てりゃ和むだろうに人はなんで争うやら」
「そうですね…」
ひとの争う理由。それは色々あって。どうしようもない場合も、あるのだろう。
其れは、ロクスには分からない。判断出来ない部分もある。例えば感情。例えば過去の因縁。例えば、もっと別のもの。機械では分からない世界に、いやロゼさんを困らせたい訳じゃねぇよすまんねと苦笑されてしまった。
だから話題を変えるべく。
心地良い風を頬に感じるものの。…ああ、これではコウイチ様、体が冷えてしまいますよ。
ロクスはコウイチの肩に羽織をかけた。構うもんかい、コウイチはそう笑っている。
……不思議な縁です。
「ありがとうよ」
晃一は笑って、さあ体が冷えるね、寝ちまおうか、と戸を閉め出した。
少し立て付けの悪い所もあるらしく、がたんがたんと大きく戸を揺らしての戸締まりだ。どう見ても、苦労している。
「表の戸締りも気をつけねえとなあ」
ひょいひょいと歩いているが、たまに義足が痛むようだ。
「戸締まりは私が致しましょう」
ロクスは雨戸を一つ一つ閉めていく。木製の雨戸だ、力加減に気をつけなければ。
コウの時代と同じところが軋んでいた。どうやら昔から同じ様な場所が閉めるのに困っていたらしい。
言われた場所の鍵をしめてゆく。
…コウイチ様の足が不自由ならば、私はこの方の足となろう。

「コウイチ様、頼って下さいませ」
ロクスはそういって身を折った。
全ての戸を閉めた後、晃一を寝室まで見送り。その廊下でロクスは告げる。
私はひとを助ける為に作られたのですから。…コウイチ様は何故か、複雑な顔をしている。
「しかしな、まるっと全部やってもらったら、俺は怠けちまうよ」
だからさ。晃一はロクスの頭を撫で、
「うちにいる間は半分を手伝ってくれ。半分はお前さんを頼る。半分は自分でやるよ」
だってねえ。
晃一の指先が、先ほどの庭を指した。
ほんのりと光る夜の灯りたちを思い出しているのだろうか、目を少し細めて。
「痛いからって歩かなくなっちゃ、あの蛍も見に行けねえや」
頭を撫でられて、ロクスは不思議な気分になった。…ラージュ様に撫でられたものとはまた、違う何か。
「…そうですね。畏まりました。半分を、お手伝いしましょう、蛍を、コウイチ様が見に行ける様に」
「うむ」
善哉、善哉。晃一は笑って寝室に入っていった。

翌朝、晃一の朝は矢張り早かった。
脚が痛んで起きてしまうようだが、彼はそれを隠して雀に餌やりをしている。ロクスの目には晃一の不自然な挙動が分かる。医者に行くべきですよと今度言おう。何事も早めの治療が大切だ。
おはようございます。
と、ロクスが近付くと雀たちが逃げてしまった。ああ、申し訳なかった。なるべく気配も足音も消したつもりだったのに。

「…すみません、朝の一時をお邪魔してしまって…」
「いや、いいさ」
晃一は手のひらに残っていた米をぺいぺいとまいてから、朝飯にしよう、ロゼさん手伝ってくれるかい、と笑う。
なぁにああやっておけばあいつらは戻ってきてまたつつき始めるさ。…なるほど。置いておくことでいつでも自由に食べられますね。餌付けをしてる訳じゃあないがね。
そんな会話を交わしながら、朝食の準備をする。食材の準備よりも、先ずは台所に火を入れなければならない。まだ薪を割り、火を起こす時代は食事を用意するのも大変だ。ロクスは薪を素早く割り、火を起こして朝食の支度を進めていく。
…ガスコンロなど、まだ無いのですね…。

ご飯が炊けたら次はおかずを切って、卵を焼いて。ついいつもの癖で能力を使っているとコウイチが驚いている。
卵を炒めるロクスの周りで、炊けたばかりのご飯が空櫃に移し替えられている。ふわふわと宙に浮くしゃもじと空櫃。もう一方では味噌汁の鍋に豆腐が落とされている光景は中々に奇妙だろう。
はっと驚き、そういえばこの能力について話していなかったとロクスが慌てると。
「凄いなぁそりゃあ」
あはは、と笑って。便利だねえと言い、特に気にしていない風だった。
改めてロクスの能力、質量制御について説明するとそうかいそうかいと目を輝かせている。…からくりの能力全般に興味があるのですね、きっと。
ただし、と不意に真面目な顔になり。
「…外では使っちゃあだめだよ。戦争に呼ばれちまうね」
あんた優しいからね、危ないね。気をつけるんだよ、と晃一は再び笑ってメザシを炙る。
戦争。
ひとどうしの争いに、私の能力が使われてしまうことを、この方は危惧して下さるのか。…私は、ひとのための機械だというのに。いざとなれば、そうした命令も聞くだろうに。ああ、否、だからこそ、か。私がひとの命令を聞く機械だからこそ、なのかもしれない。
なので、家の中でのみ、ロクスは能力を使うことにした。これがあれば朝御飯の支度をしつつ、布団を畳んだり薪を割ることも出来る。
ただ、手伝い過ぎてはいけないから、そこが難しい。
「ははは」
優しいねえと笑うのが晃一だ。
そうしてロクスが頑張った分、小さなメンテナンスが追加される。
晃一は手を動かしながら話すのが得意だ。コウはいつも真剣な表情で黙っている。少し、違う二人。
「そういえばさあ」
よく動かす肘関節をとんとん、と。
「ここらちょっと改良してるねえ。荒削りだが」
コウが弄った箇所だ。普段からよく使う部分だからこそ消耗も激しい。なるべく摩耗しにくい様にとコウが手を加えてくれた場所なのだ。同じからくりに通じている二人だからこそ、気付くのだろうか。はい、そうですとロクスは頷く。
メンテナンスされる度に、優しくて、丁寧で。だが、コウに重ねてしまう。
…コウ様も、お祖父様の手付きを見ていたのでしょうか…。

触られた肘関節を大事そうにロクスは触れた。
「大切な方が、丁寧に細工して下さいました。長く、使える様にと」
「ほう。お前さんのクセをよく見てる。…脚の膝もな」
ぺしりと叩く。
「荒削りだ、まだまだ未熟だ、だが、よく見てる。そいつはきっといい技師になれるよ」
早く帰れたらいいなあ。 まあ、できたら俺も会ってみたいね、と晃一はけたけた笑っている。
膝も、肘も、コウ様がいつも手入れをして下さる場所。気に懸けて下さる場所。嬉しくなってロクスは微笑んだ。
「はい…。若い方ですが、素晴らしい技術を持っていらっしゃいます」
……多分、未来であなたに会うのです、とは言いたくても言えない。
そうかい、そうかい。
晃一は自分のことのように喜んでいる。

【'14第弐回公式】過去の邂逅1【昭和西京 荒川奇譚】

■第弐回公式イベント『昭和西京 荒川奇譚』
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たかや様宅・雪代功至( www59.atwiki.jp )さんのお祖父さんに、タイムスリップをしたロクス( www59.atwiki.jp )が出会ったら、というifのお話し。
たかや様感謝です! 

*****

その日そのとき。
例えば、タイムマシンという嘘の様な本当の機械があったとして。
起動した其れに、うっかり増幅器が加わったことにより、様々なところで様々な時空跳躍が起きたとしよう。
もしそのタイミングで、西京都にあるからくり屋敷に住んでいる、一人の機械人形がテレビを見ていたとしたら―――その機械人形も一緒に、時空跳躍をしてしまうのではないだろうか。
「え…?」
機械人形の名はロゼ・ロクス。
家事万能にして質量制御機能を持つ、オッドアイで割烹着眼鏡のひとならざる者である。
彼は戸惑っていた。目の前の景色が突然変わってしまったことに。家の中に居た筈が、今自分が外に居ることに。
辺りを見てみるが全く知らない景色ばかりで、行き交うひとの服装も少し違う。じろじろと此方を見てくるのも、好奇混じりのものばかり。普段ならばこんなことはない。皆、慣れた様にそこにあるものとして見てくれる。
ひとまず元の位置を記憶させつつ歩き始めた。試しにGPSを作動させてみるものの、矢張りおかしかった。
システムが自動的に判断する日付もまた、おかしい。
1943年、6月…?
ロクスは首を捻った。システムが故障しているのだろうか。自分は知らない間に外へ出てしまったのか。
おうからくりの兄ィちゃんじゃねえか、どうした!」
「……?」
不意に、此方に声をかけてきた人物が居る。年齢は青年ほどの男性だ。
何と返すべきか分からず、然し隠し事をしても仕方がないだろう。例え信じて貰えずとも、自分を恐れず、遠巻きにせず、《からくり》と知って話しかけてきたのだから。
…そういえば、あの方も、そうでしたね。おずおずと、私を《からくり》と知って、気を遣って下さいました。
ロクスは自分がどうやらタイムスリップをしてしまったこと。現在の時点から言えば未来から来たことを説明する。
ふーん、とその男性は顎に手を当てて。
タイムスリップ? そうか、時空移動しちまったか。じゃあ、ちょっと来な
「!」

このひとは不思議なひとだ。ロクスはそう判断する。
自分の言葉を信じたのかは分からないが、タイムスリップという言葉を知っているようだ。
此方を振り返りもせずに歩いていく男性の後を追い、ついていった先にあるのは見慣れた屋敷。庭のある、日本家屋。
……これ、は?
家名を確かめ様にも見当たらない。玄関をくぐると、見事に新築のからくり屋敷。皆、色あせてなく賑やかで庭の手入れもゆき届いている。戸惑うロクスに気付いたのか、男性は振り返りきょとん、とした顔でどうしたのかと尋ねる。
その顔も、似ている。
……まさか。
あ、いえ、その、助けて頂いて、ありがとうございました…。あ、貴方のお名前は…。私は、ロゼ・ロクスと申します」
ぺこりと礼をしたロクスにかけられた言葉。それは。
俺は雪代晃一ってんだよロゼさん。ま、帰るアテがみつかるまでいるといいさね」
ゆき、しろ、さま。
こういち、さま。
ああ、どうして、どうして。この方たちは、私を、からくりを見つけて下さるのか。
驚き慌てるロクスだったが、思考が冷静に判断する。そう、ただで泊めて頂くのは勿体ないので家事手伝いをしたいと。
然し男性、
雪代晃一はあーだめだめと手を横に振った。
「家事働きならからくりがしてる。奴らの仕事を奪ってくれるなよ〜。それよか話を聞かせてくれ、もしくは体をちいと見せてもらえないかね?」
からくりである自分を見つめる瞳が輝いている。
本当に、よく、似て。
…然しこの方は、つまり…年代からしてコウ様の…お祖父様…?
ロクスはおずおずと手を差し出した。そして、もう一つお願いしたいことを口にする。
あ、はい、私の体でよろしければ…。もし、可能であればメンテナンスなど……」
先ほど歩いただけで身体が軋んでいた。本来ならばあり得ないことだ。連日コウによるメンテナンスがされているというのに。
いいとも、と頷いた雪代晃一が作業台を一度指さしたが、あ、その前に服を脱いでくれと要求されたのでロクスはささっと服を脱ぐ。人間の感覚で言えば、裸になることは抵抗があるのだろうが、ロクスにはない。
苦笑された。
…お前さん、いい脱ぎっぷりだね。少しは嫌がってもいいんだよ? あ、ここらは作業するまで隠しとく」
腰回りにタオルをかけられた。
人間ではない、が、この方は人間の様に私を扱って下さる。…コウ様、ふふ、本当にそっくりです。
彼の手付きは、コウよりも手際がよく無駄のない作業だった。
初めて見るであろうロクスの身体を丁寧に素早く手入れをしていく。
…流石コウ様のお祖父様、とロクスは感心してしまう。

手付きが丁寧で…ああ、もしかするとこの工具たちは、コウ様の使っているものと同じ…?

コウの使っていたものと違い、まだ新品同様の工具たち。それらを使い、無駄なく初見の機械人形の身体を調整してゆくのだ。見事と言わずして何であろう。然し、右足の裾からは黒い義足がちらりと見えた。
「お役に立てねえ身体になったからなあ。小さな事から丁寧に、だ」
ロクスの視線に気付いた彼はそう言った。
ひとの身体に関わることだ、ロクスは黙っておく。その間にも彼の手は動き続け、胸から腰、脚を、さっさと調整してゆく。
見た目は新しい工具だが、使い慣れているのは傍目からでも分かる。…優しい手付きですね、そうロクスが言うと、照れた様にそっぽを向いた。
「はっは、お前さんはお世辞が上手いね」
出過ぎた言葉だっただろうか。けれど彼はそうかい、ありがとよ、と返して頭の後ろ手でかいた。
照れ隠しだ。手先にはブレひとつない。
そして、先ほどは家事手伝いは不要だと言われたけれども。ロクスは少し表情を曇らせる。
「…義足ではやはり生活が不自由されるのではありませんか?」

「んん? …おう。まあなあ。だが、おかげで義肢研究もできる。戦えはしないが、まあ、俺みたいなのがいてもいいだろうよ」
本人は気にしていない様だ。無論、その為にたくさんの家事をするからくりが居るのだろうが。
晃一は最後の箇所を修理し終え、かちり、とはめた。
その後何度か様子を確かめてから、調子は、と尋ねる。
「うん…どうだい? 大雑把に見ただけだが」
すくり、とロクスは立ち上がる。…の前に服を着た。腕や足を曲げてみるとずいぶんと動きやすくなっている。
油を差してくれたお陰で、調子も良い。
コウのメンテナンスと同じだ。寧ろ、其れよりももっと洗練されている、と言ってしまってはコウに失礼だろうか。
「…ありがとうございます、本当に、コウ様の…あ、いえ、丁寧ですばらしいメンテナンスでした」
つい、口が滑りそうになる。
よくよく見れば彼の顔立ちはコウよりも少し幼く、けれど眼光には力があった。
似ている。
当たり前と言えば、当たり前なのだが、不思議な気分だ。
コウが持っていた写真では、彼の姿は老いたものばかりだったのだから。

「ふだんどうしてんだい、お前さん」

よいせ、と晃一も杖を支えにして立ち上がる。
「……一人でふらふらしてよお。行く宛はあんのかい?」
此方を気に懸けてくれる
晃一の言葉に、ロクスは少し迷って。
「…普段は、コウ…いえ、別の方にお世話になっています。ただ、今回は不慮の事故で…」
そうだ、早く戻りたいのに。分からない。この時代については、何も。
どうしてこうなってしまったのかも分からない。
だから戻る術も無くて、どうすれば良いのかも分からなかった。きっと、
晃一が声をかけてくれなければ、そのままだっただろう。知らぬ時代、見知らぬひとたち、宇宙人である自分に頼れるものなど無かった。
途方に暮れていた。
メンテナンスも出来ず、下手をすれば。
ロクスは項垂れる。
「…いえ…行く宛はありません…」
「事故……か。ならよお、うちに居ていいんだぜ? うっかり捕まってバラバラにされちまったら大変だ」
お世話になってる人も探してるだろうしよ。どうだね?
晃一はにかりと笑ってそういった。
確かにこの時代には機械人形も宇宙人も、妖怪や亜人といった、未来の様な多種多様性があまり見当たらない。
この申し出はロクスにとってかなり嬉しいものだ。
「…あ、それは有難いのですが…」
良いのでしょうか。
当たり前だよ。
…ああ。この方たちは、優しくて。西京に来たばかりの頃に、こんなやりとりをしたと思い出す。
コウ様。 
「…お世話に、なっても宜しいでしょうか?」

本当に、そっくりですね。コウ様。
にかり、と笑う顔はコウより粗野だがやはり似ていた。
「おう。からくりばかりの屋敷に俺ひとりでなあ。話し相手が欲しいと思っとったが…夢が叶うなんてなあ」
へへ、と照れ笑い。
「からくりと喋ってみたかったんだ、俺」

ああ、似ていらっしゃいます。よく、よく。
『からくりと…喋るの、嬉しい』
おずおずと、私に触れて下さった貴方に似て。この方も本当に、心からからくりを愛していらっしゃる。
ロクスは微笑んだ。
此は、私の役目。私にしか、出来ない役目。
からくりである、私の役目。
「…私で良ければ、お話ししましょう。家事も手伝えます。ご飯から掃除洗濯もお任せ下さい」
私は、機械人形。ロゼシリーズ。
「…コウイチ様の、望みを叶えましょう」
「望み、か…そうだなあ。家族は居ないからほぼからくり、ただし屋敷内では自立してる奴らばっかりだ」
見ればかたことと動くからくりたち。
コウの元に居た頃は動いていなかったが、大切にしまわれていたものもある。
時が、現実にさかのぼっている。
「家事やらは俺もせにゃならん。片付けの手伝いはしてもらおうか」
ただし。
と、
晃一は指を一つ立て。
「ひとりで出歩かないよう約束してくれるかい?」
実は今ちょっと世間が騒がしくてねぇ。
後で新聞なんか読むといい、デモやら隣の国との戦争やらで此の国は今なんだか浮き足だっているのさ。
挙げ句の果てには亜人という不思議な能力の連中まで現れたりして…っといけねぇな、お前さんに言っても詮無いことだった。
ロクスはふむふむと頷く。
「はい。もちろん」
この時代については不得手だ。下手に出歩いては身が危ないだろう。
思えば天照、ひいては西京についてロクスはあまり知らないままだった。良い勉強の機会なのだろうか。
ネットワークの発達していない今では、恐らく新聞や雑誌といったメディアが一番の情報源になる。
「家事のお手伝い、喜んで」
ロクスは途端にウキウキし始めた。…この機械人形は、本当に家事が好きなのだ。

しかし晃一は割と家事をする方で、ロクスに頼りきりではなかった。
朝も早くに起きるし、衣服も衣紋掛け(ハンガーの事だと後に知った)にかけている。
足が不自由な部分はあるものの、身の回りは殆ど自分でしてしまう。…ロクスの仕事が、逆に、ない。
「畳むの上手いなあ」
晃一は素直に褒め、真似て、きっちりと畳み方を覚える。
分からないことや家事の仕方をロクスに尋ねたりもして、メモを取る。
「なあ、ご近所さんから貰った野菜、何が作れそうだい?」
洗ったり切ったりを手伝うのである。
台所に二人並ぶのは、ロクスにとってとても新鮮だった。
「…コウイチ様は飲み込みが早いですね」
…コウ様には受け継…いえいえ。
「そうですね、大根は半分お漬け物にして、残りは炊きものにしましょうか。おろしにしても美味しいですね」
…畳み方もとても綺麗で…コウ様………。


―――へくちっ。

そのころ。
ロクスが飛ばされたことを知らぬ青年が、一人仕事中にくしゃみをしていた。

【'13公式イベント】紫野・七條のひとりごと。【メモ】

西京Project一周年に寄せて。
主催の玉川さんいつもありがとうございます!!

<参考資料>
・荒神一族年表
www59.atwiki.jp

・公式イベント>■公式イベント
muu.in

※紫野・七條は今後入れようかなぁと思っている我が家キャラです。→mblg.tv
-----------------

宮内庁編纂室では、今日も室長が一人紅茶を片手に書き物をしている。
其れは彼の仕事であり趣味でもある。
紫野・七條はペンを持って一つ一つメモを書き込んでいく。
思い出すのは昨年のこと。
ここ、西京という街のこと。
良いことも、悪いこともあった、そういう街の話し。

昨年、つまり2013年(大和3年)は何とも忙しい一年であった。
大和神王様が即位されて3年目の節目であるこの年に、西京という街、ひいては天照全体でいろいろなことが起きていた。
其れを、記していこう。

***

【六月】 第壱回公式イベント『西京メトロ脱線事故』 
6月13日午後3時35分頃、西京メトロにて脱線事故が発生。
前二両については瓦礫の中に埋まり、後八両についても車体が大きく破損したため、数多くの重軽傷者が出た。
閉じ込められたものについては48名全てが助け出され、幸いこの事故による死者は無かった。
西京メトロ含め西京駅駅員、および特別高等警察総出で救助にかかり、西京大学附属病院では負傷者の手当で騒然となった。天照学院・西京学園等、近くの公共施設は帰宅困難者のために臨時宿泊所となり、テレビやラジオ、新聞・雑誌などなど、あらゆるメディアも注目した大きな事故となった。
但し、今回の事件については一部で憶測も飛び回り、その中には何やら不穏な噂も耳にしたが、此処では記すことも無いだろう。

【七月】 第貳回公式イベント『西京湾の幽霊船』 
7月1日、葛東臨海公園では百年ぶりの海開きに向けて神事が執り行われていた。
然し、 神事の最中に突然現れた巨大な幽霊船に乗る謎の幽霊によって関係者三十名が病院送りにされるという事件が発生。これにより開放が延期されることを憂慮された
大和神王様の意向を受け、特別高等警察は幽霊船駆除のための特別編成チームを結成した。
7月2日〜7月9日の一週間、葛東臨海公園を中心として特別高等警察による西京湾に張り込みを実施。
7月7日午後10時頃、鮫島愁太郎の頭部が無くなるという事件も起きたが、巨大な幽霊船を見つけることにも成功した。(鮫島愁太郎の頭部については、漁師からの取得連絡があったため、今は彼の頭部も無事である)
幽霊船は、1853年に合衆国から天照国へと出発し、行方不明となっていた蒸気船群の内一隻であった。
恐らくはほかの船を探して彷徨っていたのではないかと言われている。
この船の幽霊を供養することにより、7月10日、百年ぶりに西京湾は海水浴場として開かれることとなった。

【八月】 第参回公式イベント『荒神博2013』
8月15日に、浅草公会堂でシンポジウム『荒神博2013』が行われた。
そもそもは荒神一族の初代党首である、荒神團十郎が設立当初に定期的に行っていたシンポジウム、通称『荒神博』が元になっており、当日は各業界の第一人者たちがこぞって発表や個展を開く大盛況となった。
入場は無料であったため、各業界人だけではなく一般人も集まり、 新聞等の各メディアでも
『荒神博2013』は華々しく取り上げられることとなった。
…もっとも、この華やかな舞台の裏では何やら極道同士の抗争があったとかなかったとか。 
荒神総理に何かと縁のある椿組、果てはその参加の極道組、NECTER過激派まで広がったとも聞くが、真相は不明である。

【九月】 第肆回公式イベント『文京区学園祭』
天照一の学園都市と名高い文京区。その区内にあるありとあらゆる学校による、合同の学園祭が開催された。
ここに参加するのは、幼等部から大学まで、天照学院、西京学園、西京大学、大瑠璃ヶ丘女学院などなどその他無数の教育施設たち。
9月21日(一日目)は文化祭、二日目は体育祭、体育祭の後は後夜祭となっており、文化祭・体育祭ともに一般人の参加・見学で賑わった。
文化祭では各クラスの出し物があり、体育館では舞台公演も行われた。
また、9月22日(二日目)の体育祭では、文京区内のすべての学生が天照学園高等部グラウンドに集合するという壮観な競争が繰り広げられることとなった。
後夜祭では大きな花火が打ち上げられ、生徒も含めた皆が夏の終わりを楽しんだのである。

【十月】 第伍回公式イベント『トリックキャンディ』
10月31日は、西洋ではハロウィンと呼ばれる季節である。
ここ西京でも近年メディアや各アパレル業界等により少しずつ認知はされてきたものの、詳細を知らず、ただ仮装するお祭り、お菓子を貰えるお祭りといった認識相違も起きている。
そんな中、三面記事ではあるが面白いニュースが当時報道されている。
其れは、『食べると姿の変わるトリックキャンディ』が西京中にばら撒かれてしまった、というものだ。
白いあめ玉、赤いあめ玉、青いあめ玉、それ以外にも様々な種類が世間には出回ったらしく、特高では何も知らずにあめ玉を口にした一般市民からの問い合わせが殺到したという。
…かくいう特高でも、そのあめ玉の被害にあった者たちが大勢いたとか。

【十一月】
第陸回公式イベント『東京PROJECT』
11月16日、山手線に乗った多くの人間が突然消えるという謎の事件が発生。
原因は不明だが、どうやら失踪した者たちは《東京》という別の場所へ行ったのではないかと言われている。
その《東京》から無事に戻ってきた者によると、向こうでは天照神国と全く異なる文化が成立しており、地名に似た部分はあれども、機械等の文明、はては貨幣経済の興隆など様々な相違が見られたという。
《東京》には、西京都と同様、山手線という鉄道が走っており、それに重なる形で失踪事件が起きたのではないかと言われている。
噂では、荒神雷蔵を始めとする NECTER過激派も《東京》へ行っていたという噂も流れ、西京の政治状況は一時騒然となった。
然し、この《東京》失踪事件に関しては、未帰還者も居るとのことで、依然として調査が継続されている。

【十二月】  第漆回公式イベント『摩天楼狂葬曲』
12月31日。本来であればゆっくりと年越しの時間を過ごすその日に、大きな抗争が勃発した。
天照神国の第二首都である大阪帝国に存在する、関東極道会二大勢力、『紅灯商会』と『黒牙會』の全面戦争である。
舞台は大阪新世界を見下ろす超巨大高層『帝国センタービル』、通称『摩天楼』。
ルールは簡単、最上階パーティーホールから、どちらの構成員が多く生き残り、地上まで降りることが出来るのか。
その一部始終はNNN放送局のニュースキャスター・八重によって実況され、天照国民の多くが注目するところとなった。
勝負は黒牙會の勝利に終わり、紅灯商会元会長・赤妻京は、「紅灯商会残党が変な気を起こさないための人質」として、黒牙會に抱え込まれることになったらしい。

***

ふむ、と紫野はペンを置く。
紅茶も丁度切れてしまったし、と立ち上がって次はどの茶葉にするかと缶を選びつつ。
…何はともあれ大和神王様が健在ならば、世は全て事も無し。
紅茶の抽出をしながらペーパーナイフを片手に溜めていた封筒を開いていく。宮内庁に届く様々な書類の内、展覧会等の案内に関するものをチェックしてくれと言われることが多い。特に、宮内庁から資料を貸し出しているのならばなおさらだ。
紫野は暫く考えて紅茶の缶を取る。左から二つ目の缶。
柱時計の鳴る音がして振り向くと、そろそろ退庁の時間を示している。最近はすっかり日が長くなったので分からなくなったな、なんて苦笑する。
取り出した缶を戻して、紫野は帰り支度を始めることにした。

ついったメモ4

nv_tl宛。

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