体を小さく丸めて眠りに就いていた怜悧と朱乃は朝のまぶしさに目を覚ました。
ぬくぬくと温かい布団からなかなか出られずに居ると、こんこんとドアがノックされる。
「起きてるかちび共ー」
お盆に二人分の朝食を乗せた国永が立っていて、ちゃぶ台にお盆を置いていく。
「今日は寒いからな、布団から出てこれないんじゃないかと思って。
あ、あと今日は前に言った行商をしている弟夫婦が帰ってくる日なんだ。
君たちを紹介しておきたいから飯を食い終わったら下に降りて来てくれ」
「判った、怜悧おきろ」
朱乃が国永の話をおとなしく聞いている間、怜悧はうつらうつらと夢の世界からまだ抜け出せずにいた。
「嫌いなものが判らないから、嫌いなものがあったら残していいぞ」
「ん、わかった」
眠そうな怜悧をささえて二人仲良く食事を始めた所を見届けて、国永は店の方に降りていく。
「子供達はどうであった?」
黒葉がキッチンで甘い香りを漂わせながら国永に目線を向けた。
「やっぱり布団からは出てこれなかったみたいでな、今飯食ってるぜ」
ぎゅっと絡みつくように自分より小さな黒葉の体を抱きしめ、甘える様に頬を寄せる。
「そうか、ならあの子たちが帰ってくる前に俺達も食事にしよう」
フライパンの上には美味しそうに焼けたパンケーキがほかほかと湯気をあげている。
「ふふ、黒葉のパンケーキはいつもふわふわで美味しいから大好きだ」
「そうか?ならお前のは生クリームを多めにしてやろう」
「ありがとう」
にこりと笑って黒葉に触れるだけのキスをすると、盛られたホットケーキにクリームやフルーツを乗せて二人でカウンター席に座る。
遅めの朝食をとって、そろそろ店を開ける時間が近づいてくると、店の裏口が開く音がしてどたどたと足音が響いてきたのに気が付いて国永は少し頬を緩めた。
「国兄!黒兄!ただいま!」
国永によく似た容姿の青年が両手いっぱいに荷物を抱えて店内に入る扉を開けた。
「貴方はまたそうやって乱暴にドアを…
国兄さん、黒兄さん、慌ただしくてすいません…」
「おかえりお鶴、吉光。
疲れただろう?今お茶を淹れるからそこに座っててくれ」
「お土産いっぱい買ってきたんだぜ、これは黒兄用、こっちは国兄用」
山盛りの紙袋をテーブルに置いて中身を取り出していく。
「これが今回の納品分です」
「ふむ、ありがとう。
……予定よりも大分多いな、また無理をしたのではないか?」
「ほんのちょっとだけだぜ?」
肩を窄ませて悪戯っ子みたいに微笑む鶴丸は紙袋の一番底から厳重に保管された箱を取り出した」
「それと、これがヒスイに頼まれてたやつだ。
ここに来る前に教会に寄ったんだけど長期不在って言われてな。
アイツに預けておくとどこに置いたか忘れるだろうから黒兄が預かっていてくれ」
ずっしりと重いそれは触れただけで異質だと分かる。
「成程、これはヒスイにしか扱えぬだろうな…
判った、これはうちで厳重に保管しておこう」
黒葉が受け取った箱をしまおうとしたとき、上から怜悧と朱乃が手を繋いで降りてきた。
「おや、起きてきたか」
「おはよう…あの、えと…ごはん、おいしかった」
見知らぬ二人に気が付いて怜悧が朱乃の後ろに隠れて、小さな声で言った。
「残さず食べれたようだな、よしよし。
怯えることはない、これは国永の弟で鶴丸といってな、行商をしている。
隣に居るのは鶴丸の夫で吉光だ」
「随分小さな子ですね、迷い子ですか?
私は一期吉光といいます、よろしくお願いしますね」
2人に目線を合わせる様にかがむと、怜悧がひょっこり顔をのぞかせる。
「いち…おにいちゃん?は、ぎょうしょう?をしてるひとなの?
ぎょうしょうってなぁに?」
好奇心は旺盛なのか、朱乃の後ろに隠れながら怜悧が興味津々とい言った様子で吉光に問いかけた。
「行商というのはですね、皆さんに必要な物をあつめてお届けするお仕事の事ですよ」
「…」
背後で鶴丸が見定めるような視線で二人を見る。
「この子達は先日迷い込んだばかりの子でな。
こちらの子狐は怜悧、子鬼は朱乃という。
お前達の仕事を手伝う事もあるだろうから面倒見てやってくれ」
「あ、ああ…でもこんな子供に危ないことはさせられないし…」
「つるおにいちゃん?」
怜悧が鶴丸の足元に歩いていき、にぱっと笑って両手を伸ばして抱っこをせがむ。
「人懐っこい子だろう?しかもモフモフだぜ?」
奥から国永がコーヒーの入ったマグカップを二つ持ってきた。
「耳と尻尾はまだしまえないのか?椿には相談しに行ったか?
あいつならきっと力になってくれるぜ?」
「?」
「いや、まだ他の連中には会わせてないんだ。
2人の体力の回復を待ってるのと、ここでの生活にまずは慣れてもらおうと思ってな。
それに一気にいろんな奴に合わせても混乱するだろう?」
「朱乃、二人は行商であちこちの世界を渡り歩いておるでな、お前の兄の事を頼んでみるとよいぞ。
もしかしたらどこかで見かけることもあるかもしれぬ」
すると朱乃は、はっとした表情を見せた。
「あ、の…俺…双子の兄とはぐれて…この世界にきて…
兄をさがしてるんだ、もし見かけたら教えてほしい。
俺と同じ紫銀色の髪と、綺麗な赤い目をしていて、左側に二本の角があるけど一本は折れてるんだ…名前は朱璃」
「判りました、もし見かけたら朱乃くんが探していた事をお伝えしますね」
「あ、りがと…」
余り人に成れていないのか、ぎこちなく笑って礼を言う朱乃に吉光はやさしく笑いかけた。
「怜悧と朱乃は知り合いってわけじゃないのか?」
「ぼく、ずっと誰かに追われて…おかあさんが、僕を……
あ、いや……おかあさん、僕ににげろって、いって、手が離れて…
怖い匂いが、おおきなこえが……なにか、やける、ああああああっ!!!!」
鶴丸の腕の中で怜悧が恐怖に青ざめて体を震わせながらぎゅうっと鶴丸にしがみ付いた。
「怜悧!?大丈夫だ、俺が必ず守ってやるから!」
ぎゅっと抱きしめて安心させるように怜悧の背中を撫でる鶴丸の瞳が、昏く歪んでいることに黒葉と国永は気が付き、すぐに怜悧を取り上げた。
「落ち着け怜悧、ここには君に危害を加えるものは何もないぞ?」
真っ青になったままがくがくと震える怜悧を落ち着かせるために国永が抱きしめて頭を撫でる。
朱乃が心配そうにその様子を下から見上げている。
「おにいちゃん…おにいちゃん、おかあさんみたい。
あったかい…おかあさんもよくこうしてくれた」
ぎゅっと肩口に顔をうずめる怜悧に手を伸ばそうとした鶴丸の手を、吉光が掴んだ。
「貴方ものもではありませんよ」
そういわれて、はっとして慌てて手を戻すとおとなしく怜悧の様子を見守る。
「いち…ごめん」
きゅっと掴まれた手を繋いで、吉光に寄り添うようにもたれかかると吉光が黙って肩を抱いた。
「今回は少し無茶をしたので疲れているみたいですね…」
「折角入れてくれたんだし、これを飲んだら少し休ませてもらうな」
鶴丸が国永の淹れたコーヒーをぐいっと飲み干して、からようやく吉光に連れ添われて立ち上がり、自分たちの部屋に引き返していく。
「さっき、すごく怖い目をしてた…
あのひと、どうしたんだ?」
朱乃が不安そうに国永を見上げる。
国永は怜悧を抱き上げたまま、困ったように微笑んだ。
「あの子は本当はとても優しい子なんだ…
ただ、優しすぎて全ての苦しみを一人で背負おうとしてしまう…
さっきは怜悧は過去を思い出して取り乱したことで、変なスイッチが入ったんだろうな。
怜悧を守りたいって気持ちが溢れて変に暴走しそうだったから、その前に取り上げさせてもらった。
怜悧もびっくりしただろ?ごめんな」
怜悧は首を振ってぎゅっとしがみつく
「つるおにいちゃん、こわくないよ。
つるおにいちゃんのほうが、なにかこわがってるみたいだった」

 


「いち、いち…」
「はい、ここにいますよ。
貴方のそばにちゃんといます」
2人っきりの部屋、ベットにもつれる様に倒れこみ、吉光にきつくしがみ付く。
「お、れ…あの子に何を…あんな小さい子が怖い目にあって…だから守らなきゃって思って…
母親、多分殺されたんだろう?焼ける匂いっていってた…血の匂いも…
きっと、毛皮をはがされて、肉を…あの子はそんな光景、見てたかもしれないんだろ?
守ってあげないと…って、俺また暴走してるな…」
「あの子の母親は残念でしょうけど、それでも命がけであの子を逃がしたんですから、それにここに居ればそんな目にあうこともありません。
「ああ、そうだよな。国兄と黒兄が付いているんだ…あの子たちはもう怖い思いをしなくてもいいんだ…」
「全部を助けることは無理だと、あなたが言ったんでしょう?
それにあの子たちは可哀想なみなしごではありません。
あんなに小さくても、お互いに身を寄せ合って必死に生きている。
だからあなたは必要ないんです。
貴方は、私だけのものです、私以外の事など考えないでください」
抱きしめた鶴丸の体を大事そうに抱き込んで、唇を乱暴に重ねた。
息をつく間もないほどに激しいキスを繰り返され、鶴丸の瞳が次第にとろんとして、弱弱しく服を掴んでいた手が首に回される。
「ん、はぁ…いち、いちしゅき…もっとぉ…」
「ええ、今回はちょっと無茶しましたから、少しゆっくりしていきましょうね?」
そういってベットに鶴丸を押し倒して首元からキスを落としていく。
「うん、うんっ。
おれ、がんばった、ほめて、いち。いっぱい、いっぱいほめて?」
幼い笑顔を浮かべて、ぎゅっと抱き着いてくる愛しい妻。
吉光はにこりと微笑んで鶴丸とベットに深く沈んだ。
「あいしてる、いち。
俺がまた、判らなくなったら、ぎゅってして?」
「ええ、ぎゅっとします。
貴方を必ず幸せにすると国兄さんにお約束しましたから」
「うん!」
鶴丸がこんな表情を見せるのは信頼している兄と吉光の前だけ。

 

「昨夜はお楽しみだったようだな」
朝起きてきて真っ先に黒葉が口元を釣り上げて微笑んでいて、鶴丸は頬を赤く染めながら俯いて隣に座った。
「あの…あの後、あの子達…」
「驚いてはいたが、薄々感じ取ってはいたようだ。
特に怜悧は他人に酷く敏感な様でな、お前の方が怖がっているのではと心配していたぞ?」
「そ…っか。あれ、国兄は?」
「子供達を連れて畑に行っておる。
朝食に使う野菜を収穫しているんじゃないか?」
「…ありがと、黒兄」
鶴丸は席を立つと店の隣にある畑の方に向かって歩いて行った。
「あ、つるおにいちゃんだ!」
どろんこになった怜悧が畑の中からぴょこんと顔を出した。
「つるおにいちゃん見て見てー!」
ひょこひょこと怜悧が手に持っていたのはジャガイモの蔓だった。
「つるおにいちゃんおいも好きなんでしょ?
ぼく、朱乃と一緒に一生懸命とったんだよ!すごい?すごい?」
「俺の為に、とってくれたのか?」
「うん!だっておにいちゃん辛そうだったから、あのね、そういう時はね、おいしいものをお腹いっぱい食べるとげんきになれるっておにいちゃんが言ってたの!」
「怜悧、朱乃も…ありがとうな?」
「俺は別に…朱璃のことで、協力してもらうから…」
鶴丸はそんな二人に微笑みかけてから、最愛の兄を見上げた。
「国兄、この子たちは俺が絶対守る。
傷つかない様に、大切に、心ごと全部守ってみせるから!」
その鶴丸の表情は柔らかな笑顔で、落ち着いた様子だったので、国永は安心して頷いた。
「ああ、そうしてやってくれ
この子たちはまだ幼いからな、頼りになる兄ちゃんができて良かったな二人とも?」
「うん!僕いつかつるおにいちゃんとお外の世界に行ってみたい!」
「俺も…自分で朱璃を探したいし…怜悧ひとりじゃあぶなっかしい」
「あはは、そうだな。お前達がもう少し大きくなったら俺の仕事を手伝ってもらおうかな…
それまでに黒兄からいろんな仕事を受けて腕を磨いておけよ?」
2人の頭を撫でる鶴丸の優しく微笑む姿に、国永は安堵した。
兄に異常な執着を持っていた鶴丸は時折ああして気持ちが先走ってしまい、大切にしたいという欲が溢れだしてしまう瞬間がある。
幼いころはそれを全て国永に向けてきて、どこへ行くにもつきっきりで、まるで国永の行動を全て把握していないと気が済まないといったようにどこにでもついてきて離れなかった。
国永もそれを許容してしまい、自らの精神をすり減らして弟の心を守ってきた。
一期吉光が現れるまでは。
一期は本当に鶴丸にとっての特効薬のような存在だ。
不安定な鶴丸を唯一御しきれる存在。
「鶴、今君はしあわせかい?」
鶴丸は振り向いて幸せそうに笑った。
「うん、幸せだ!」
「ならよかった。さて、朝飯の準備でもしようか!
三人とも手伝ってくれるな?」
「はーい!」
収穫した野菜をもって、とてとてと幼い二人が国永の後をついていく。
鶴丸もそれに従ってついていく。
とても大切で、一番愛しい旦那様が起きてきて、嬉しそうに微笑む姿を想像しながら。