「茨木、ここに居たのか。風呂に行くぞ」

そう言って食道に入り声を掛けてきたのは和服の緋翠で、声を掛けられた金髪の少女は顔をあからさまに顰める。
鬼と呼ばれる存在に恐れもせず当然の様に話掛けるのは、彼女が陰陽師と言われる職である故か。

「嫌じゃ! お前と居ると嫌な匂いがする、妾に近寄るでない!!」
「ああ、まあ……それは仕方ないだろう。髭切の気配であって俺じゃ無い。そして俺は存外お前を気に入っている」
「ええい、嫌じゃ嫌じゃ! 妾に構うな、近寄るな! 鬼の手で引き裂いてやろうか!!」
「引き裂かれるのは痛いなあ。だが無意味だ、行くぞ」

ひょいと腰に手を掛けて茨木を持ち上げれば、暴れられても意味は無い。
邪魔したな、と赤い弓兵に声を掛けて出て行けば食堂は一気に静かになった。
道中、緋翠が茨木を抱えているという目撃者は衝撃を与えられたが、それだけだ。
いざ女風呂にと白襦袢に着替えた所で、大浴場に驚いた。

「どうした、貴様が入ると行って連れてきたのだろう。早うせい」
「ああ、だが少し……驚いてな。木造でないのは予想していたが、これは石か? なぜ獅子の彫り物から湯が出る」
「みこーん! あらあら、珍しい組み合わせですこと。子鬼ちゃんと小狐ちゃんもお風呂ですか?」

突然の背後からの衝撃に緋翠が見れば、桃色の髪をした玉藻の前が自身の背に張り付いていた。
キラリと光る目は獲物を狙うかのように輝いていて、うなじの辺りがピリピリとする。

「何だ、タマモも今から風呂か? 倭人仲間が揃っていてもおかしく無かろうよ」
「いえいえ、現代の陰陽師さんですから鬼は調伏匹敵なのでは、と思いまして」
「俺は真っ向勝負の方が好きだな。何より茨木は疫を振りまく小物でなし、同じ主に仕えているうちは敵対する意味も無い」
「ふん、煩い狐めが。目障りが過ぎるようなら食うてしまうぞ? 緋翠、早う入るぞ!」

小さな手の方から繋がれ、気を許したわけでは無いのだろうが嬉しくなって微笑んだ。
意外と女性組は倭人が多い気がする、と思いながら入れば肩まで浸かる形になり、茨木を胸に抱いて膝に乗せた。

「何をする!?」
「いや、溺れないようにと思って」
「ふふ、茨木さんは小さくて抱き心地が良いですよね」

第三者の声に横を見ればおっとりと笑う清姫で。
というかお前いつの間に近くに居たんだとアサシンもビックリな気配遮断である。
タマモは横であちち、と言いながら尻尾を膨らませて足先からそろりそろりと入っている最中である。
そういえば清姫と言えば業火を吐いたり鐘を燃やしたりとしていたから、熱には強いのか。

「ところで緋翠さんは、マスターの事をどう思って居るんです?」
「……君の心情はよく分かるが、あの子を巻き込むなよ? 俺にとっては、そうだなあ……息子だな。我が子に似ている」
「あらあら、そのお歳でお子様がいらっしゃる、と。でしたらマスター争奪戦からは除外ですわねえ」
「ああ、そうしてくれ。俺は旦那も居るから、外して貰って一向に構わん」

清姫と玉藻の前の様子にげんなりした緋翠は早々に逃げ出す事を選択した。
女子とはかくもこういう話が好きなのか、それとも異形の者故の鼻が利くのか。
胸に抱いた茨木の肩に頭を乗せて息を吐く。
と、ぽんぽんと頭を叩かれて顔を上げる。

「何というか、貴様も色々難儀じゃのう」
「あー……そうかも知れない」

意外と話の分かる茨木はやっぱり落ち着く存在だと改めて思った緋翠だった。