スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

My Immortal

瓦礫に埋もれた山で出会ったのは、果たして運命のイタズラだったのか。
震えて抱き合う白い二人は、ポッドに縋り付く俺を見下ろしていた。





――5年前。
最年少生物学者として名を馳せたのは、わずか7歳の小娘だった。
真っ赤な緋色の髪に吊り気味の翠の三白眼。
本名はフィヨルスヴィズ・レギン・ロア・アタラクシア、しかし誰もその名を呼ぶモノは居ない。
雄弁すぎるほど、名は体を表していた。
緋翠、それが彼女を呼ぶ名で、いつしか彼女に定着した名だ。

「緋翠、この検体だが……処分した方が良いだろう。既に薬の投与も限界量まで達しているし、耐性が厄介だ」
「けどそいつ、まだ子供だし……生命力は個人差によるだろ? 処分する位なら、俺が貰っても?」
「それは良いけど……また実験用か? 君は優秀すぎる割に人嫌いが過ぎるぞ。せっかく良薬を作るのに、勿体ない」
「俺の勝手だろ」

社交性が無いわけでも無いのに人と距離を置きたがる、そんな子供のだだをこねる姿に同僚は肩をすくめて笑う。
こればかりは仕方ないのだと。
能力こそが生死を分けるこの世界だからこそ、彼女は生きて居る。
耳に掛けたイヤホン型端末に手をかざし、緋翠は白衣を着て歩きながら検体の情報を呼び出した。
周りの背景という現実を透かし、目視の上では情報パネルが開かれる。
L-114115という数字と、一人の少年の顔グラフが浮かび上がった。
下がり眉に垂れ目という訳でも無いのに弱い光を映す瞳。
十中八九、誰もが言うであろう弱者の表情。
けれど、緋翠は嫌いでは無いという印象を抱いた。
この瞳が意思を強く持った時にどんな色を映すのか、この顔が喜びに緩む時はどんな風に彩るのか。
彼の世界に生や希望をもたらしたら、どんな人生を歩むのか。
途端に興味を見いだし、早速迎えに行こうと検体部屋への通行許可を取りに行ったのだった。



「さあ、ここが今日からお前の部屋、お前の家だ。俺は主治医で、お前は患者」

簡潔に事実だけを述べた少女は、力強く笑って見せた。
けれど、今までの生活と一変した環境に、熱でうなされる頭がついていかない。

「……ぼくは、……すてられ、た、ですか……?」
「俺が貰った。だから、お前は死ぬその時まで俺の家族だ。あと治った時な」
「なお……?」

ありえない、と頭の中で反芻した。
ここまで生かされたのも奇跡に近い事で、けれど様々な合併症まで引き起こした身体はもう駄目だと聞かされた。
聞いていた、真っ白な光りすら白い部屋をよそよそしく映し出す、個部屋の外の会話を。
それでも、自分が居た事で完治や緩和する薬をいくつも作り出せた事は素晴らしい功績だと。
誰かの為になれた事は嬉しかった。
自分の為にならなかった事は残念だった。
けれど、救えた笑顔があるのなら、僕はきっと幸せ者だ。

「ここは空気を除染してあるから身体に良い。窓もある。あそこは何も無くてつまらなかっただろ?」
「……ぼく、なおる、の? ……めいわく、じゃ……」
「俺が治す、それが仕事だ。そして家族なら、生きて欲しいと思うだろう?」
「か、ぞく……」

遠い言葉だった。
誰かの話の中では聞くのに、自分に居ない事を不思議にも思い。
けれど、それが居る人は特別なのだと知って、納得した。
このコロニーは培養槽で子供を作る、いわゆる試験管ベイビーというのが主流だったから。
僕には居なかったし、隣に居た子にもきっと居なかった、そして目の前に居る人にも。

「名前が、必要だな。エル、で良いか? 記録には残って無くてな。……エル・アイなんてどうだろう?」
「ん、いい、です……」
「俺はー……っと、流石に名乗ってないと忘れるな。適当でいいや、直感で呼んでくれ」
「え、と……ヒ、スイ……は?」
「ん、それで良い。今日は引っ越しで疲れたろう? 熱冷ましと眠剤入れておくな」

そう言って少女が手を差し伸べて額に触れ、キスを落とした。
おやすみ、と言って微笑みながら点滴の装置を弄り、直に目蓋が落ちてくる。
おやすみなさい、と返したけれど、言葉になっただろうか。



それからの日々は和やかなものだった。
シフト自体は変わらず、特効薬作りを研究室では無く自宅へと移した事で毎日ヒスイはエルと顔を合わせた。

「今日はお粥、っていう……俺の国での伝統病理食だ。食べられそうか?」
「ん……ひ、ひとくち……なら……」
「ん、無理はするなよ? 無理をするとその分余計なエネルギーを消費する事になるだけだ」
「え、ね?」
「うん、吐いたり下したり。一口やこの程度の病理食で得られるエネルギーは元々少ないが、食べるという行為自体が生命力を担うんだ」
「……むず、かし」
「そうか? ……ふむ、そうか。言葉が硬いと言われる事は多いが……なるほど」

そう一人で納得すると、ほら、と優しく笑いながらヒスイは粥を椀で掬い、エルを抱き起こして口元に持って行ってやる。
初めて聞いたオカユという食べ物は、他のペーストの食事の様な味も無く、ただただ、温かかった。



「これがパネル。じゃなくて写真、か。ほらエル、見てみろよ」
「パネル……しゃ、しん? これは、なぁに?」
「紙っていうモノに、色を乗せて、風景を残す技術さ。これは夕日の海」
「ゆうひ……う、み……きれい……」

少し待てよ、と言ったヒスイが壁の電子パネルを操作すると、室内が写真通りの風景に彩られた。
エルの居るベッドの下には沢山の、波という水が行き来をする。
音も室内音響から、わずかにサァア、サァアと耳障りの良い何かが反響をした。

「これは?」
「下のソレは海で見られる波だ。音は水が行き来する時に聞こえるモノらしい」
「先生も、知らない?」
「先生じゃなくてヒスイだって。このコロニーには無いな。外へ出る用も無いから知らない」
「うみ……すごい……」
「だろう? いつか本物を見てみたいんだ。だからエル、俺が治したらお前も来いよ」
「え……ぼくも、いいの……?」
「当たり前だろ、家族なんだから。独り立ちする前に、餞別な」
「……うん、ふふ、ぼく……夢みたい、です」

涙をポロポロと流して微笑む少年に、同じように嬉しそうに笑った少女はその頬を拭う。
抱き締め、抱き合って、二人で笑い合った。



熱に浮かされた頭では、目に入る光全てが目蓋の裏に突き刺さり、幻覚を見る日もあった。
夜は特に最悪で、幻覚がいつ襲いに来るか分からずに震えていた。
そんな時も、ヒスイは傍に居てくれた。

「エル、エル。俺の声が聞こえるか? 集中しろ、エル!」
「ひ、あ、やだッ! こないで、こないで!」
「エル、俺だ。ヒスイだ!!」

暴れる身体を押さえようと抱き締め、手を掴まれてようやくヒスイに気付く。
抱き返して気付いた、自分と変わらない華奢な身体。
細い腕、細い身体、小さな手の平。
それらが僕の身体の熱を奪おうと、冷たさに震えているのが温かく感じた。

「ヒスイ、ヒスイ! ……ぼく、ごめんなさい……」

勝手にヒスイは強いのだと、もっと大きい人だと思っていた。
指を絡めて繋いだ手は、きつく握られて細い指が逆に壊れるんじゃないかと怖くなった。

「いい、大丈夫だ。お前の痛みも、恐怖も、受け止める。受け入れる。だから、いい」

小さな身体で、それでも力強い声と言葉に、涙を流した。
拭うその手は優しく、抱き締める温もりに癒される。
恐怖も、寂しさも、もう感じていなかった。
それでも涙が溢れて止まらなかったのは、君が好きだと気付いたから。



目の前に落ちてきた赤い一房の髪に、頬をくすぐられて目を開ける。
目が合ったヒスイはゆっくりと猫の目を細めて微笑んだ。

「起こしたか?」
「ううん……くすぐったくて……」
「やっぱり起こしたみたいだな。髪か、今まとめる」
「ううん、そのまま……」

クスクスと笑ったヒスイが離れてしまう前に、一房の髪に手を伸ばして包み込む。
ベッドの横に腰を掛けたヒスイは何をするのかと首を傾げていた。

「かみ、思ったよりあったかくないね」
「……まあ、髪だからな」
「火みたいに、熱いのかと思った」
「ああ! それでヒ、か。なるほど……残念ながら熱も神経も無いよ」
「ん……でも、きれい。似合ってる」

彼女の熱意そのものの様な髪は、よく似合っていて。
僕にとっては太陽にも近いそれに、笑って口付ける。
さらり、と手の中で動くすごく上質な糸は口通りも良くて、花の爽やかな香りがした。

「うわっ、ばか! ばかエル!」

顔を真っ赤にしたヒスイが直ぐに離れたから手を擦り抜けていって、残念に思う。
どうして怒るの?と首を傾げれば、ヒスイは少し間を空けて頭に手をやってからそっぽを向き、

「こういうのは、大人のキザな奴が手当たり次第にするもんなんだ」
「そう、なの? ……ごめん、なさい」

知らなかった。
僕は知らない事が多くて、ヒスイを困らせる事が多い。
まだ大人じゃ無いし、キザ?でもない、何より手当たり次第じゃなくてヒスイにだけだから、悪かったみたい。

「俺も驚いて過剰に……あー……すごく逃げたけど、気を付けてくれるなら、良い」

顔を真っ赤にするヒスイは可愛いと考えながら、頷く。

「気を付けるね」
「……うん」

頬を赤らめて微笑む姿に、年相応の少女を見た。



病状の落ち着きを加味して、仕事を片付けてくると長らく家を空けていたヒスイが戻った時。
柔らかそうな細い左腕と、細くても躍動感のあった右足が赤く染まっていた。

「おか……ヒスイ!? その腕と足、どう……したの?」
「ん……ちょっとな。それより、具合はどうだった?」

少しだけ顔を逸らして言う様子は、まるで僕が怒られた時みたい。
気にしてくれるのは嬉しいけど、何も言われないのは悲しくて、関係ないと言われているみたいで。

「え、エル!? 急に泣いて……そんなに悪いのか?」
「ちが、ごめ……ごめん、なさい……」
「謝るな、お前は悪くない。……ゆっくりで良いから、聞かせて?」

抱き締められた手の硬さと冷たさに、頬を撫でる柔らかい手に、涙が止まらなかった。
温かい身体に抱き締められて、暫く泣いていると涙も声も枯れ果てていたけれど、ヒスイは手を離さなかった。

「少し水を飲め、ほら」

言いながら給水チューブを口元まで運んでくれる。
大人しく言うとおりに飲むと、喉が痛んだけれど美味しいと思った。
ようやく落ち着いてきた僕に、ヒスイが言う。

「俺のこれな、……本当は仕事じゃ無くて、手術をしてたんだ。大分昔に、製薬で失敗して」
「しっぱい……ヒスイでも、するの?」
「そりゃあな。幸い、器用だから何度か挑戦するだけでコツは掴めたんだが……」
「不思議……それで、どんな……失敗だったの?」
「うん、神経薬でな。直ぐ傍に居た俺は、粉末を吸い込んだ。当時は何も。けど、段々とな」
「こわく、なかった……?」

変わらない手の平の大きさに、けれど紅く金属質な色の、硬い感触。
自分の身体なのに、ここまでしなければいけなかったのは。
自分ならきっと諦めがついた。
でも小さな少女が受けるには、とても辛いと思う。
なのに、ヒスイは笑って硬い手と柔らかい手で握り返してきた。

「怖くない。元から分かってたから、今更。気になったのは、エルの様子だけ」
「僕の?」
「うん……怖くないか?硬くて、嫌じゃないか?変だとか、気持ち悪いとか」
「ないよ? だって、うん、ヒスイの手だから。……怖く無いなら、良かった」

人から心配される事に馴れていないヒスイには、エルが嬉しそうに笑う意味が分からない。
けれど、悪くは無い。
エルの笑顔を見るのは好きだから、良かったのだとヒスイも笑って返した。



「よぉーっし、エル! 今日は歩行訓練だ、イケるか?」
「が、頑張る!」

あれから上り調子に良くなってきた身体は、吐血も消化不良を起こす事も無く。
座った体勢で一日を過ごしても、苦しくは無くなってきた。
そして歩行練習も続けていて、当面の目標はヒスイの庭を一緒に散歩する事。

「さ、手を掴んで。階段は危ないから、まずは部屋を一周!」
「うん、分かった。早くお庭を散歩したいね?」
「ふふ、そうだな! それに、海も一緒に行くんだろう?」
「うん! 楽しみだね、海!」

柔らかさは変わらず、しかし悲壮さの影は無くなってきたエルの笑顔をヒスイは楽しみにしていた。
エルとの生活はお互いに様々な変化をもたらした。
少しずつ明るく元気になっていくエルと、少しずつ人の心を理解し柔らかくなっていくヒスイ。
同年代、医者と患者以上の絆をお互いに感じていった。

「エルは今したい事とか、何かあるか? 裁縫とか、工作とか……料理とか」
「え、と……よく、分からない、けど……どうして?」
「ん?指先の訓練とか、好きな事があればなーと思って。例えば俺だと、裁縫と工作は得意な方かな」
「料理は? ヒスイのご飯、おいしいよ」
「ありがとな。けど、それは特に得意って訳じゃないかな……院では、ペーストが当たり前だったろ?」
「確かに……あ、じゃあ」
「うん? なんだ、言ってみろ」

歩く練習は両手を繋いで、後ろ向きに歩くヒスイの誘導で少しずつ歩を進める。
それはまるで、端から見ればダンスを踊っているような。
拙い歩みは、お互いに楽しそうに笑い合う事で別の事へと違っていく。

「僕が、ヒスイの為に……料理したいな、って……おいしく出来るか、分からないけど」
「エルが? ……俺の為に?」
「だめ、かな……」
「逆だ! 良い! エル、それ嬉しい、良いなそれ!」

歓喜のあまり力強くエルを抱き締めたヒスイは、もたれ掛かってくるエルに華やかな笑顔を向けた。
滅多に見ない感情的なヒスイの表情は、年相応のものではなかったけれど綺麗で。
何より好きな人の為に何かをして良い、喜ばれたのは初めてで。
エルも嬉しくて抱き返したのだった。



サクサクに香ばしく焼けたアップルパイを持って、慎重にエルはヒスイの元へ運んでいた。
歩みはしっかりとしたもので、もう補助杖も使わなくなって久しい。
エルの病気は、ほとんど完治したと言っても良い。
けれど、それはヒスイの設けた期限が迫っているとも言えた。

「エル? ぼーっとして歩いていたら落とすぞ、それ。今日のおやつは何だ?」
「あ、ヒスイ……うん、今日はアップルパイ。……それは?」
「ああ、海のパンフレット。と、せっかく行くなら白衣とかじゃない方が良いだろう?」

ヒスイが向かっている机の上には沢山のカメラビュー、という電子的なパノラマが広がっている。
構造は説明されても分からなかったけれど、そういうモノがある、とは分かったと思う。
画面には前に見せて貰ったような海の写真と、白くてふわふわした可愛い服。
それを見て、まるでおよめさんの服みたい、と思った。

「お嫁さんの服?? ……って、ウェディングドレスの事か?」
「え!? 僕、声に出てた?」

頬から耳まで、顔中が熱くなるのを感じながら口を両手で塞ぐ。
ヒスイは何かを言おうとして、けれど迷った末に口を閉じて頬を赤く、頷いた。
二人で困った顔をしながら、話しはパイの方へと移って二人分切り分ける。
僕は紅茶を注いで、先に口を付けたヒスイの様子を窺った。

「うん、美味い! パイ生地がサクサクで加減も良い、それにリンゴの煮付けが最高だな」

頬が落ちる、と言いながら嬉しそうに笑ってくれた様子に、ほっとする。
恩返しが出来ている、という実感があった。
それに、純粋にヒスイが笑ってくれると嬉しい。

「……ん、おほん……その、エルも最近動けるようになってきたよな?」
「ぁ……そう、ですね……」
「うん、それで……海を見に行った後なんだけど……良かったら、このまま一緒に。助手って事で」
「それ、って……僕、居て良いの? ヒスイと、ヒスイの傍に、居てもッ」
「うん、ああ、居て欲しい。エルの好きな事ややりたい事、見つかるまで。……出来れば、見つかっても」

照れながら笑うヒスイの顔が段々とぼやけていって、ちゃんと見たいのに見れなくなる。
どうして、何でって、夢じゃないか確かめたくて混乱していたら、いつもの温かい手で涙を拭われた。
硬い手で、壊れ物に触るように優しく抱き締められた。

「エルは案外、泣き虫だなぁ」
「……ヒスイに、だけ」

夢じゃないんだって、嬉しくて抱き返したらくすぐったいと笑われて。
幸せになれると思わなかった。
生きて居られると思ってなかった。
けれど、ヒスイが叶えてくれた。
だから、ヒスイにもっと笑って欲しくて、幸せになって欲しくて。

「そういえばエル、身体にアザとか出来てないか? 赤い蝶みたいな、アザ」
「ちょうみたいな? ……ううん、僕は出来てない。覚えてる中では」
「そうか……いや、それなら良いんだ」

赤い蝶、前にヒスイが教えてくれた本物や象徴としてのソレ。
まるでヒスイみたいって笑って、ヒスイの背中にあるなら、天使の羽根より悪魔の翼より、ソレが良いと思った。
せめて、一時でも、僕の手で身体を休めてくれたらって。
僕は十分幸せになったから、ヒスイも幸せになって欲しいと、それだけを願った。

more...!
prev next
カレンダー
<< 2018年12月 >>
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31