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狐と烏

 

黒いレースのワンピースをふわり風に靡かせながら、黒葉は窓際に置かれた椅子に座って外を眺めていた。
婚礼を終え、三条家に嫁入りした黒葉は監視付きではあるが自由に行動していいと言われたが、どうしたらいいか判らず外をぼんやり眺めていた。
「黒葉、どうしましたか?
何か面白いものでも?」
先日婚礼を交わした夫である小狐がきょとんとしながら黒葉を抱きしめた。
「うん?ああ、いや……
村に残して来た幼馴染達はどうしておるかと思ってな…。
何も、言えずに来てしまったから…」
「寂しいですか?」
「そうだな。すこし…」
「黒葉…黒葉には小狐が居ります。
小狐では、ダメですか?」
「ダメではないぞ、ここは俺の旦那様だろう?」
微笑んで、ぎゅっと小狐を抱き返す。
婚儀を終えてからというもの、小狐はこうして幼い子供のように黒葉に甘えてくる。
互いに愛し合ったゆえの結婚では無かったが、黒葉には不思議と後悔の気持ちは一切無かった。
三条家から婚姻相手にと紹介された息を呑む程綺麗な2人の青年。
表向き、嫁入りという形をとった故に必ずどちらかを選ぶ必要があった。
小狐を選んだのに深い理由はなかった。
ただ、獣に育てれたなら人の世界の理は大変だろうと、そういった事から嫁いで来る者は少ないのだろうと勝手に思ったから、小狐を選んだ。
何も知らない無垢な心を持つ小狐に無意識に惹かれていたのかもしれない。
「はい、黒葉、黒葉。
黒葉は私の大事な嫁様です」
整った顔を幼子のようにふにゃりと緩め、擦り寄ってくるのが大きな子供みたいで可愛らしい。
愛も恋も知らない無垢な子供。
「黒葉、黒葉はいつか私の子を産んでくださいますか?」
獣ゆえ、番は繁殖の為になるものという根底が抜けないここは嬉しそうに黒葉に頬擦りする。
「そうだな…小狐が俺を愛してくれて、生まれてくる子も愛せるなら、いくらでも。
俺の旦那様が望むままにな」
「はい!ふふふ、楽しみです。
でも、もう少し黒葉と二人がいいです。
あまり沢山のことを同時に出来るほど器用でないので」
そう言って小狐は唇に触れるだけのキスを交わすと黒葉を抱き上げてベットに横たえる。
「今日は随分甘えてくるなぁ?」
よしよしと頭を撫でながらベットに寝転がってくすくすと黒葉が笑う。
「何故でしょう…
黒葉が寂しいと、何故か私まで寂しくなってしまいます。
黒葉には笑顔の方が似合います、ずっと笑っていて欲しいです」
ダメですか?と不安そうに聞かれれば、黒葉には手放すことも出来ない。
「ダメではないと言っただろう?
まだ気持ちが追いついていないだけだ。
不安な気持ちがないとも言わないがそれ以上に小狐とのこれからの生活が楽しみでな」
微笑みながらここを見あげれば、嬉しそうな小狐がぎゅっときつく黒葉を抱き締めた。
「黒葉、すきです。すきはまだよく判りませんが黒葉と一緒にいるのは安心します」
「判った判った、そう何度も言われると照れくさい」
「ダメですか?」
「ダメではないと言っておるだろ?
ほんに小狐は心配性だなぁ。
嫌なことは嫌という、ダメならダメという。
それを言わなければ大丈夫だという事だ」
「それはわかりますが…私は普通ではないので、加減がわかりません。
だから不安なんです。
あなたを傷付けてしまわないか…」
「俺はそんなにやわではない」
小狐にとって黒葉は異端の自分を受け入れてくれた存在。
だからこそ失うことを恐れている。
「なら、一度試してみるか?」
黒葉がぎゅっと抱き着いてきて首に腕を回す。
「そんなことできません!黒葉を失ったら、私は…
また一人になってしまう…そんなの嫌です」
ぐりぐりと頭を黒葉に擦り付けながら小狐は逃がさないというように腰にしがみついた。
「小狐を残してどこかに行ったりしないと約束しただろう?」
「はい、約束ですよ?
私を一人にしないでください」
「ああ、約束だ。だから小狐も俺を残してどこかに行かないで、どこかに行くときは俺も連れて行ってくれよ?」
黒葉の細い体を強い力で抱きしめる。
折れそうな細い体は、折れることなくしっかり小狐に抱き着いている。
「ふふ、折れぬだろう?」
「はい!」
小狐はにっこりと笑った。
「さて、それでは夕飯の準備をするか。
手伝ってくれるか?」
「もちろんです、何をすればいいですか?」
黒葉の手を握り嬉しそうにキッチンに付き添って野菜の皮むきなどを手伝う。
「黒葉は料理が上手ですね?」
「そうか?幼馴染が料理好きでなぁ。
つられて俺も一緒に覚えてしまった」
そういいながらも魚をオーブンで焼いておいしそうなパイ包み焼きをテーブルに置き、食器を並べていく。
「小狐、今度一緒に買い出しに行ってみるか?
お前はまだ人里は苦手かもしれぬが、一緒なら怖くはないだろう?
俺は小狐と世界を見てみたい。
もっともっと、俺たちの知らぬことを一緒に知っていきたいんだ」
少しだけ俯いて照れくさそうに黒葉が告げると、小狐はふにゃっと幼い笑顔を浮かべた。
「はい、私も黒葉と一緒にいろいろなものを知っていきたいです。
人の多いところは…まだ少し苦手ですが、黒葉が一緒なら」
「ふふ、なら決まりだな」
嫁いできてから、暗い表情ばかりしていた黒葉は、初めて心の底から笑顔を見せた。
小狐はそれしか言葉を知らないように甘えた声で黒葉の名を何度も呼んだ。
愛おしそうに、何度も。
それが嬉しいのか、黒葉は口元を緩めて小狐に幸せそうな笑顔を見せた。
「いつかお前を、俺の大切な人たちにも紹介したい。
それまで、その人嫌いを直してくれよ、旦那様?」
そっと踵を上げて、触れるだけのキスをする。
小狐は意味が分からずきょとんとしていた。
「これくらいなら、一歩先に進んでも良いだろう?」
「!!」
嬉しそうに黒葉を抱きしめた小狐は触れるだけの軽いキスを何度も繰り返した。

 

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