病める黒蝶、果てた蜘蛛







もともと人外に部類された、不当な仔供だった。
特異な仔ども。異端の仔ども。
そこに蔑される異形の美は、ある種“荊棘”のようだ。
給えられたうつくしさは異質のモノで、忌まわしさそのものだった。

その上で、誰かが閉じ込めた『無垢』の下、育てられた色彩は、すこし絶望的な狂いさえみせる。
背徳が香る──呼び水。
少女から香る悩ましいその変化。




人は広大な無意識の世界のなかに怪物を飼っているのだ。
その怪物と向かい合うところから、傲慢や神をも畏れぬ怠惰な所業が生まれてきたように、獰猛なあの獣の仔どもにも、明らかに、目にあまる表情が宿るようになっている。
そのふてぶてしい視線に悩殺される飼い主に、ある意味、“退屈”を訴えることができなくなっている。
大切に人に飼われた美しい獣の仔どもは───幸福すぎる───否、堕落しすぎるあまり、退屈をいたずらに弄ぶ習慣を身につけてしまい、他人に馴れにくく、かといって飼い主に忠誠を誓うでもなく、日がな一日、布の敷かれた藁床でしどけなくわが身をもてあまし、人の注目をあびるたびに言葉にならない感情の嵐を瞳に宿らせてみせる。───そんな一匹のピンクの毛に被われた、いかがわしい猛獣を連想させたりする。



阿伏兎はこんな古い持論を想い出してみた。退屈には三種類ある。

受動的な退屈。
つまりはあくびをしながらふてぶてしく男の膝を枕にして居直ってやっている小娘。

積極的な退屈。つまりは娘に膝を占領されながらうっそりとその髪を梳いてやったり、撫でてやったりしている愛好者。

それから反抗的な退屈。つまりは街を壊し、車を燃やし、世界を呪う“彼ら”のような。



少女のもつ本来の美しさ、魅力はそうした怠惰の中で培われるものではないはずである。



甲板から数百メートル下に見える河川敷はのどかで申し分なかった。
現在こちらは船の上だ。
阿伏兎は彼岸のかなた…───ゆるやかな秋の土手で、放っておけば日がな一日だらだらと腐ってそうな獣の親子を見てうんざり目を眇める───上司と隻眼の男から、一歩遠ざかった。


この星は平和すぎていけない。。。


手を組んだ輩のいまいち矛盾を感じる野望とやらも、阿伏兎はどうでもいい。
上司は暇つぶし程度に面白がっているようだが、このヒトはもとからいやらしく信頼という言葉には程遠いのだ。
いつ背中からブッさりと刺されるかわからないピリピリした緊張感のなかで、常に鼻白むように嗤いを唇にのせるこの男も大したものではあるが……。
だがそれも、自分たち種族とは相容れぬ次元での話しだ。
上司と同じく、あの少女も、本来ならはなから罪悪感が欠落していてもおかしくはない。
人とは、女とは、かくあるべきだ、とする理想のかけらもない“夜兎の女”に、夜兎の男にかぎらず、どの男もたぶん喜んで自我を捨て去るべきだろう。
後生大事に持っていたって、自我など何の役にも立たないことをあの銀髪の男はよく知っているのだ。
獣のように美しい女はそれだけで価値が与えられる。
高杉も神威も、だから、自分の中で育てあげた自我と、案外まともな関係を続けてみせたりするから面白い。
阿伏兎はうしろめたさなど微塵もなく、あの獣の仔どもが男に退屈しつづける風景を想像すると、何だか少しだけ楽しくなる。
あのどこかそらとぼけたような不逞な顔つきには、モノ慣れた残酷がよく似合うのだ。
美しくも憐れな光景であるがゆえに、人が飼い馴らすことのできない憧憬(怪物)を多分に持て余したあのまなざし、高貴な貴族性と娼婦性を兼ねそなえた妖しい不貞は、怠惰などという次元を遥かに超えて、ある意味では過剰な様式美を思わせる。
年頃の少女がふりまく妖しさたるや、ただものではなく、実際、彼女には退屈を押し隠す獰猛な不機嫌がよく似合って、気味が悪いほどだった。


なのに、彼らは、それが気に入らないのだろう。


この人達はいつも干乾びそうになっているのである。
やりたいように、したいように、好き勝手生きているように見えて。じっとしているうちに求めるモノの単純な曖昧さにみるみる渇いていき、皺々になったと思うと、やがてサラサラと、音をたてて埋もれていく砂上の城を思わせるように、退屈で切ない感じがする。


同じ退屈でも逆に少女たちはというと、じゃあ固くこりこりと実っていたはずの果実が、じっと眺めているうちに呆気なく形を崩し、強い芳香を放ち、やがて腐り、枝からボタリと音をたてて地面に落ちていく時のように、厭らしく危ない感じがするわけだが──。
手前勝手な自我を紡いでいくことに、惜しみなく協力してくれる相手がいる以上、それが魅力なのであり、こういうふしだらな光景を生み出すのも、おおかたの場合事件には至らずに、やはり平和で、退屈なのだろう。


このままもう少し見ていたい、何だったらちょっかいでも出してみたい。
なんて思えるのもだからかも知れず、だとすると、阿伏兎は明らかにあっち側であり、この残酷な上司に振り回される日々も、隻眼の男の乾いた野望に退屈する日々も、可笑しな言い方だが、健全な感じすらして、ほっとさせもするのだった。


(“ご褒美”として小遣いでも与えてもらいたいわな、こっちは。)


むしろ資金繰りを手伝ってもいい。


部屋に戻ったらとりあえずこの二人に提案してみるのもいいかもしれない───。
ようやく飽きたように踵を返した男たちに、阿伏兎はこっそり溜息をついた。











fin

阿伏兎の苦労にこそ、エロティシズムな様式美をみるな、と。



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09/13 20:46
[銀魂]




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