無限の牙







ぽよん、ぽよん、とHカップの爆乳が揺れている。
神楽が、睡っている間に幾度か寝返りを打ったんだろう。乳房の形をそのまま現わして皺になり、体に密着している紅い普段着の姿で起き上がり、寝ぼけまなこで欠伸をしている。
ぼんやりとしつつ、神楽は毛布をむくむくとまた被って、ソファにごろりと横になった。
銀時は出かけてしまったのか、いまこの家にはいないようだ…。むっとした青い眼を宙に据え、神楽はじっとしていた。何かを想い出しているのか、時おり、秘密の微笑いを唇の端に作っている……。


志村家の縁側の、障子を透した鈍い、黄色い光が充ちていた畳の上に、自分を襲った恐怖の戦慄も、眼の下に傷を造った衝撃も、神楽の中で、怖ればかりだったわけではない。
逃れようとしたのは真剣だった。だがその中に、土方を惹きつけてやろうとする気が無かったのではない。包帯を巻かれて、部屋を出た時には、神楽は衝撃の後の疲れの中で自分をとり戻していた。そうして、土方の残虐めいた戦慄を、自分の持っているものへの自信を計る目盛りとして、神楽は測っていたのである。


(……キスもできないマヨは、いくじなしネ……)


神楽は土方の恐ろしい眼の中に恐怖しながら、一人の男を完全に搦めとった満足を感じ取っていないわけではない。それにもかかわらず神楽は、躊躇っている。神楽は土方の鋭い、気迫のようなものに圧迫させられるのだ。それより以上に、灼いたメスのような、恐ろしい眼をした銀時に恐怖を感じるのだ。銀時を裏切るわけにはいかない。それは解っている。だから、結果的に、キスはできなくてよかったのだが、何となく神楽は、土方に悪態をつく。
神楽は土方が自分に、酷い危害を加えることはないのを知っている。そのことには確信を持っているのだが、また怪我をするのではあるまいか、という恐怖がある。ふてぶてしいがその半面繊細な神楽は、土方との再度の遭遇に今後踏み切ることに迷っている。しばらく遇わないほうがいいのかもしれない…。そのことがまた、神楽の不逞を拡大しているのだ。


ふと、台所からいい匂いが漂ってきた。
それに気付いて、神楽は鼻をくんくんと鳴らした。新八が何か作っているらしい。神楽はくぅぅ、とお腹が鳴るのを自覚すると、もう昼前だということに気づいて、一転、嬉しそうな顔をした。







新八は今日、ご飯の支度のために、少し早めに台所に入っていた。
神楽が、じゃがいも、玉葱、人参、鶏などに青い剥きエンドウ豆を加えた新八のコンソメスープを、何より好んでいるのを知っているからだ。新八は、エンドウ豆の出る初夏には勿論であるが、大粒で柔らかい、青豆の缶詰を見ると、時期にかかわらず作ることにしている。
一昨日の昼、神楽といる土方を見た時新八は、神楽を怪我させていながら、どこにもやましさのない男であったことを認めた。男と忍び合うということを、新八はいけないことのように思っている。まして不義密通ということには、眉を潜めるほどの不安を抱く新八なのだが、土方には好感を抱いている。幾ばくかの好感を…。そこから新八は、神楽の傷をいたましく思いながら、神楽の堂々とした居直りも、判るところがないでもない。本当に何もなかったんだろう…。そんな方面には殆ど無知な新八ではあるが、新八も一人の男ではあった。
まして、信頼を置いている銀時の唯一人の番で、寵姫の神楽である。腕に抱き上げて助け、背に背負って一緒に育った神楽である。
人参、じゃがいも、鶏のささ身なぞを、小さな賽の目に刻みながら、新八はどこか浮き浮きしてくるのを覚えた。時おり、用のないのに台所に入ってくる定春を気にしながらも、顔を幾らか紅くして新八はスープをとり始めた。そんな新八を、神楽が顔を出した扉の横から妙な気分で眺めている。
その気配にハッと気づいた新八が、お玉を取り落としそうになって、慌てて神楽に注意した。


「びっくりしたじゃないか……驚かさないでよ」
「なんかニヤニヤしてたから、キモいネ」
「う、うるさいなぁ……。お昼、作ってあげないよ」
「むぅ……お腹空いたアル……」
「じゃあ、もうすぐ出来るから、テーブルの上、片付けておいて」
「はーい」


やがて、新八のこしらえた合鴨の蒸したものなどと一緒に、エンドウ豆入りのコンソメスープが食卓に載った。四月の陽光が充ちた真昼の居間で、食卓についた神楽は、いつになく機嫌よくコンソメスープを平らげ、「おかわり!」と、言った。
のんびりと箸を動かしていた銀時が、片頬にうっすらと微笑いを浮かべて、神楽を見ている。いつもの風景だ。先ほど帰ってきた銀時と一緒に、手を合わせて「いただきます」の挨拶をした神楽は、銀時が傍にいる歓びに満足しているのか、機嫌がいい。それが新八にもわかるのだ。あんなことがあった後なのに、二人は大丈夫そうで、昨日の夜も激しく愛し合ったようだ。今日も大変仲が良い。神楽のふてぶてしい居直りを、いちいち傍で見ている新八ではあるが、銀時の常と変わらぬ溺愛には愕かずにはいられなかった。
そんな新八だが、神楽の満足そうな顔を見ては嬉しく、いそいそと、おかわりを取りに行った。
これが、嵐の前の静けさでも何でもなくて、静かだが、何の過不足もなく続いていく、午後の万事屋の風景である。





fin


more
03/18 06:40
[銀魂]




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