ナバコフを追体験 16







電車を一本やりすごした銀時は、溜息をついた。
何度かけても、通じないスマホに苛立ちが増す。かといって、親が戻ってくるかもしれない家を訪ねることはできない。朝、姿を探しても、通学路を変更したのか、神楽の顔を見ることすらできなかった。
自分は神楽の初めての相手だ。たった一度だけの交わりで嫌われる理由を知りたいのだ。
金曜日の午後、神楽は毎週、バイオリンのレッスンに出かける。出逢えるチャンスは今日しかなかった。
イライラしながら、待ちつづけていると、改札を抜けたセーラー服姿の神楽の姿をついに見つけた。神楽も銀時に気づくが、プラットホームの端で足をとめてしまった。


銀時が近づいていくと、バイオリンケースをスカートの前で握りしめ、顔をそむける。


「……何度も、電話をかけたんだよ」


苛立ちを抑え、静かに口を開いた。


「は、はい。忙しくて、ごめんなさい」


神楽の声は、どこか空々しく、冷たく聞こえる。
銀時の鼻が、潮風に混じった少女の体臭を嗅ぎ取った。いつもならシャンプーに少女らしい甘酸っぱい香りが混じっているのに、今日に限って、香水に似た鼻先をくすぐる甘ったるい女の匂いだ。
視線をそらせたままでいる神楽の頬が、ほんのりと赤い。抜けるように白いふっくらとした頬が心持ち、削げ、痩せて大人びて見えた。夏の陽射しを受けると、金色に輝いていたうぶ毛が消え、艶々と輝いている。後悔と罪悪感で眠りが浅いだけではなく、性の快楽を知り、疼く身体のせいでやつれている。


(なんなんだ? この前と印象が違う……)


子供こどもした様子が消えている。どこか、表情に憂いが滲み、まわりを包んでいる空気に大人の女の雰囲気が漂っていた。


(たった一回、男に抱かれただけで、少女は女に変わってしまうのか…?)


銀時の心が震えた。神楽を大人の女へと変貌させたのは自分なのだ。


「いくら忙しくても、電話に出られないことはないよ。それに、デートの約束もすっぽかされた」


銀時が聞く。
神楽は身体を固くしたまま、返事をしない。


「嫌われたのかな? 教えてくれよ」


神楽が銀時の顔を盗み見る。切ない、とらえどころのない表情だ。ぷっくりとした唇がなにかを言おうとした時、電車が滑りこんできた。


最後尾の車両、二番目の扉から乗りこみ、神楽は対面式座席の窓際に座った。金曜日の昼三時、乗客はまばらで、車両に二人を含めて、五人、ばらけて座っている。
隣りに腰かけようとすると、神楽はあわてたように、大事なバイオリンケースを置いた。


「……本当に嫌われたんだ……どうして?」


仕方なく、銀時は向かいの席に腰をおろす。


「……ごめんなさい」


深く神楽は顔を伏せて、声をひそめた。


「理由を教えて欲しい。何度もデートを重ねて、嫌われるならわかるけど、たった一度……」


そこまで言うと、神楽が顔をチラリとあげ、眉を歪ませる。


「……言わないで。忘れてほしいアル」


溜めこんでいた胸のつかえを吐きだすような言い方だった。


「遊びじゃない。オレは本気だよ」


座席に浅く腰かけ、背中を丸め、銀時は顔を神楽に近づける。


「困るアル……。私、まだ十五歳だから……ああいうこと……」
「早いことはないさ。今の時代なら、高校一年生でってのは普通だろ?」


銀時は、膝の上で握りしめていた神楽の右の拳の上に、掌を重ねた。


(子供じゃなかった……。もう、子供じゃない)


しっかりと閉じた両膝を見つめる。セーラー服のプリーツスカートは膝上にずりあがっている。指先も、掌も、舌の先も、脚の感覚も覚えている。さらに両膝を割って、腰を差し入れた時、肉棒が内腿を滑った感覚も忘れていない。
アイロンの利いたプリーツスカートのなかの太腿は、十五歳にしては、充分すぎるくらい、女として熟れていた。
銀時の視線は、白の上着へと移る。紅色のスカーフを持ちあげている乳房の膨らみに、ワクワクとする。
掌にすっぽりとおさまるサイズだが、崩れることなく、張りがある。いい感触の柔らかさ、その頂点で硬く尖った乳首の生々しい女の反応を思いだしてしまう。
突き刺さる視線の激しさに、神楽はあわてた様子を見せた。膝に載せていた左の掌を開いて、胸を隠す。


「み、見ないでヨ。お願い……」
「もう、戻れねぇよ。神楽、好きだ……」


銀時の掌が、剥きだしの膝を撫でる。


「や、やめて……」


うつ向いていた顔をあげて、神楽が消え入るような声で訴えた。


(なんて顔をしてるんだよ……。完全に女じゃねぇか)


歪んだ眉、震える長い睫毛、潤んだ瞳、ワナワナと震える半開きの唇、それはまぎれもなく、ベッドの上で快楽に溺れる女の姿に見えた。少女のなかで眠っていた女が目覚めている。


(すげぇ、可愛い…)


「好きなんだよ。俺と付き合ってくれるって、言ったじゃねぇか……」
「で、でも……」
「こんな気持ち初めてなんだよ……。一目惚れだった」
「……え、」
「朝、あの喫茶店で、毎日神楽を見てた」
「………」
「あの傘を渡した日も。軒先に雨宿りしてる神楽を見てた」
「……ぁ、…」
「好きなんだ。大事にする。二度とあんな無茶しないから……」


平日、三時過ぎのローカル線、帰宅ラッシュ前の静かな車内に、銀時のささやくような熱烈な告白が神楽を襲う。
神楽は紅潮した顔を伏せ、バイオリンケースを両膝の上に載せたまま、しっかりと膝を閉じていた。
顔を上げると、涙ぐんだ銀時が神楽を見つめている。
大のおとなが泣くほど少女に惚れているのだ。
神楽は前歯で下唇を噛み、どきどきしだした胸の内を抑えるように、全身を緊張させた。
次の駅で客が四人ほど乗り込んできたのだ。
離れた後部座席に二人が座り、残りの二人も銀時たちから、座席を一つずつ離れ窓際に座った。
振りかえると、座席の背もたれ越しに乗客の頭の先は見えるものの、二人の様子は気にかけてない。
乱れた呼吸を整えようと、鼻から何度も息を繰りかえすのが恥ずかしかった。
またうつ向いて、乗客を上目遣いで盗み見て、神楽は息を殺した。


「大丈夫?」


囁かれたせいで、神楽は緊張を解くことができなかった。
電車が走りだすと、銀時がハンカチを差し出してくる。


「汗すごいよ。ふいたほうがいい」


そういう銀時自身も額にびっしりと汗をかいている。


「………」


神楽はぎゅっと目を閉じて、ハンカチで額をぬぐった。
銀時の強引さに困惑しながらも、抵抗は薄れている。
握られたままの手が燃えるように熱く、ドクドクと心臓がうるさい。


「……好きだよ、神楽」
「も、もう、やめて。わかったから……」


神楽は大きな瞳だけで、乗客の様子を探りながら、訴えた。


「じゃあ、付き合ってくれる?」
「………う、うん」
「ありがとう…」


銀時がほっとしたように息を吐き、神楽にくしゃりと笑いかけてきた。
その笑顔にドキッとして、神楽はすぐにまた顔をうつ向けた。






fin


more
03/05 10:13
[銀魂]




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