青虫から飛びまわる







考えてみれば、底に何か持っている、腹の知れない奴の内部というものは大体そんなものなんだろう。
一見そうは見えないが、腹黒い部下を数人持つと、大抵やっかいなことに巻き込まれると身をもって経験している土方は、だからこそあの妙なチャイナ娘には近づかないようにするのが一番だと、ずっと思ってきた。
例によって、あの何かに鼻白んだような大きな目で、意味不明のふてぶてしさをうっすらと口もとに浮かべながら、この娘は何やら周囲いっぱいにデモーニッシュな空気を掻き立てている。
それは例えば残酷さと紙一重のイノセンスやエロティシズム、ある事象がはらんでいる寒々しい重みに彩られた様式美───そうしたものをいとも軽く表現してみせるのだった。



「……なに」


あまりにじっと見つめられるとさすがに無視できなくて、土方は重い口を開いた。


「…………」


だんまりを決めこむ神楽の目。
この眼には、いつも見る者をうんざりさせるほどの、夥しい厄介な感情の嵐が込められている……ような気もする。



「知ってるアルか?」



ちいさな口がそううそぶくのを、土方はじっと睨んでいた。
睨んでいないと、何となく、落ち着かないのだ。
それはいつものことだったが、やはり1対1で向き合うと何とも心もとない。というか、総悟、早く戻ってきてくれ。
巡回中にまたも失踪してくれた部下を思って、土方は今なら怒らねェでやるからと、心中沖田の嗅覚が神楽を探し当ててくれることを祈った。


「ねぇ、トッシー」


電柱の陰に隠れるようにしている土方を、相変わらず神楽はじっと見上げてくる。
隠れるようにしている、というのはあながち間違いじゃない。


(──うまく隠れたつもりだったのに……)


銀時の神楽に対する反応を目にして以来、土方は自分の周囲からこっそりと神楽の姿を捜し出していた。そして、特有の大きな番傘と、赤いチャイナドレスが道の端でひらひら掠めるのを見ると、土方は慌てて物陰に逃げこんだ。
神楽に自分を見つけられないようにするために、土方はいつも少女の姿を捜していた。
なぜ自分がそういった行動に出るのか、最近までは解らなかった。
無意識に自分を守ろうとしていたことには気づいていなかった。
自分を守る。──いったい、何から?
土方は恐れている。彼は自分の意志のまったくない所で神楽に選ばれようとしているのだ。


大体、よくこの大きな目をじっと開いて神楽は他人を見ている。
だが、見られている土方たちにとってなんとなく気になるものを出している。
それは神楽を太い、油断のならないモンスターのようにも見せる。
この娘を、だから何かを蔵している、底の知れない奴だと、そう言ったところで大した間違いではなかった。
そんな神楽の目が、土方たちを含むほとんどの大人の目を脅かす、妙な力のようなものを持っているように見えるのは、長くて厚い薔薇色の睫毛のせいや、その瞳がガラス玉のような光を持っているせいでは勿論ない。神楽の身体の中にある、何かが原因だった。
だが、それを土方が解るはずもないし、むしろふとした瞬間感じ取っていたとしても、所詮他人のなかのものを鮮明に辿れるほど、土方も器用ではない。それもまだ年端もいかない少女だ。二十代も半ばの男がそんな、女の子といえる神楽の中身をつらつらと考えるのもおかしな話だった。しかも、神楽自身ですら無意識といった最悪さを持つのに。



「知ってるアルか?」



とうとう神楽から先に目を逸らすようにした土方に、少女はまた同じことを繰り返した。
晒されるばかりの視線の驚異に、土方は電柱にもたれるようによろめいてしまった。
無様なその姿に、足もとから冷えていくような感覚をおぼえる。


怯えているんだろうか、自分は…‥まさか。
この仔どもは土方を嫌ってはいない。土方は漠然とそれを感じている。
しかし彼は、あの銀髪の男のようになりたくなかった。あの腑抜けた悪趣味なモノになりたくない。
あの抑圧的に色を失っていく滑稽なモノになりたくない。
土方は、神楽から逃げた。
けれど、いくら逃げまわっても仔どもは無自覚な嗅覚で彼の居場所を見つけ出した。土方がふと眩しさに眼を細めると、そこにはいつも神楽が立っていた。土方の思惑などにまるで気がつかない様子で少女は、土方の前に立ちふさがってこう言うのだ。



『私から隠れちゃだめアルヨ?』



土方は軽い息苦しさに耐えながら、口の中に溜まる唾液をもてあます。それは生温かく土方の口の中に拡がり、彼の舌に有無を言わせず喉の奥に流れ込んだ。


「隠れたら、捕まえたくなっちゃうアル」


土方は絶望して頷く。
そうしてお気に入りの女の子と、素直に遊び始めるガキ大将のような自分を今日も演じてしまうのだ。


「じゃあ、じゃんけんネ」


ちいさなモンスターは気紛れにふてぶてしく土方に絡んでくる。
だが、今やあのモンスターじみた眼差しはぱったり陰を潜め、その年齢に適した…いや、それよりもっと幼く愛くるしいもので土方を見つめだす。
けれどこんな時こそ、土方はいつも心に冷汗をかかずにはいられなかった。
自分の体が心を裏切ることをすでに知っていた。
土方はいつも鬱蒼とした気持ちで、神楽に奪われるその時間を過ごした。どんな顔でいればいいのかわからない、故に覿面に不機嫌なしかめっ面で、それでも神楽の物申す態度に付き合ってやる。
少女は、不自然に艶やかすぎて不安を煽る桃色を揺らしながら、時おり拗ねた表情まで浮かべては、それはどんな大人たちもを夢中にさせるのだ。











fin


トスカから何となく続きぎみ。



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09/11 21:57
[銀魂]




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