中に入るならミルクかクリームで、ナッツやら酒やら甘味を損ねそうなものは却下。
口当たりはまろやかで当然甘くなくてはならない。
と、いう銀八の好みを、神楽なら充分理解しているはずだと彼は信じていたのだが──…
「苦い…」
と、銀八は思わず声に出して呟いた。
それほどに、そのチョコレートは苦かった。
ありえない、一体なぜ俺にこんなものを──と、今度は胸の内で呟きながら、銀八は先端のかじり取られたチョコレートを改めて眺めてみる。
苦さもさることながら、実はこの形も先刻から彼の不振を募らせていた。
細い棒状のチョコレートは、包みを破ったら出てくるかなり小さな四角いケースに、きっちり12本詰め合わされていた。
──シガレット型──
確かに、煙草は銀八の嗜好品でもある。
だが、横に置いてあったケースを一瞥し、改めてその形を確認した後、銀八は上だけ剥いた銀のアルミホイルの残骸を指先で振り払って、机の上に食べかけのそれを置き、険しい表情で腕を組んだ。
これは──…
「……間違えたんだな、おそらく」
◇
重々しい声音でそう独りごちた土方は、それからずっとそれを睨みつけていた。
神楽もああいっていたことだし、せっかくだから一口くらいは──…
そう思って口にしてみた瞬間、彼は咳き込んだ。
「う…!」
口許を押さえながら、土方十四郎は慌てて目の前のマグカップの取っ手を掴み、冷めたコーヒーの残りを咽喉に流し込んだ。
だが、口内に瞬く間に広がってくれた苦味も、不快さを調和するほどには至らない。
眉をぎゅっと寄せて、舌先に残る甘ったるさを確実に取り払うべく、胸ポケットの煙草ケースを弄りながら、
(嘘だろう、おい…)
騙されたのか、俺──と、情けなさそうに呟いてみたものの、土方は直ぐに、まさかそんなはずはない、と首を振る。
あの自分に懐いてる神楽が、こんな人の悪いことをわざわざ自分にするわけもないし、される謂れもない。
「おかしーな…」
土方は取り出した煙草を咥えながら、ライターを擦る前に、改めて箱の中のチョコレートを見つめた。
彼が甘いものが苦手なことを知っている神楽が、今朝方くれたそのチョコレートは、
『大丈夫アル、すごいビター味っていうのを選んだから』
というお墨付きだった。
はずだ。
なのにこの甘さ。
凄まじいまでの甘さ。
「間違って選んじまったのか、おい?」
首を捻りながら火をつけた煙草の煙をふー、と美味そうに吐き出しつつ、土方は更に考え込んだ。
そうだ、神楽は「選んだ」と言った。
だが、そもそもこれは店名の入った包み紙と箱ではないものに収められていたうえ、形もそれなりに整ってはいたが、機械で型取られたものにしてはいささか不揃いだ。
(んー? これってもしかして──)
目の前まで半分噛み砕かれたチョコレートを持ってきてみながら、土方は呟いた。
「手作り、か?」
その瞬間、彼は確かに神楽が間違いを犯したのだと悟る。
よもや彼女が自分に手作りのチョコレートをくれるなどという期待も、自惚れも、土方には一切なかったし、チョコレートそのものもさることながら、この中に入っているどろっとしたクリームも、信じられない甘さだ。
更に勘繰って然るべきというなら、包装紙は手触りの良い黒い紙で、上に銀色のリボンが結んであり、小さな兎のシールで止めてあった。
如何にも誰かさんの好みそうな、無駄に本命なラッピング。
考えてみたらこんな洒落た装丁のものが、自分宛てなはずもない。
「……アイツ宛てのと、間違ったんだな」
と、いう結論に達した土方は、肩を竦めて立ち上がった。