ナバコフを追体験 7







陽射しが降り注ぐ住宅街の路上で、ケーキの箱を抱えたまま、銀時はまだ迷っている。


(自分を抑制できるのか…? 毎晩、寝れてないくせに……)


レンガ造りの神楽の家が見えてくると、ドキドキと心臓が踊りはじめてしまった。
大学二年生の時、初めて、サークルの先輩の家を訪ねた時と同じだ。銀時の初体験の日だった。家族がいなかったその日、彼女の部屋のベッドに並んで腰かけ、会話が途切れ、唇を重ねた。別に付き合っていたわけじゃない。好きだったわけでも…。けれど雰囲気に流された。そして、女を知った。


それが鮮明な記憶となり、女性の家を訪ねる時には、いつも心のなかにセックスのイメージが重なり、ドキドキしてしまうのだ。…たぶん。


「バイオリンを聴かせてあげる。家に来てヨ」


と、誘われたのは、砂浜で遊んだ帰り道だった。
夏の海の解放感に遊び疲れ、二人はそれなりに打ち解けてしまった。銀時を怖がるだろうと思っていた神楽は、意外だが、あの日のことは気にしていないようだった。会話を弾ませ、長い間いろいろなことをしゃべりこんだ。学校のこと、会社のこと、趣味のこと、嫌いなもの、好きなもの、…ect。
その中で、神楽が何度も自分のことを「坂田さん」と呼ぶので、銀時はもっと気軽に違う呼び方で呼んでくれと頼んだ。
すると、神楽は……


「じゃあ、……銀時さん?」
「んー、もうちょっとフランクに」
「うーん………銀時くん?」
「ふはっ、同級生みてー」
「あ……、じゃあ、じゃあ、…銀さん」
「おう、確かに皆にはそう呼ばれてるけどさ」
「んと、…………ぎ、銀ちゃん?」
「おっ、それいいな。決まり、銀ちゃんって呼んでよ」
「う、うん…」
「俺も神楽って呼ぶから」


数日前の神楽との会話を思いだしながら、銀時はケーキの箱の袋をぎゅっと握りしめた。


『バイオリンを聴かせてあげる。家に来てヨ』


もろ手をあげて、「じゃあ喜んで」とは答えられなかったのだ。家を訪ねれば、両親がいて、二人の間柄を尋ねられるだろう。いくら自分に戒めを与えたところで、二十八歳の男の邪な想いは、両親に悟られるに違いない。
即答は避けたが、二日、三日と過ぎるうちに、銀時の我慢は限界に達してしまった。
ジワリ、ジワリ、と邪心に支配されている。


神楽を見るだけで満足していたのは、遠い昔のことだった。妄想だけの邪心は、現実となり、銀時の手は神楽の半熟の身体を撫でてしまった。柔らかい内腿や、皮膚の張りと艶めきだけで満足できるはずがない。打ち消しても打ち消しても、神楽を自分のモノにしたいと願う気持ちがつのっていく。


十五歳の少女は、銀時のなかで女に変わってしまっていた。


(駄目だ……。このまま家を訪ねたら、とんでもないこと、しでかしちまいそうだ……)


思い直して足をとめ、クルリと踵をかえし、来た道を戻りはじめた。だが、未練が残り、振りかえる。
再び、足がとまった。
レンガ造りの自宅。門扉と植えこみ、そして庭に咲く花、二階のバルコニーに神楽の姿を見つけてしまったのだ。窓辺に美少女がいた。


(な、……めちゃくちゃ可愛い…)


フッと溜め息がもれていた。

レンガ色に塗られたバルコニーの細い鉄柵超しに、純白のセーラー服の上着が眩しく輝いていた。アイロンの利いたプリーツスカートが、清涼感を漂わせている。背筋をピンと伸ばし、立っていた。
神楽の視線は真夏の青空に向けられ、風が薄紅色の髪を舞いあがらせていた。波打ちながら、ユラユラと揺れる髪を、両手でひとまとめにするように掻きあげる。その時、フワッとプリーツスカートの裾がわずかに捲れた。

ゾクッ、と銀時の心が震える。


(……オ、オレは、神楽に恋をしているのか? なんてこった……)


だが、それはプラトニックな恋ではない。ほっそりとしたふくらはぎ、小さな白い膝に、どうしても舌なめずりしてしまうのだ。


空を見上げていた神楽が、銀時を見つけた。


(あーー…めっちゃかわいい)


ニコッと満面に笑みを浮かべた神楽は、銀時の淫らな想いに気づくはずもなく、片手を何度も振った。
目もと、口もと、崩れんばかりの無邪気な笑顔には、子供こどもした雰囲気を漂わせている。なおもバルコニーにお腹を当て、上半身を乗り出すようにして、手を振る。
斜め下の路上から見あげると、プリーツスカートの裾から青白い内腿の皮膚がのぞき見えた。
ゴクッ、と唾を呑み、指先を擦り合わせてしまった。
指は、柔らかくしっとりとした半熟少女の感触を忘れていなかった。







銀時は、緊張しながら、家を訪ねた。
父親は教師らしく、夏休みも学校に行っていて、銀時と神楽は二人っきりだった。
エアコンで冷えたリビングは、甘い少女の匂いを嗅ぎ取ることができる。一人住まいの自分の部屋に立ちこめる男の汗臭い匂いとはまるで違う、爽やかな香りだ。


神楽が用意してくれた紅茶と、銀時の手土産のケーキで、会話をはじめると、また話しこんでしまう。


「銀ちゃんっておもしろいネ」


神楽がきゃらきゃらと笑うので、銀時は素直に照れた。


「じゃあ、そろそろ演奏きかせてよ」


銀時が切り出すと、神楽が「そうだったネ。約束だったもんネ」とバイオリンを持ってきた。


約束の演奏がはじまる。神楽は足を肩幅に開き、額と肩にバイオリンを挟むと、巧みに弓を引きはじめた。
甲高く澄んだバイオリンの音色が、リビングに充満する。しばらくは演奏を聴く銀時の顔をチラチラと盗み見ていたが、やがて、目を閉じ、全身を小刻みにゆらしながら、演奏に熱中した。


(……すごい、上手いんだな……。あんなに熱中しちゃって、可愛い……。セーラー服と、バイオリンと、美少女か。すごいな……)


銀時の邪心が囁いてくる。
セーラー服は侵してはならぬ聖なる服装だ。指一本触れてはならぬ固い鎧のはずだ。
だが、いったん禁じられた欲望に瞳が濁ってしまうと、甘美な雰囲気を漂わせる淫らな衣装に思えてならない。
セーラー服には、男を誘う魔力がこめられているのだ。乳房の谷間も、内腿の肌の白さも隠れてしまっているが、純白の上着と紅色のスカーフ、アイロンの利いたプリーツスカートを身にまとうと、清純さが際立ち、男の征服願望が膨れあがる。
誰も侵していない聖域なのだ。剥ぎ取れば、神楽のシミ一つない純白の裸体が現れる。雪山に降り積もった真っ白な雪を彷彿とさせる。いずれ誰かが踏みつけ、点々と足跡を残し、汚してしまう。


(誰だ? 誰が神楽を女にするんだ?)


目に見えぬ男の存在を考えるだけで、嫉妬心が燃えあがってくる。


弓を引くと、神楽の腰が踊るようにくねった。両肩でリズムを取りながら、目を閉じた顔には半ば陶酔し、表情だけをうかがえば、美しい大人の女に見えた。


(誰かが、神楽を女にするんだ……。あの柔らかい内腿を押し開き、女にするんだ……)


卑猥な妄想が、どんどん頭のなかで膨れあがる。


(銀時、おまえが最初の男になれよ。無垢だぜ。一から教え込めば、理想の女になる。陰茎の握り方、しゃぶり方、舌の動かし方を教えこめばいい)


悪魔は優しく語りかけてくる。ムズ痒かった下半身は、もう半勃起状態になってしまっていた。


(いつまでも清純無垢じゃない。いずれ、神楽は女になる。誰かに女にされちまうんだぜ)


濁りのない、澄んだバイオリンの美しい旋律を聴きながら、どんどんと欲望が膨らんでしまう。


キンッ。


バイオリンの弦が甲高く鳴り、演奏が終わった。
一瞬の静寂のなか、ハーッと神楽のため息だけが大きく響く。
突きあげてくる妄想から醒めた銀時は、あわてて手を叩いた。


「すごい…!すごい上手かった。素晴らしい」


パッと神楽の表情がきらめく。


「よかった。すっごく緊張したの。演奏会の時よりドキドキしたアル」


バイオリンをさげ、足早に神楽はうれしそうな表情で歩み寄ってきた。銀時の隣りに、弾むようにドンと腰をおろした。


「本当ヨ、指が震えたんだから」


屈託のない笑顔だが、額にはうっすらと汗が滲んでいる。五分ほどの演奏の間、全身でリズムを刻み、弓を弾きつづけることは相当な労力に違いない。心なしか息が荒く、声が乱れていた。
並んで座ったソファーが沈みこむ。柔らかい座面を神楽の身体が滑る。セーラー服のスカートに包まれた左の太腿が密着してくる。


(やめろ!)


心のなかで叫び声があがる。
だが、銀時の右腕はいきなり、神楽の肩にまわり、ギュッと強く抱き寄せてしまった。


衝動……限界なのだ。膨れあがった風船が破裂するように、銀時の中でなにかが弾けた。


セーラー服越しに小さな肩を掴み、狭い背中を引き寄せる。


「あっ…」


神楽は驚きの声をあげ、両肩を揺すった。あわてて、立ちあがろうとする。だが、銀時の掌がしっかりと肩を握った。


「や、やめてください」


わずかに目線をあげ、銀時の顔を盗み見る。
喉がゴクッと鳴っていた。腕を緩める気はない。もうとまらないのだ。少女と女の間で揺れ動く半熟の女の香りに酔ってしまった。


「……いやアル」


怯えた大きな瞳が、追いつめられたウサギのように落ち着きなく揺れ動いていた。
銀時は体を少し捻り、ソファーの背もたれに上半身を預けた神楽に覆いかぶさるように向きを変え、左手の中指で小さな顎を持ちあげる。指の腹にガタガタと少女の震えが伝わってくる。
指先に顎を引っかけ、引き寄せると、演奏の名残なのか、半開きで荒い呼吸をもらす唇に、カサカサに乾いた自分の唇を押し当てた。
突然のことで、神楽は抱き寄せられた肩を強張らせ、身動きすらできない。
驚きのあまり、目をさらに大きく見開いてから、あわてて、瞼を閉じた。


(やわこい………。つーかもっと、抵抗するかと思った……。)


押し当てた唇がマシュマロのように歪む。
銀時は、ぷっくりとした下唇と上唇の合わさった割れ目を舌先で舐めながら、捲りあげ、前歯に這わせていく。神楽は決して口を開こうとせず、ただ小ぶりな鼻の穴から、ハーハーと荒い呼吸を漏らしつづける。
汗の甘酸っぱい匂いが、銀時の嗅覚を強く刺激してくる。
艶々とした薄紅色の髪、うなじ、そしてセーラー服の襟もとから立ちのぼってくる匂いだ。
口中に潜りこませた舌先が、コリコリとした肉厚な舌を突いていく。時に捲りあげても、神楽は自ら舌を動かそうとはしない。まさぐられるままに従っている。
息の仕方にすら、戸惑っていた。呼吸が苦しく、唇を徐々に大きく開いていく。
銀時は舌先を絡ませ、強く唇を押し当てると、神楽の舌を強く吸った。吸い出された舌が銀時の前歯を割って滑りこんでくる。さらに強く吸う。


(……甘めぇ……)


舌を伝い、神楽の唾液が流れこんでくる。少し粘り気のある唾液は、苦味などなく、滲んだ汗と同様に、甘酸っぱく感じられる。



「……キスは知ってるんだろう?」


唇を離し、鼻先を突き合わせながら、銀時が聞くと、神楽は首を横に振った。


(初めてなんだ……。神楽のファーストキス……オレは、オレは……)


心が震えてくる。


「すきだ……」


再び、唇を強く吸った。白く小さな前歯を舐め、その細い隙間に舌先を潜りこませる。伸ばした舌が神楽の舌先を探った。
何度も舌先を吸っては絡めていると、神楽はやっとなれてきたのか、ぎこちない仕草で舌をかえしてきた。
吸うことをやめ、ゆっくりと舌を神楽の口のなかに忍びこませると、銀時がやったように舌を吸い、流れこむ唾液すら呑みこんだ。
瞼はまだ固く閉じたままだ。酔いしれるというより、恐るおそる真似をしている。
銀時は、なおも舌を強く吸った。神楽に舐めるような視線を走らせる。


セーラー服の美少女を抱きしめている……。


言い知れぬ感動に、息が乱れた。
ソファーの背もたれに上半身を預けたセーラー服の美少女…。舌で吸うたびにハーハーと小さな荒い息がもれ、そのたびに白い上着の胸もとが膨れては縮み、紅色のスカーフが揺れ動く。胸もとからのぞく鎖骨や、乳房へ伸びる肌はピンク色に染まり、汗が浮かんでいる。


戸惑いながらも、キスを交わし、夢中になったのか、紺色のプリーツスカートに包まれた下半身は、力が抜けているようだ。
膝が開いている。拳二つ分ほど開いた太腿の上を、スカートの裾が半ば捲れあがり、太腿のなかほどまで露出してしまう。
銀時はまさぐってくる神楽の舌先を、さらに強く吸った。
すると、蕩けていた神楽は腰を捻り、少し抵抗を示した。暴れるように膝がさらに開く。ソファーの角に触れていた膝が伸び、銀時の右の腿に密着していた左脚はそのままだが、右脚は床の絨毯の上を滑り、引きつっていた。スカートの裾がさらに捲れあがり、内腿が露出した。
銀時の手が伸びる。
その時、インターホンが響いた。






to be continued...


01/19 10:24
[銀魂]




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