ナバコフを追体験 4







夕方五時半近くに、東京駅に到着した銀時は、じゃあと手を振って神楽から逃げるように離れた。
だが、神楽はつかず離れずでコンコースをついてきた。足をとめ、「どこまで?」と聞くと、神楽が降りる駅は銀時の会社の二つ先だった。結局、地下のコンコースを抜けて、JRのプラットホームに登ってゆく。
帰宅ラッシュはもうはじまっていた。
混雑する階段を登ると、プラットホームには人があふれている。
列に並んでみて、神楽が小柄であることをあらためて認識させられる。百八十センチの銀時の、腋の下にすっぽりとおさまりそうなほど、華奢なのだ。背広姿のサラリーマンたちの群れに隠れてしまう。


電車が滑りこんでくると、神楽はさげていたバイオリンケースを胸の前で抱きかかえた。乳房の膨らみがつぶれ、白いセーラー服に皺が寄る。
男たちに小突かれるように、小さな肩を縮め、押しこまれるように乗車した。
銀時が後ろにつづく。本社に届ける成分分析票とサンプルの入った、アルミ製のアタッシュケースを右手にさげていた。
グイグイと四方から押されながら、銀時は自分の太腿や下腹部が、神楽に触れないように足を踏ん張る。他の乗客たちも、自分の領域を確保しようと、足場を探している。
わずかに動かせる空間で押しつぶされたのか、それとも自分の意思なのか、背中を向けていた神楽は身体を翻すようにして、銀時の正面に立った。


「苦手アル、満員電車」


眉を歪ませながら、バイオリンケースを抱えた両腕を、銀時のポロシャツ越しの胸に押し当ててくる。
電車が動き出すと、神楽は背中を押され、身動きができなくなってしまった。


(なんつー、無邪気な子だよ……)


大人の女性ならば、間違っても男の正面に立つことはない。身を捻ったり、身体を斜めに向けるなどして、密着を拒むものだ。


(無防備すぎる)


疑いもなく、神楽は背後の客に押されるまま、銀時に倒れかかってくる。
右手にアタッシュケースをさげていなければ、両手をその狭い肩にまわし、抱き寄せたくなる。それは抱擁という意味ではない。親鳥が羽をひろげ、雛鳥を守るように、グイグイと押しこんでくる乗客から守りたい一心なのだ。


(まいったな……)


銀時は心のなかで呟いた。喫茶店から心を癒すために眺めていた少女と、わずか数日で身体を密着させてしまっている。
小柄な神楽の頭は、ちょうど銀時の肩下にある。
銀時を困惑させるのは、きらきらと艶めく髪から立ちのぼってくるシャンプーの香りだ。香り自体に欲情することはないものの、清潔な匂いを嗅いでいると、神楽が清純無垢であることを認識させられてしまう。男を知らないバージンの美少女だ。その無垢な身体が迫ってくる。


セーラー服から剥きだしになった白く細い腕は、バイオリンケースを抱きかかえ、銀時の胸板からみぞおちを押している。
ガタン、と電車が揺れると、時おり、神楽の足場が滑る。その反動で、スカート越しではあるものの、太腿が銀時の脚にサワサワと触れてくるのだ。


二つの駅を通過したあたりで、車内の熱気のせいか、シャンプーの香りのなかに甘酸っぱい汗の匂いが混じりはじめた。
神楽は、照れ臭さのあまり、うつ向いていた。額にうっすらと汗が浮かんでいる。そこから匂いが漂ってくるのだろう。


三つ目の駅に着くと、銀時の背後にいた客が体を強引に揺すりだした。銀時が右手でさげていたアタッシュケースをグイグイと引っ張りながら、降りていく。
銀時はケースを引き戻そうとしたものの、すぐに乗り込んできた客の間に挟まれてしまった。
それでも、グイッと引き寄せてみる。
ところが、一度力を入れた銀時の腕の力が抜けた。手首にグニャリとした頼りない肉の感触を覚えたのだ。


「か、鞄が動かないんだよ…」


うつ向いた神楽に小声で囁き、あわてて、もう一度腕を引いてみる。
グニャリ、再び、生暖かい肉の感触が手首に伝わってきた。
半袖で剥きだしになっている銀時の腕が、ちょうどセーラー服とスカートのウエスト付近を探ってしまう。手首がセーラー服の上着の裾をほんの少し捲りあげ、じかに神楽のウエストを撫でていた。


「っ、ごめん、ごめん」


強引に腕を引こうとする。だが、アタッシュケースはまるで万力にでも挟まれたようにビクともせず、手首が柔肌を押しつぶした。


(すっげぇ、やわらけ……)


ビロードで撫でたようにスベスベとした肌、そして、肌の下にうっすらとまとった脂肪が蕩けるように柔らかく、子猫の背中を撫でている錯覚に陥る。
うつ向いたまま返事すらしない神楽も強引に身体を捻り、少し横を向く。すると、セーラー服の上着の裾を半ば捲りあげていた手首から、素肌の感触が消える。


(や、やべぇ…)


だが、銀時の狼狽はさらにつのってしまった。
手首は離れたものの、アタッシュケースを握りしめた腕は、神楽の腰から尻へとまわってしまう。伸ばした腕が華奢な身体を抱きしめる格好なのだ。
肘がちょうど腰を抱き、前腕部がセーラー服のプリーツスカートの上に、つまり、神楽の尻に触れてしまっている。


「う、腕が動かねーんだよ、わかるだろう?」


あわてて、告げると、神楽は声もなく、コクンと小さくうなずく。


(やわらかい…、信じられないほどやわこい……)


動かせない腕が、神楽の尻の柔らかさを伝えてきた。
並んで歩いている時には、プリーツスカートは尻の形を予感させるほどの膨らみを見せつけることはなかった。アイロンの利いたプリーツのラインを歪ませる、尻の量感は見当たらなかった。
だが、今、腕で押さえつけている左の尻は、ふわりと柔らかく、充分に膨れた量感を伝えてくる。そこに腕が浅く食いこみ、尻肉を歪ませている。
急いで腕を強く引く。そのたびに、尻がグニャグニャと揺れるのだ。


(ど、どうしたら、いいんだよ……)


動かぬ腕に視線を運ぶ。腕がめりこんでしまったプリーツスカートのラインが歪んでしまっている。綺麗なラインの崩れを目にした途端、銀時の心が焦りから、淫らな想いへと変わってきた。






to be continued...


01/07 08:53
[銀魂]




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