ナバコフを追体験 2







銀時は海藻の断片を成分分析機にかけている。
ここは食品会社の研究所だ。銀時は今、海藻、貝、魚介類、そして海水等から、ミネラルや栄養素を抽出しているところだった。食品を扱う本社では、健康食品の将来性に注目し、新製品の開発を行っている。


勤めはきっちり五時に終わる。
今朝歩いた海岸沿いの松並木を、歩いて帰るだけだ。
その日、研究所を出ると、晴れ渡った空がにわかにかき曇り、水平線に真っ黒な雲が立ちのぼった。松の枝を揺らすほど潮風が強くなり、黒雲が天を覆い、頬を叩きつける強い雨粒が襲ってきた。
前線の通過に伴う、雷と豪雨だ。
銀時はあわてて走りだし、髪とワイシャツの肩をびしょ濡れにして、喫茶店に駆けこんだ。


おしぼりで濡れた顔や手を拭き、コーヒーを飲む。
まるで闇夜のように暗くなった水平線に目を走らせる。叩きつける豪雨で視界が霞み、地面に叩きつける雨粒で足もとまで暗くなった。
霞んだ景色のなか、黒い学生鞄を右腕で頭上にかざし、小走りの黒い影が喫茶店の軒先に駆けこんできた。


あの少女である。


喫茶店の軒先で雨宿りをはじめた。入口を入ってすぐの窓際の席に座っている銀時と、窓ガラスを隔てて、手を伸ばせば届く距離だ。
少女があわてた様子で、学生鞄とは対になった布の手提げ鞄から、タオル地のハンカチを取りだす。
濡れた頬を拭くと思ったのだが、少女は最初に、左手でさげた瓢箪型の黒いケースの雨粒を丁寧に拭った。ギターケースより、二まわりほど小さいバイオリンケースである。


(よっぽど大切なんだ……)


ガラス越しに少女の様子を眺めながら、銀時の目もとに微笑が浮かんだ。


(まだまだ子供だねぇ…。大人の女なら、髪や化粧が気になり、最初に顔の水滴を拭くはずなのにな……)


バイオリンケースの雨粒を金具に至るまで丁寧に拭い終えた少女は、喫茶店の壁に静かにケースを立てかけ、やっと顔を拭きはじめる。


(やっぱり綺麗だ…)


コーヒーを口もとに運びながら、銀時は少女の横顔を見つめた。
少女を見かける通学時は、窓際の席と並木道の距離が三、四メートル離れている。窓ガラスを挟み、ここまで至近距離で少女の顔を眺めたのは初めてだった。
少女は、雨に打たれて湿気を含み、重くなった薄紅色の横髪を、細い小指で耳の後ろに掻きあげた。桜貝を思わせる淡いピンク色の小さな耳、柔らかそうな耳朶にピアスはない。
ハンカチで、セーラー服からのぞく、ほっそりとした白い首を拭う。ゴシゴシと擦るのではなく、首をかしげ、優しくハンカチを押し当てる仕草に、どこか大人びた様子がうかがえた。
土砂降りから逃げるようにかなりの距離を走ってきたのだろう、荒い息遣いで小さな肩を上下に揺すり、呼吸を整えている。
額の中央で分けた前髪が雨なのか、汗のせいなのか、貼りついてしまっていた。額をハンカチで押さえ、濡れた髪を小指で跳ねあげる。
幼さが残るふっくらとした頬は、ピンク色に滲んでいる。ハンカチで湿り気を押さえ、フッと少女は真っ暗に曇った空を、恨めしそうに見あげた。
そこだけが大人のようなカールした長く重い睫毛が、銀時の瞳にははっきりと確認できた。スラリとした鼻筋のライン、小さな鼻先が少し跳ねあがり、キュートな雰囲気を漂わせる。横から見ても、ふっくらとした柔らかさが伝わってくる唇から、ハーハーと荒い呼吸がもれつづけている。


(──雨はやみそうにないな……。外にいちゃ可哀そうだ。雨がやむまで、コーヒーでもご馳走するか……)


少女の姿が、子猫が雨に打たれ震えているように思えてきた。銀時は一考しながら、コーヒーカップを持ちあげた。
だが、その手がとまる。
ドックン! と心臓が跳ねあがった。
銀時の視線が釘づけになる。
少女の白いセーラー服が雨に濡れ、生地が透けてしまっている。額や頬をハンカチで押さえる右腕があがり、ブラジャーのラインがクッキリと浮かび、ブラジャーの色や模様まで透けて見えるのだ。
腋の下に食いこむ幅五、六センチの白いライン、肩甲骨の下をくぐり背中でとまるホックが透けている。さらに、紅色のスカーフの胸もとまで目に飛び込んでくる。雨で垂れさがったスカーフの結び目付近の、白いセーラー服も透けて見えた。
小ぶりだが、銀時の掌にすっぽりとおさまりそうな乳房の膨らみを、深いカップのブラジャーが包みこみ、乳房の上部に食いこむように、細かいレース模様の縁取りまでが確認できた。
さらに、まだ呼吸が荒く、ブラジャーに包まれた乳房が上下に激しく膨らみ、縮み、また膨らむ。
それはまるであえぎ声をもらしながら、身悶えする女の乳房の蠢きだった。
顔を濡らす雨粒の輝きが、身悶え、滲みでる脂汗に思えてくる。
雨にばかり気を取られ、少女は銀時の視線に気づいていない。顔を拭き終えると、半袖からのぞく細い腕にハンカチを押し当てる。筋肉のふくらみなど感じさせない二の腕を拭こうと、肘を持ちあげた途端、半袖の脇から素肌がのぞく。
透けていた腋の下のブラジャー生地がじかに見える。純白だった。子供だと思っていても、年頃の少女らしく、腋の下の手入れはなされていて、腋毛は見当たらなかった。窓越しでも、手脚の体毛が薄く、ぬめるような白い肌をしている。
腕をあげると、胸もとの筋が浮かびあがり、たぽんとブラジャーに包まれた乳房が揺れた。


(おいおい、なに見てんだ俺は…!)


銀時は視線をさげた。それでも、眼前の素肌から逃れることができなかった。
少女が腕をあげると、セーラー服の裾が持ちあがり、スカートのウエストと上着の間に白い脇腹の肌が浮かぶ。百合の花びらを思わせる、純白の肌だ。シミ一つなく、肌理細かく映る。


(見るな!)


視線をそらした銀時は自分を叱り、コーヒーカップを持ちあげ、喉を潤した。


(土砂降りの雨に打たれたんだ……。そりゃ、下着が透けて見えることもあらぁな……。いい大人が、純白の子供こどもしたブラジャーに、欲情してどうする。恥ずかしいと思わねぇのか……)


腕を拭った少女は視線をさげ、今度は濡れたスカートをハンカチで押さえた。プリーツスカートのラインに沿って、雨粒を拭う。太腿の前で終えると、少女は上半身を捻り、視線を背後に運んだ。
土砂降りのなかを懸命に走ったので、黒いローファーが濡れた土を跳ねあげ、点々と小さな茶色いシミをスカートの後ろにひろげている。
いくら自分を叱りつけても、いったん気になると、銀時の伏せた視線は少女の動きを追ってしまう。
太腿の裏を覆うスカートに跳ねた泥水の痕跡を、少女のハンカチが拭う。すると、ふわりとしたプリーツスカートのラインがひろがって密着し、太腿のラインを露わにした。
ハンカチで押さえるたびに、太腿の裏から、丸く膨れた少女の尻にプリーツスカートが貼りつき、女らしい柔らかさを見せつける。


(見るな、見るんじゃねぇ。これじゃ痴漢と同じじゃねーか…)


自分に言い聞かせるものの、上目遣いの視線は貼りついたままだ。
跳ねた泥水は、プリーツスカートの背後全体にひろがっていた。それを気にして、少女は右手の指先で裾を摘まみ、まるでドレスのスカートをひろげるように、横に引っ張り、拭きづらい真後ろにハンカチを押し当てた。
膝丈のプリーツスカートの、右の裾が膝上に捲れあがる。
膝の裏、そして、膝の内側の肌は、上着の隙間からのぞき見えた脇腹よりも皮膚が薄く、その雪のように白い肌に細かい静脈の青が透けて見える。
一度泥跳ねが気になると、とめようもなく、少女はスカートだけでなく、ふくらはぎを包むハイソックスにも目をやった。
フラミンゴのように左足一本で立ち、右足を後ろに曲げ、背中を反らすようにして、ふくらはぎを拭く。その瞬間、スカートの裾が膝の裏側に引っかかり、捲れあがる。膝上十センチ程度にもかかわらず、左の内腿までのぞき見えた。


ごくり…。


銀時はまた生唾を呑みこんでしまった。
東京の女子高生の短いスカートなら、いつでも見えている膝から上の内腿だった。だが、普段は膝下のスカートに隠れている少女の青白い肌が、視界に飛びこんでくると、不覚にも喉が渇いてしまった。
落ち着きを失った銀時の瞳が、セーラー服の上着を舐める。と、少女が少し背中を反らしたせいで、胸もとを突きだした姿勢になる。雨で濡れた白いセーラー服が胸もとに貼りつき、純白のブラジャーに包まれた乳房がよりいっそう豊潤に見えた。ツンと上向きになった乳房の形まで連想してしまう。


(見るな!)


銀時は心の中で自分を叱り飛ばし、強引に視線をコーヒーカップに向けた。
ドキドキと、心臓の鼓動が早くなってくる。
雨に濡れ、透けてしまっているセーラー服。泥跳ねを拭うためにスカートを引っ張ると露わになる丸い尻、白く抜けるような内腿の肌……。
今朝見かけた時は、幼く美しい少女だった。それが女に見えてしまったのだ。


(なんてヤツだ。最低だわ、最低だ……。高校生に変な想いを抱くなんて、淫らな想いを抱くなんて、痴漢と同じじゃねーか……)


心の中で自分を叱責した。
雲行きが変わった。薄暗かった空に光がひろがり、窓から射しこんできたのだ。聞こえていた雨音が少しずつおさまってきた。
チラリと少女を盗み見ると、明るくなりはじめた空に視線を運んでいる。少女が細く長い首を捻った。
一部始終を盗み見ていた銀時と、視線が絡んだ。大きな青い瞳が一瞬、驚きを見せる。が、銀時の邪心に気づく様子もなく、すぐに空へと目を剥けた。
豪雨に困惑していた少女の目もとや口もとに、微笑が甦っている。回復してきた空模様のせいだろう。
銀時の瞳が落ち着きを失う。クリンとした大きな瞳だ。濁りのない白目とくっきりとした青い目に見つめられると、自分のなかに目覚めた淫らな想いを見透かされたような気がしたのだ。
小降りになってきた空を見つめた少女は、バイオリンケースをさげ、意を決して、軒先から足を踏みだした。


「マスター、傘を貸してもらえるかな」


思わず、銀時は戸口にある傘立てを見て、叫んでしまった。客の忘れ物らしい透明のビニール傘が、何本も突っこんである。
マスターの返事もそこそこに傘を掴み、店を飛び出した。
早歩きで帰りを急ぐ少女の後ろを追った。


(相手は子供なんだぞ。雨に濡れてるんだ。下着が透けても仕方ないじゃねーか…)


背後二メートルほどまで追いすがったところで、少女の雨に濡れた上着の背中に、くっきりとブラジャーのラインが透けているのが見えた。
銀時は下着から目をそむけ、少女を追い抜くと、クルリと前にまわり、傘を差しだした。


「かえさなくていいから」


少女は驚きのあまり、睫毛の長い大きな青い目をさらに見開いて、足を止めた。だが、突然のことに手を伸ばすのをためらっていた。
銀時はさげた学生鞄に傘を立てかけ、早足で喫茶店に駆け戻る。
雨の匂いのなかに、赤ん坊のように乳臭い、甘酸っぱい汗の匂いを感じ取った。






to be continued...


01/01 09:01
[銀魂]




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