自涜ガ青少年ニ与エル悪影響ノ図







この世界は実に奇妙なユーモアのセンスを持ち合わせている。
これまでずっと自分がまともな人間だと信じてきたが、そうした信念はいまや完全に消し飛んだ。
これまでずっとあっさり否定してきたことが、いまや自分の苦しみの種になった。
いまその想像力の最奥からひとつの汚点が広がりだしている。
それとともに刻一刻と自分の困惑と苛立ちが増大していく。いつ、どこで想像力なんてものが誰によって誰に向けて弁明可能になったのか、という疑問まで生まれた。



その日、朝起きて、土方は厠へ行き、 吐いた。



ついに汚染された最も卑しい一部が夢の名残にうずきながらも、とり憑かれたように吐いた。
実際とり憑かれたのだ。
悪意が、ある人間をいっそう影響力のある、いっそう真剣な存在へと変身させるのは、めずらしいことじゃない。
あの悪意の塊のような部下ならこう言うだろう。

「人に、もっと真剣に扱ってもらえるなら、誰だって悪に染まるのを厭わないはずだ」と。

ただ、あの少女(仔ども)の目の中に浮かぶ可笑しなものを見るような表情に、自分自身の目の中の殺人者の表情が反応しないでほしい、ということだけなら良かったのだ。
もはや現実の自分と、かつての杓子定規な自分とのあいだに置くことができるのは、そのくらいの隔たりでしかなかった。
あの少女がそういった人間に災いをもたらすパンドラであるという事実から、一瞬だけ目をそらすことができたとして、その事実は、土方にとって、全ての、まさに過去も現在も未来も含めた全ての、死と同じだった。
自分が、近い将来、すべての女に興味を失うことを脅えながらも自覚した日。
彼は水底にゆらめくような少女の残酷な青さにとり憑かれてしまった。
腕を伸ばせばすぐにでも届きそうな先に沈んでいながら、決して届くことのない深淵が自分の背後で口を開け、彼は向こう側に行ってしまったのだ。
あるいは、恐怖心が欲望を抑圧する前に、束の間の好奇心を満足させようとしたのかもしれない。
哀れな詐欺行為でお茶を濁しただけで、自己のアイデンティティを実行に移さなかった。が───もちろん、良心が働いたからではない───はからずも他のケダモノ連中が実行に移したことで、いまや彼までが自身の詐欺行為からインスピレーションを受けるようになっていた。


のちに、彼自身が認めたように、あの仔どもの魅力は途方もなく厚かましいところにあったのだ。
土方は心のどこかで、自分も含めて誰彼かまわず人を傷つける───実際本人にその気がなくてもだ───少女のやり方に感心していた。
彼が魅力を感じていたのは、仔どもがほとんど努力しないで自分を等身大以上に見せることができる、その力量に対してだった。生まれもった才能のふてぶてしさから、無自覚な鼻持ちならない横柄さばかりが際立つ獣美なその姿には、惚れ惚れした。
事実、ずっとあとになって気づくことになるが、たとえ他のどんなケダモノ連中にうまくやれるはずがないと思ったとしても、彼は自己嫌悪から、自分のほうこそうまくやれるはずがないと思ってしまうのだ。
けれど、どんなケダモノでも遅かれ早かれ懐疑心からあれこれ悩んだりするわけだが、彼がそんなときに抱いた唯一の懸念は、はたしてあの少女がこれからも無事でいられるだろうかというものだった。
あの少女自体、不必要であるという抑圧的な考えに苛立ちを覚えていた。
エリート主義的なプライドを持つ昨日の男の顔に泥をぬるために、わざわざその数時間後に、仔どもまで脅してきたわけではないのだ。
ひとりよがりな抗議運動にはうんざりしていたが、かといって、そうした自分の思いにも自信がなかった。まだ、一緒に目撃した部下よりはまともだと思っていたかった。
───そう、あの時はまだ、『自信』はあったのだ。
だが自覚があったかどうかはわからない。
あるいはあっち側に片足をつっこんでおきながら、気づいていなかっただけかもしれない……。


ただ、その他のことでは何も意見はなく、自分と仲間以外の人間にも関心がなく、その他のやり方では誰とも交流ができないし、する気にもならない土方のような者にとって、この手の事件は唯一身近にあって使える素材であり、唯一衝動的な非道行為だった。
その上、彼にとって有利だったのは、彼自身の役職だった。
つまりどのような革新的な試みも、たんなる気晴らしでしかなかったので、ケダモノ連中のひとりがまだ年端もいかない少女の足許で赤裸々に欲望を放つ、その行為だけでも、充分に物珍しかったにすぎないのだ。

単に、ようやく気づいたのが、少女と別れて、いったん冷静さを取り戻してからだったという話でもある。



土方はしばらくのあいだ煙草を喫いながら、車の窓から明かりのついた少女の家だけを凝視していた。
あんなことを言わせた少女への怒りが、喉もとにこみあげてきた。
あんなことをさせたケダモノへの怒りも、また蘇ってきた。
その一日で、彼はこう思うようになった。
あの犯罪者やその他ケダモノ連中や、あまりにもおつむが弱くて自分への危険が何たるかもわかっていない──宇宙人の仔ウサギを巻き込んだ、こんなナンセンスにつきあうなんて、もうごめんだと。
その日一日で、彼は起こった出来事がすべて自分以外の、そいつらの責任だと思い込みたかった。


仮に少女の内なる魔性がごく初期のうちに、悪意の大前提を受けいれて、無垢なものなどは存在しないと土方が考え至ったとしても───。
堕落した世界では無垢は誰にとっても勿体ない贅沢品であり、無垢にもかかわらず(ではなく)、無垢ゆえに無垢な人間を犠牲にすることは正しい行為だと考えていたとしても───いずれにしても、彼はみずからの無能の代償として無垢を必要としたのだ。


それから数十分、土方はそれが想像力の産物にすぎないと自分にいい聞かせた。
その後の数時間は、その日を振り返って、はたしていつどこで自分の人生が───彼をふくめケダモノ連中の、輝かしくねじれた無能さがその根本にあったが───堕落の河を越えてしまったのか、と思いあぐねた。


彼は自分の中の 「小さな死」 という感傷的な考えを、より大きな死の中に 「外挿」 したかった。


けれどその夜、彼は眠りたくてしかたないにもかかわらず、一方で、何としても眠りだけは避けたい気持ちがあった。
ずっと目を覚ましていたが、三日目の夜中も二時を過ぎる頃には、もはや起きていられなくなった。机に向かったまま肘をついて目を瞑っているうちに、あの少女が夢に現われた。
仔どもが仔どもであることと、仔どもが無垢であることのどちらが自分の正気を失わせたのか、土方にはわからなかった。
たぶん、彼は多くの者が安っぽいオルガスムを至高のクライマックスだと勘違いしていたエクスタシーより、数段先をイッてしまったのだ。
いっそクライマックスの瞬間に、死に絶えたかったのかもしれない…。
生理学的爆発と結びついたその瞬間の真理の力が強烈すぎて、正常な人間には耐えられないからだった。
けれど、すでにあちら側の人間になっていた土方は、ケダモノたちが何千年もかけて忘れようとしてきた想い出の中を歩きまわり、連中が何千年もかけてそこから目覚めようとしている夢の中を歩きまわり、みずからの意志で確たる理由もなく想像力のなかの恍惚の風景をさまよった。
自己破滅の大原則だけに、その前提となっているのは、打倒の対象になっている連中だって、打倒されることで得すると思えば、喜んでそうされるということだった。


『お前らがどんなケダモノか、訊きたいぐらいだぜ』


有無を言わさずブタ箱に押し込んだケダモノのひとりに、彼はあの日こんなことを言っていた。


『もっとも、こんな質問に答えられるぐらいなら、わざわざ警察の厄介になったりするはずがねーし、こんなところにいるはずもねーよな』





いまや彼は、苦悩する人間というより深淵な人間になっていた。
いったいどの時点で、それが許容の限界を超え、急に終わってしまうのか。どの時点で、誰もが共謀するのか。
どの時点まで、人は自分の想像力が創りあげたものに対して責任がないといえるのか。作りあげられたものに対して呪われる瞬間までそういえるのか。次の日も、その次の日も、彼は断続的にその悪夢を見続けた。いまや彼は夜毎のゾンビと化し、悪臭をふりまくケダモノの精液の余韻を残すだけとなっていたのだ。
そしてついに今朝、背徳的夢の残骸を嘔吐するだけの滑稽さには恵まれた。






「………俺は、悪くない」


彼は厠の便器に向かってつぶやくようにそう言った。



(いっそぜんぶ排水溝に流れて消えればいいのに)











fin


more
01/19 14:10
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-