うつくしい欲望でした







ピンポーン


とインターホンが鳴り、玄関に出た銀時が何やら喋っている。神楽は寝転んだまま、うっすらと開けた和室の襖から首を出し、それをこっそりと眺めていた。すると、薄青い着物をしっとりと着たそよが黒い目を瞠った。その目は神楽にじっと夢中になっている。


「お久しぶり。神楽ちゃん」


驚く神楽と、そよはじっと互いの目を見合って立っていたが、神楽が「元気だったアルか、そよちゃん!」と興奮するように、和室を出てきた。
そよを居間に通し、その隣に腰掛けて、神楽がわくわくとそよを見つめている。そよを見た瞬間、彼女を直ぐに自分のお城に連れて行きたいという気持ちが起きたからだ。


「そよ姫から連絡があって、来てくれるっていうから、驚かせようと思って黙ってたんだよ」


銀時は言い、そよの方に向いて続けた。


「この通り、無邪気な奥さんですわ」
「そうね。この度はご結婚おめでとうございます。神楽ちゃん、幸せそうね」


そよが暗く光る目を据えるようにして、言った。
神楽は奥深い目で、そよを視ている。
風邪をひいたのではないが、いささかだるい体を持て余していた神楽は、平素より一分余り高い、乾いた腫れ気味の唇をにこっと曲げるようにして、くしゃりと微笑った。


「和室においでよ」
「神楽。今から何か持って来るから、もう少しここにおいで」
「いいのよ、銀時さん、あちらで戴きます」


そよは細い手のひらでそっと、銀時を抑えるようにして、立ち上がった。


「銀ちゃんにもらった、鏡を見せてあげるネ!」


神楽が先に立って、和室に入っていく。
窓と洋服箪笥との合間に置いてある、自慢の欅の鏡台にこれこれと言ってそよを振り返る。
布団がまだ敷いたままになっていた。
そよは、神楽の布団が寝起きの形なのに愕くと同時に、どこか淫靡な雰囲気を察知して、今起きたようになっている神楽を見て、丈夫に見える神楽が今日はだらだらと過ごしていたことを知った。そよには想像もできないことだが、神楽は昨日まで排卵期間だったため、銀時との子作りセックスに大いに励んで疲れている。そのせいもあって、朝から布団の中で銀時とごろごろしていた。
そよは今日はお忍びで来たのだ。突然の訪問に気を悪くすることもなく、銀時も神楽も迎えてくれたが、そよは少し心を困惑させた。 あまりに神楽に会えない日々が続いて、限界だったのもある。爺やにわがままを言っての外出だった。
神楽が銀時を呼んで、メロンを持ってくるように言っている。


「はいはい、神楽ちゃん」


銀時は神楽がそよに会いたがっていたことを知っていた。そうしてそれが、神楽の機嫌をことさらに良くしているのを視て、いそいそと答えて、退っていった。神楽が、変わった様子はしていないが、底から、深いところで機嫌がいいのが、銀時には解るのだ。その銀時の様子はまた神楽を、歓ばせている。そよにもそれは感じとられた。
初めて訪問した神楽と銀時の家で、そよは銀時の溺愛に触れた。それは、あまり人には見せられないねっとりと仄暗い寵愛だ。
だが、彼女はそれで直ぐに、神楽を悪いと思いこむような、単純な考え方をする娘ではなかった。
神楽はそよの、黒目が一杯に滲んだように拡がったように見える二つの目の中に、すべてを吸いとる聡さを、最初に顔を見合った瞬間に視て取っていた。


(相変わらず、綺麗で可愛いアル。そよちゃん)


と、神楽は思った。
神楽は莫迦ではない。だがものごとが神楽の中で、ただ興味だけで動いている。そのことを神楽はぼんやりとではあるが、自覚している。
だが、それをそうでないように、変えようとは思ってはいない。そよは最初から、神楽の魔のような魅力に魅かれていた。神楽は幾らかの専横をひそめた、魔のような目で、銀時を視ていた。神楽自身、その魔力を駆使することに溺れていることを、そよはすでに視ている。


「そよちゃん、メロン好き?」
「好きよ」
「下のお婆さんにおすそわけしてもらった美味しいメロンなのヨ。楽しみにしてて」
「うん」


そよは一国のお姫様らしく、おっとりとしていて、どこにでもいる女とは離れた感じがある。


(この子とは気が合いそうアル。)


神楽はそよを見てすぐに、思ったのだ。
久し振りに、銀時以外の盲目な心地のいい信頼をそよに預け、神楽は夢見心地だった。
布団をすみに片付けて、神楽がこたつに入るようにそよに言う。


「銀時さんとは、うまくいってるの?」
「らぶらぶアル」
「あら、ふふふ」
「でもちょっと暑苦しのヨ。亭主関白っていうの? 旦那さんってみんなああアルか?」


銀時は神楽にとって、年が十以上も違うばかりでなく、老成したところがあって、熱狂的に愛してくれる。それに、実の父親同様に何でも望みを叶えてくれる男であった。だが、とにかく溺愛が酷いのだ。結婚してからというもの、夜毎の本格的な調教セックスで、神楽はやっぱり疲れていた。ここ5日間続いた子作りセックスでも、愛されすぎた疲労がある。ぬめるように美しい天女の美貌を奏でる神楽だが、今日も少し疲れて横になっていたのだ。
そよは薄い唇で、微笑った。


「さぁ? でも銀時さん、嫉妬深そうだし、いい子でいないと神楽ちゃん、大変な目に合いそうね」
「うん。……知らない男の人には付いていくなとか、いまだに子供扱いアル」
「あいかわらず心配性なのね」
「うん……」


神楽の目が興味を失って、アメジストの瞳が、重たくなった目蓋の下で無意味に動いた。
銀時の持ってきた、冷えたメロンにしばらくは夢中になっていた神楽が、不意に言った。


「宝物、見せてあげるネ」


座って話していることにもたちまち倦んで、別のことをやろうとする神楽に愕きながら、そよには何故か、何でも可哀らしく思われてくる、神楽というものを感じた。
鏡台の抽斗から、色々なアクセサリーや可愛い小物たちを見て、そよが顔を綻ばせる。


「わあ、可愛い。これは、誰にもらったの?」
「銀ちゃんアル」
「これも?」
「そのブローチは、男友達からアル」
「あら、悪い子ね」
「ふふふ」


神楽はうっそりと微笑って、次から次へとそよに自慢の宝物を見せた。


「このダイヤモンドのは、婚約指輪ヨ」
「うわぁ、おっきい。銀時さん、随分奮発したのね」
「金の指環は結婚指輪アル」


二人はメロンを食べながらおしゃべりをした。それだけのことが何故か、神楽は楽しい。そよも同じである。そのことを二人は感じている。
居間に入ってテレビを見ていた銀時は、そんな二人を認めて、気分が安らいだような、同時にまた物悲しいような想いに憑かれた。
何となく、そよの眼が気にかかるのだ。
神楽に胸の中を熱く滾らせている、そういう眼である。
一国のお姫様だが、銀時にとっては、本音を言えば、神楽との時間を奪うライバルのような仄暗い関係でもある。


「この薔薇の髪飾りはね、パピーが送ってくれたアル。こっちの貝紅は、姉御がくれたのヨ」
「まあ!!  綺麗だこと。神楽ちゃんの唇にすっごく似合いそう……」
「でも、銀ちゃんはあんまりお化粧すると怒るアル」


神楽はそう言って、また少し憂鬱になったのか、こたつの天板に顎を載せてだらりとなって沈み込んだ。そして不意に、言った。心にあったものが、ふと零れた、というような言い方である。


「そよちゃん、恋人、いる?」
「いいえ」
「……好きな人は?」
「いないわ」
「ふーん……じゃあ、告白されたことある?」
「え?」
「……わたし、ある」
「そりゃ、神楽ちゃんはモテるから」
「そうじゃないアル。……でも、銀ちゃん以外の大人の男の人に、マジメにされたのって、実は初めてだったアル」


神楽の目が光っている。唇の辺りには、うっそりとした微笑いとも取れるものが浮かんでいる。
そよは黙った。黙って神楽を見た。
そよはさっきから、出逢った時から知っている神楽の、どうかした時に漂う植物性の、そのくせ酷くセクシュアルな香気が、強くなるのを感じながら、神楽を何をもってしても、律し難い、仕様のない人物なのだという、不思議な想いに捉われている。それと同時に、神楽の言う告白というものが、それが、すでに逢引してるのか、或いは近い将来にそうなるようになる男なのだ、ということを、彼女は戦慄と一緒に、感じ取ったのである。そよのこの想いを、神楽は知ったようだ。
長い間、そよは黙っていた。神楽も黙って、このお気に入りの、どういう時にもどこかで心持ちが通じ合っているような女をなんとなく見ている。薄いピンクの部屋着の下で、神楽は汗を滲ませている。
二人の間にあるメロンの欠片がぬるくなって、暖房が微かなうなりをたてている。
不思議なことに神楽は、この友達の前では何も蔽わずに、自分というものを曝け出していることが出来る。そこで神楽の魔力が、いやが上に香気をたてる。銀時は隣の居間にいる。それが二人には感じられている。そういう静けさなのだ。
いつもの癖で、弛く拳にした右の手のひらを唇にあて、しゃぶっているような感じで目をうっとりとさせ、酒でも呑んでだらけきった男のような様子でこたつに凭れこんでいる神楽に、深い目をあて、そよが言った。


「神楽ちゃんは本当に綺麗で、ほんとうに仕様のない人ですね」


神楽はうっとりしたままの目の色で、いよいよこたつの中に沈みこんだ。


「だから、もう会わないかも。……」


そのくせ、神楽の目は、そよが自分を解る、自分の味方の一人になるだろう、という絶対の自信を持って、そよを見ている。
それを言う神楽の目は、彼女のその言葉が、神楽の中の何処からも出てはいない、空なものだということを、そよに報せていた。






fin


more
03/22 12:55
[銀魂]




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