モナミ、わが愛人、わが恋人







「すこし熱があるな…」


翌朝、しばらくは身体も動かせないほどの疲労から神楽が目覚めると、銀時が心配そうに彼女の額に手を置いていた。
靄がかった視界が徐々に晴れていくとともに、何度となく気怠い瞼の重みをよけて男の情けない顔が映りこむ。
…───やっぱり心配そうだ。眉間にはきつく皺ができているのに、眉がへの字に曲がりきったヘタレ顔……。




(ああ…またアルか……)




ぼんやりとしたまま口惜しげに唇を噛めば、銀時がやめろというようにそこを指先であやしてくる。けれど神楽は、久しぶりにこうなってしまった自分がやっぱり情けない。夜兎とはいえ、子供の身体に負担をかけすぎるセックスは、当初、神楽に気怠い微熱をよく強いた。
それだけ、子供の小さな身体には揺り返しが大きい行為なのだ。
今でも神楽は丁寧な前戯なしで銀時を迎え入れることは出来ない。漏らすほどに濡らされて、そこをじっくりほぐされなければ、入る時には血が滲んでくるような錯覚がある。回数も三度が限界だった。それでも、初めてそれ以上のセックスを求められるまま許した翌日、神楽は40℃ 近い熱を出して寝込んでしまった。今でも決して「平気」な訳じゃない。


泣き疲れ、叫び疲れ、最後のほうはほとんど朦朧と意識のないまま愛されていた記憶だけが残っている……という具合に、神楽は熱疲労に病んだ火照った頬を、男の大きな掌にすり寄せた。


「大丈夫か…?」


こくん、と健気にもうなずけば、情けない顔をしたままの銀時が神楽を腕まくらしてくる。そうして額に、頬に、瞼に、鼻先に、唇にと……罪滅ぼしのキスを求めてきた。薄いシーツの中では伸ばした足がわずかに触れ合っている。
朝からの甘い行為に、神楽はくったりと男に身を任せた。 


「ごめんな…」

「ん゛…」


少し痛みが激しい喉からは、ヒリヒリとせつない熱の塊が洩れる。頭がぼうっとしているからかもしれない…、やけに泣きたくなってきた。
でも、死ぬほどだるくても、こうしてくれるだけでぜんぜんヘーキだ。ちょっとだけ辛いだけで、本当は神楽だって昨日の夜は銀時を求めていた。
彼にメチャクチャにされる瞬間が、そんな自分が、愛おしい。
苦しくて苦しくて、助けて、とそう彼にすがる瞬間が、たまらない。
どこまでもサディスティックに愛玩されて、マゾヒスティックな服従を噛みしめる。その瞬間が、自分をまぎれもない彼の『女』なのだと思わせてくれる。それが、まちがいなく女の『幸福』なのだと、銀時に抱かれて初めて知った。
男の堅い筋肉をやわらかいこの身で一心に受け止め、それなのに酷く大切なものとして抱き潰されるあの瞬間、これ以上ないぐらい刹那的な真実を垣間見る。


破壊と創造。


相反する愛ある交接のなかで、そこに向かってふたりして走っていく。
あの強烈な感動と、波のように持続する快美感。


そこから沈みゆくふたりだけの心中体験。


男になかなか身体を許さない女が世間にはいるというが、神楽にはそれが信じられない。好きならば全部あげたいと思うのは当たり前だ。全部欲しいと思うのも。
愛に打算を持ち込むなんてちっとも粋じゃない。
そういう人は無闇に人を好きになっちゃいけないんだと思う。
だってつまらない。
恋を待ちこがれるのは素敵なことだけど、求めあう男の前でいざ自分を出ししぶって待たせるなんて、そんなのちっとも上等じゃない。
自分に対する自信のなさや、コンプレックスなんて、瞬くまに二の次になってしまうぐらいじゃないと、『女』じゃない。
自分たちは、『女』なのだ。
女にだって『女』のダンディズムぐらいある。


だから怖れることは、ただひとつだけ。
最後まで貫きとおしてくれる相手であることを願うだけ。


必死で受け止めた自分を、最後には、くしゃくしゃって抱きしめて、頭を、いいこ、いいこって撫でられて、動物みたいに志願しあう。
あせることなんて忘れて、ゆったりとした動作で、男を受け止める。
待つことはしなくても、最後まで受け止めきるにはそれだけの時間が必要だ。
そうして時の流れが絶対を失っていく幸福を皮膚で感じとる。
それは、とてもやさしい気持ちになることと似ていた。
こんなにも上等な時間を共有しあえる一流の贅沢を、神楽は何を犠牲にしても手放したくない。






「何か飲むか?」


銀時が降らせるキスをふと止めて、そんなことを言うもんだから、


「ううん…」


神楽はもうちょっとこのまま、と眉を引き下げた。


「もっと…」
「うん?」
「もっと、 なで なで…」


熱にくらむ膨れた瞼に、無骨な人さし指が触れてきて、神楽の目をそっと閉じさせる。その上に、銀時の唇だとわかるやわらかさが降ってくる。


目頭が、自然と熱くなる。


すべてのことは、この唇から始まったのだ。
始まった瞬間から、神楽は銀時をさらに愛しいものとして見つめるようになった。
前は、ただ欲しいと思っていた。そして、今、受け入れるだけでなく、自分の心の内に、彼の面影をひろげたいと思っている。
薄青いひかりに満たされるこの部屋のなかで、いつまでも額に汗をかいて、遊びに夢中になった後の小さな少年のように見えた昨日の銀時が、神楽の胸によみがえってくる。
全身は筋肉痛のようにだるいし、関節は痺れたままだ。頭はぼぉっとするし、喉は痛いし、あげく心まで風邪をひいている今の状態は、きっと独りにされたら間違いなく死んでしまうだろう。
辛くて、寂しくて、せつなくて、死んでしまう。
でも、銀時は隣にいてくれる。神楽を看取ってくれている。普通に風邪をひくよりも、ずっと重症だから、ずっとつきっきり…。




「───あ……そうだ、 ちょっと離れていいか?」


神楽がうっすらと目を開けると、ちょっとだけだからと、お願いされた。ああ…どうしよう、許すべきか許さざるべきか。我儘いって困らせるのは病人の特権だ。


「いい子だから待ってろ、 な?」


そう言うと丁寧に腕をひき抜いて、ひとつ、神楽の唇にキスを落とし、離れて行こうとする。


「ぁ……」


やや子のように腕を伸ばした。するとその手は握られ、握ったまま苦笑った銀時が、畳の方へと精いっぱい片腕を伸ばして自分の着物を掬いあげている。
そして、少し照れくさそうに、懐から小さな箱を差し出してきた。
神楽がきょとんとしたままでいると、裸の幼い胸の中間に、ちょこん、と置いてくる。腕まくらをされ、また寄りそうかたちで添い寝された。


「なん…アルカ?」


開けてみろと促されて、けれど神楽は逆に、その病猫のような目で首を振って訴えた。物憂いようすで銀時に握られたままの手を引っぱると、困ったように視線を逸らされる。それでもじっと動かずにいると、握っていた手を離されて、仕方なく赤いリボンを解く指先が神楽の胸の上でくり広げられた。


「たまには本物も」


そう言って。
箱の中から神楽に見えるようそれを取り出す。








きれいなハートの宝石がついた銀色の指輪だった。








「……誕生日は……まだアルヨ…?」


どうして? 嬉しさを隠し切れない顔で首をかしげれば、照れくさそうにまた苦笑われる。


「まぁ……ひとつの、ケジメ…みたいなもんだろ?」


自分で言って自分で疑問系とは…。だから神楽もあまりよくわからないまま思わず微笑んでしまった。銀時は銀時ですべてのしがらみから解き放たれたように爽やかだった。
嵌めてヨ、と言わなくても、左手の薬指を飾られる繊細な感触に、神楽は両足の指先をもじもじとシーツの中でこすり合わせた。それに銀時が添うように伸ばした足で戯れてくる。片方の堅い脛に気だるく細い両足を絡めながら、神楽は銀色に光る自分の指を、彼に支えられた状態で見つめた。どうしたって顔はゆるみっぱなしだ。


「ぴったりネ…。 ありがとう、銀ちゃん」


熱と幸福、ふたつの痺れに飽和された頭で、神楽はとろけそうな笑みを刻む。銀時もほっとしたように腕まくらした手で、神楽の細い肩を撫でてくる。
こうしていると、銀時はどこにも危険な匂いはしない。 ただの普通の、神楽だけの、男の人に見える。
そして彼は、ただ笑っているのだ。 彼女だけに。


「もう一回、 したいアルカ?」


朝になるとやってくる男の生理現象を、神楽はもうとっくに知っている。


「いや……無理しなくていいから」
「私が、したくても?」
「辛いくせに」


発情期なのに、失意のどんぞこ。なんだかそんな複雑な気分だ。
だってこの際もう、微熱どころじゃなく、ぶっ壊れるまで貫いて欲しいなんて。


「ぎんちゃんの弱虫」


ぐったりと腕を伸ばして太い男の首にかじりつく。
ころん…、胸の上にあった小箱が落ちる。
両足は絡めたまま、腕も離さない。


「どうせなら……」


こんな朝は、


銀の指輪に値する女でいさせて?










fin


more
04/15 18:00
[銀魂]




・・・・


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