「〜〜〜神楽っ!!」



その声からして銀時に似つかわしくないので、神楽は呼ばれても振り返らなかった。
それに今さらだが───ちょっと怖い…。
まさしくリアル 『鬼ごっこ』 だ。 鬼の形相で追いかけてくる鬼を振り返るなど、さすがの神楽もそんな怖いもの見たさはいらないと思った。

渚にそって走っていたが、その前方には中小の岩がある。とりあえず今は、逃げきれるとこるまで逃げてみよう。追いつめられたらその時はその時、アレでおあいこだと言ってやるのだ。 そもそも……



「銀ちゃんが悪いのヨっ!」



神楽は走りながらもそう叫んで、拳を振り上げた。
それでも幼い本心は、一途に追いかけられる快感に煽られて、とっくに銀時を許している。 迫る足音は怖いながらも、ゾクゾクした。そのゾクゾク感には病みつきになる蜜の甘ったるさが隠されていて、あくどいまでに不気味で爽快だ。


神楽は途切れた砂浜からいっきに海に浮かんだ切り立つ岩の上を、ぴょん、ぴょん、と飛び跳ねた。
もし、さっきここらの岩陰でああなっていたら、あそこまで抵抗したかどうかわからなアルナ……なんて呑気に考えていると、銀時の声に悲鳴じみたものが混ざった。


「オイっっっ!! 」


どちらかに転んでもタダではすみそうもない分水域を、明るいブルーのチャイナドレスを着た美少女がひょいひょいと歩いていく危うさ…。しかも…



チリン、 チリン、
。。。チリン、 チリン……




追えば追うほど、まったくなんて悪趣味な鈴だと思う。あまりに神楽に似合いすぎているからこそ、買ってやった男の本心が憎い。銀時は内心で悪態をつき、魔の香りを持ちながら明るい陽光の下で爽やかに笑っているような少女の後ろ姿に、離れられない不気味さを思った。なんとなく神経も病みつきになる毒の酒に似ているのかもしれない。だからこそ、その味に引きずられ、おかしくなっていくのだ。


追いかけてきた銀時が分水域に足を踏みこもうとしたとき、神楽が数メートル先で困ったように振り向いた。 …──どうやら、それ以上は無理だったらしい。
捕まる気があるのかないのか、じっと動かないので、ふたりして暫くのあいだ肩で息をしていた。



「相変わらず、すばしっこいな」


額にかいた汗をぬぐって銀時が声を張り上げると、神楽が黙ったままベーっと舌を出した。
呼び寄せる前に銀時は自分で一歩近づいた。
蒼い波が岩間に当たって砕け散っては、白い泡となってその辺に漂っている。
自分のいるところはまだ浅そうだが、神楽のいるところはもう少し深いのかもしれない。
どんどん間隔は開いていくのに、逆に狭くなっていく浮岩の上を辿っていきながら、銀時は神楽がおとなしくしているのに意気揚々とした。 



「もう逃げんなよ?」



一歩、 一歩、 近づいていく。
逸る心とは裏腹に、ふたりとも無表情を貫いていたが、もうとっくに笑い出してもおかしくない雰囲気だった。
股間の痛みも少し後を引きずっているぐらいで、すでにそんなに痛くはない。 いっときは禍根を残したらどうしてくれるっ! とまで考えて、捕まえたあかつきには仕返しを覚悟してもらおうと誓ったほどだが、自分が迎えにくるのをうずうずして待っている神楽を見ると、そんなことは銀時の中から綺麗さっぱり吹っ飛んでしまった。


「………捕まえた。」


自分より高い位置にある岩の上の神楽に手を伸ばし、その小さな指先を引き寄せるようにして言う。すると神楽がとうとう、プハっ と笑いだした。
銀時も我慢できず見上げたまま苦笑うと、ますますケラケラ笑いだす。
少し力を入れて降りて来いと求めた。 膝を屈ませ傘を持った両手ごと彼に伸ばしてくるので、そのまま抱き寄せた。 汗ばんだお互いの体温が爽やかな海風のなかで溶けあう。


「逃げたって無駄だぞ」
「うん?」


神楽はすっかり諦めたふりをして、銀時が安堵したように腕を強めるのを味わった。銀時がバランスを崩せば、ふたりして海の中か、切り立った岩に直撃する。でも、そんな危うさが、いい。 



「私は銀ちゃんだけのものヨ?」



神楽は銀時の頬を片手ではさんで、また笑った。 おマセにも… くいっと持ち上げてみる。 精いっぱい走ったせいか、少し獣くさい男の汗が、潮の香りとあいまっていやにセクシーだ。


銀ちゃんだけのものヨ?


謳うようにそう繰りかえす神楽に、銀時は内心またも傷つけられた自分を押し隠す。
手に入れたと思ったら、またすぐいつでも逃げだしそうな、おそらくこのあと、いくら掌中におさめたところで、神楽は自分の許にとどまりはしないのかもしれない。本当に浮気しながらも銀時を愛していきそうだ。いとも簡単に男の純情を踏みにじり、それでいて打算なく最後まで 「貴方だけのものヨ?」 などと言いつづけて…。





「貝殻さがしに行くか」
「うん♪」


神楽を抱っこしたまま、銀時はゆっくりと砂浜まで戻っていった。






ジョゼと虎と魚たち












fin





Clean Bandit/Stronger
僕は強くなりたかったんだ
君の全てになりたかった
僕が弱虫じゃなかったら君は信じてくれるかい
君が僕にしたように愛せるかな?

君が大好きなように僕を愛してよ
僕にしてほしいようにさ
君が愛おしいほどに僕を愛してよ
僕にしてほしいようにさ





04/24 16:01
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-