静かに稲妻を走らせる








(神楽がそこにいる……)



鎮められた凶暴がむくむくと持ち上がってくる。まるで立ち上がったコブラの頭だ。一、二秒の後、銀時は立ち上がって鍵を抜き、扉を引いた。
薄暗い中に、大きく見開いた神楽の目があった。意味のない上目遣いの目を銀時にあてている。


(この目だ。たちまち俺を自分のものにした、この目だ……)


神楽がのろのろと入って来て、銀時に目をあてたまま、扉の左側の壁に体をもたせるようにして立った。神楽の目を幽かな、気づかない程の怯えが掠めたのを見た銀時の顔が、頬がざらついたようになって引き締まった。
神楽の目が銀時から外れ、意味なく漂い、再び銀時に還る。とっくに門限を過ぎているのに、謝りもしない。いつもの不動の目になっている。
神楽は銀時の様子に、何かを感じ取ったらしいが、神楽の恐怖は神楽の核まで届かないようだ。神楽は銀時だけではなく、見知らぬ男やサディストからもなにかを潜めた目によって、恐怖というものを覚えたが、神楽の恐怖はつねに神楽の核心までは届かずにいる。ひょっとすると、神楽という果実は核心を持っていないのではないのだろうか? だが、銀時に対しては分かっていてやっているのだ。
神楽の左の手のひらが、脚の上部の辺りのスリット際の布を上から捻るようにしている。それが銀時を刺激する。
神楽が無意識にやる媚態である。幼いころからの癖だ。無意識の媚態は男を罠にかける。男をその女の中へひきずり込む。
その動作が銀時のサディスティックな感情に火を点けた。


銀時が神楽の前に立ち塞がり、骨太の大きな掌が神楽の首にかかった。首を締めるような形に、掌がそこを上から下へ、撫で下ろすようにする。
淡い縁取りをした、カナリア色の夏服が汗ばんで、チャイナ風の襟の間から、決して忘れることのない百合の茎の香りが銀時を襲った。上目遣いの神楽の眼が無心の挑みを湛え、両手のひらの指が銀時の掌にかかって、除けようとする。指に汗が滲んでいる。
銀時の掌が神楽の首を抑えたまま、またゆっくりと、撫で上がる。神楽からは、わずかに煙草の匂いがした。


「土方くんと会ってたのか」


神楽の首の両側を抑えつけた二本の指に力が入った。
神楽の咽喉が小さく鳴った。上目蓋にひきついていた瞳が落ち、大きく見開かれる。
銀時の目が牙のように尖ってそれを覗きこんだ。依然、無表情な目だが、苦しげだ。だが肉体の苦しみだけのようだ。
それがさらに銀時を惹きこむ。


(おまえの苦しみは、肉体だけなのか…)


銀時の指に力が加わる。神楽の指がゆるく動いて、最初の時に比べて明らかに肉のついた肩が腰もろともくねる。くねる、というよりは、くねる気配のようなものだ。銀時の狙った悔いと怖れはそこにはなくて、銀時が指で、目の端で、捉えたのはふてぶてしい媚態である。しかもぼんやりとした、無意識のそれだ。


「公園に……」


神楽がまた意味のない上目遣で、ぷっくりとした口を開いた。


「いたアル」
「………土方くんが?」


神楽がこっくりと頷く。
自分は何も悪いことをしていないと、分かっていてやっている眼と不満げな唇だ。
銀時は不意に、肉体の内部に衝撃を覚えて掌を神楽の咽喉から離し、立ち身で神楽を見下ろした。


「会いに行ったんじゃねーの?」
「そんなことしない」


偶然会ったのだというニュアンスで神楽が口にするので、銀時は徐々に全身から力が抜け落ちるのを感じた。


「遅くなったのは、今まで一緒にいたからか?」
「違うネ」
「じゃあ、今まで何してたの」
「ぶらぶらしてた」
「何で門限やぶったの」
「銀ちゃんが怒ったから」
「怒ってねーよ」
「怒った…モン」


幼い言い方に、銀時は神楽の眼を掬い入れるように覗き込む。熱病に冒されたような男の目が妙に眉にひっついて見える。
神楽を教育しようとした自分も悪いが、泣きながら出て行った神楽が、すぐに帰って来るとも思わなかったのに、それでもココで、我慢して待ち続けた自分のケジメに、じんと安堵が押し寄せてくる。もう9月だが、もしかしたら、熱中症で倒れていないかと酷く心配したのだ。
ちゃんと銀時の巣に帰ってきた神楽に、本当はぎゅっと抱きしめて頬ずりをしてやりたい。玄関に入ってきた途端、煙草の匂いを幽かにさせた神楽に我慢ならなくなったが…。
今度こそ掌をそっと頬にやり、銀時は神楽の顎から頤を包み込んだ。その優しいしぐさに、神楽が子猫のようにそっと頬をすりよせる仕草を、思わずといった感じで返した。銀時はようやく神楽を抱きしめた。


「おかえり」
「……」
「ただいまは?」
「……ただいま」


神楽が不貞腐れたように言う。それでも可哀らしい仇な気配のある自分のお姫様に、銀時は靴をぬぐよう促して家の中に抱え入れる。
とりあえず、和室に直行だと、神楽にもわかるように顔じゅうにキスを落とし始めた。










fin



07/19 17:15
[銀魂]




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