フラジール -1-










「かぐら、明日どっか行こっか?」
「いいけど、どこに行くネ」
「…まだ決めてないけど、行きたい所でもあんの?」
「うぅん、別に」












思うに俺たちは、安寧を求めていたような気がする。
恋人同士のように腕を組んで、べたべたと仲睦まじく歩くのだって嫌いじゃないが、のんびり隣に寄り添って他愛のない会話をすることの方が、望まれた。性に会わない訳ではないが、そういう、いつか燃え尽きてしまうモノよりも、低温のまま燻り続けるモノの方が、求めている形に限りなく近いと錯覚していたから。


俺たちが出会った頃に欲していたものは、安らげる場所だとか、帰る場所だとかそういった類の、自分が『あの日』『あの場所』で失くさざるを得なかったものの奪還と言っても過言ではないようなもので、決してキレイなものばかりではなかった。二人して踏み込めない場所には触れないように気を配って、優しくし合ったり、庇いあったりしながら、黙って側にいた。
どうしようもなくぐず折れそうなときも、打ちひしがれるときもずっと。
そういう自己犠牲的な関係さえあった。
でもそれはきっと自分の為でもあったのだと、最近では思う。お互いを支え合うフリをして、本当は自分を奮い立たせていた。
アイツのことも、自分のことも、目を背けられないから、全てのことに布をかけて見えないようにして逃げた。




そうやってまた闇雲に、くだらない庇い合いをし続けている。




俺も神楽もそのことを口に出すことはないが、お互いに肝心なことも言わないできたから、いつしか、引け目を感じてぎこちない雰囲気が流れることも少なくなかった。
なのに、そのことにすら気づかないフリをして、この世界の誰よりも深く、俺はアイツを、アイツは俺を愛し続けている。馬鹿みたいに、現在進行形で。
この否定されることのない世界は、怠慢さばかりが目に付く。 だから、相変わらず現状打破の糸口を見つけられないままなのだ。
もちろん危機感はある。 でも、どこか漠然としていて手をつけられずにいたのも事実で。
だから今日のように、アイツを誘ってみるのは久しぶりだった。
本格的に胃が痛くなるくらい考えて決心したというのに、当の神楽は平素のような無邪気さで、二つ返事を返すだけだった。あどけない笑顔までついて。
安心する反面、あまりのあっけなさに一人でこっそり落ち込んで、でも最終的には嬉しさの方が勝ったから、この際胃の痛みはなかったものと考える。
本当は、行き先は決まっていた。 決めたのだ。
それで何が変わる訳でもないが、自分達の関係が少しでも変わればいいと願いながら。







「どこに行くアルか?」



電車に揺られながら、隣に腰掛けた男に聞いてみても、言葉を濁すばかりで明確な答えは返ってこない。
けれど、決して不快なわけではない。むしろ、少し興奮しているのか、声のトーンがいつもより少し高い。
気づいて欲しいような、気づいて欲しくないような複雑な心境を胸に、窓の外に視線を移した。みるみると写り変わる景色は、終わりのない絵画のようで、あまり突出した移り変わりはないものの、見ていて飽きない。
静穏で暖い光に満ちている、ただひたすら優しいだけの世界。





先日、新しく買ったチャイナドレスを褒めてくれた男も、珍しくこれに通じる空気を纏っていた。それこそ万事屋なんていう、一年の半分がプー太郎に近い職業ではなくて、地位と名誉と金に恵まれた、エリート警察官。
別に、今までにも、暇つぶしぐらいにはからかってやったことはあったが、その日は過去遭遇した中でも、いちばん雰囲気が柔らかで、ふてぶてしいのにお人よしで憎めない、どことなく銀ちゃんに似ている、やっぱりそう思わずにはいられない男だった。
勿論、機嫌のいい男と話していて不快だとは思わなかった。好きだとかそういう話ではなくて、どこか遠い世界の面影を眺めているようなそんな気分になれたから。
もし銀ちゃんと男の職業が入れ代わったとしたら、常に自分の側にいるのは、今度は彼だったんだろうかと思うと、少しだけ胸が躍ったのだ。





ぼんやりと窓の外を眺めていたはずなのに、自然と体が傾いていて、無意識の内に銀ちゃんの肩にもたれる姿勢をとっていた。
それに気づいたのは、不意に銀ちゃんの指が下ろしたままの髪を梳いたときだった。この3年で、腰まで伸びた髪は、さらさらと彼の指を通ってゆく。


最近では、こんな風に自然に触れ合うことがなかったと、今更ながら気づく。
騙し合いと言うには稚拙で曖昧な関係に、気が遠くなるほど疲弊していた。 疲れていたのに捨てられもしないから、不用意な嘘で取り繕って、馬鹿みたいに傷ついて、いつの間にかぎこちなくなって、触れ合うことすら上手く出来なくなっていた。
だから、今こうやって、自然と触れることが出来たことに不覚にも涙腺が緩んだ。
たったこれだけのことなのにと思う半面、けれども今の私には何よりも必要なことなのも知っていた。
どうしようもなく世界が滲んで、ただ零れないようにと、誰に言うでもなく祈った。






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07/02 17:13
[銀魂]




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-エムブロ-