皿の上にはカモメ







欲しいと言ったものを、銀時はちゃんと覚えていてくれる。神楽は嬉しかった。


シーツの上に海で拾ってきた貝殻と、買ってもらったばかりの透明なおはじきの貝殻をのせて、眺めてみる。
うつ伏せになって頬杖をつき、サイズの合わないバスローブの裾から伸びた二本の足が、空中でバタアシするみたいに嬉しくてしかたがないのだとリズムをとっていた。
あれからふたりはしばらく海で過ごし、また江戸に帰ってきた。
夕食はさっきこの部屋で済ませたところだ。お風呂も入った。今日はこっそりお泊りすることになっている。新八に黙ってのイケナイ夜遊びは、神楽の中のアプレゲールな魔の癇癪をこれでもかと象徴させる。気味が悪いほどだ。
奔放で、自由な生活を求める、恐れを知らぬ、幼きもの。
不健全な危うさこそが官能を生む。


神楽はいくつかある本物の貝殻と偽モノのそれを見比べて、にんまり、微笑った。
どれも甲乙つけがたく自分のお気に入りになりそうだったが、あえていうなら、銀時が見つけてくれた桜色の小さな貝殻がいちばん好きかもしれない。


愛情、 努力、 勝利。


どこかの少年漫画でうたわれるような台詞を口にして、神楽はバタアシをパタパタ速めた。


「愛情、努力、勝利って?」


風呂から戻ってきた銀時が髪をタオルで拭きながら、先ほどの神楽の口ぶりを真似してみせた。こちらはバスローブもちゃんと型にはまっている。オトナだ。…そのくせ一緒に風呂に入りたくないと言って駄々をこねた自分にムスっとしていた男の顔を思い出して、神楽はまたも足をバタつかせた。
桜貝を小さな手に握りこんで、「ふふっ」と一回転、仰向けに笑う。


「ご機嫌だねぇ」


銀時がベッドの端に座ってそんな神楽のようすに目を細めてくる。

実際、神楽は満ち足りていた。心が満ち足りていた。
エッチなんかしなくても、いまこうして自分の足の裏をくすぐるように悪戯してくる銀時の愛撫だけで、笑い疲れて睡ってしまいそうだ。


「鈴……つけてヨ」


神楽は右足で男の手をシっシっとするようにしながら、そこのソファの上に置いてあるリボンのチョーカーを指さした。銀時が怪訝な顔をする。


「ヅラが、お風呂以外は外しちゃダメって言ったアル」
「お妙に買ってもらったんじゃないのか?」
「……あ」


しかし、どうでもいい嘘がバレても神楽には何の痛みもない。
それがわかっているので、彼女が銀時を見た時には、すでに彼はソファに向かっていた。

鈴つきのリボンを持ってまた戻ってくる。

ベッドに乗りあげ、悪びれないこの嘘つき娘の傍らに膝をつき、何故だか少女のほうが不平を訴えるようにぷっくりと膨らんでいる唇に、そっとキスをした。
大体……、嘘をつく原因も、そのすべてに善悪の薄いところからくるらしく、何となく、嘘を吐くのだ。自分でもよくわかっていないあまり深く考えないところで、神楽はたまに嘘を吐いた。
それも神楽の場合、『別にどっちでもいいや』という精神の表れであるかも知れないし、また義務っぽいものへの反抗であるのかも知れないところが、銀時もいまだよくわかっていない。人というものは、嘘を吐いてはいけないということが、どこかで、何かによって自分たちの知れぬうちに定められている。絶えず、真実のことを言わなくてはならない。という、たいていの大人が、神の命令を取り次ぐようにして押しつける、義務のような固いもの、掟というものに不快と反感を感じていることが、そういう妙な嘘になって、神楽の場合は現れるのかも知れない。
実際のところ神楽の気分によってそうなる感覚的なものであるからして、当の嘘をつかれた本人は、それを見破ったからといって、凱旋を上げて説教するにはあまりに温度差がありすぎる。時に歯がゆいその掻痒を、我慢するよりなかった。
それに、神楽の、この理由のない嘘をつく癖を、ひどく可哀らしいものとして受けとっている自分を、銀時はとうに自覚しているのだ。




「リボン結びじゃなきゃやーヨ」
「わかってる」


唇を離した銀時は、神楽の足もとにまわって、「どっちの足だ?」というふうに両足の爪先をくすぐった。今日、銀時が拾った桜色の貝殻にも似た小さな小さな薄い爪。神楽が寝転んだままふにゃふにゃ笑い、大胆に振りあげた右膝を男の前で折りとどめる。その拍子に浮きあがったバスローブの合わせ目から一瞬、白い太腿のつけ根が、下着をつけていない丸見えの恥丘が…、銀時の目に焼きついた。
神楽は気づいていない。バスローブの裾が乱れたのにもかまっていない。自分の右足に男をかしずかせ、いっそう満足げに微笑んでいる。


無邪気な放恣に、悪の花園。


単なる善良な美人がコレに適うはずがなかった…。
他人がとやかくいったところで、いま最も神楽のちかくにいるのは自分なのだ。
たとえどんなに追いつめられようと、銀時には神楽に触れることを許された特権があるし、ふたりでいるだけで満ち足りた気持ちになれる。たとえそれがうたかたの幸福だとしても…。


『なんでも、私のいうこときいてくれるアルか?』


そう訊かれたら、まちがいなく自分は仕方ないなといった顔でうなずくはずだ。わかりきったことだ。 


───こんな俺に、慈しみに満ちた愛が必要か?


ちがうだろう。


銀時はうっすらとわらっていた。
神楽の折れそうな右足首に、ゆっくりとリボンを結んでやり、小さな金の鈴をチリン… と指先でもてあそぶ。それからシーツに散らばったままだった貝殻を彼女の専横な瞳が見守るなか丁寧に拾いあつめ、サイドテーブルに置く。最後に神楽が握ったままだった桜貝も、接吻けながら繋いだ手でもってやわらかく奪いとった。


「やーヨ…」


チリン…


神楽が困らせようと泥棒の手にすがって起き上がってくる。


「いい加減にしなさい」


遊ぼうとする仔猫のバスローブに銀時は手をかけた。


「銀さんはな、昼間っからずっと欲求不満で死にそうなんだ」










fin


more
04/25 17:07
[銀魂]




・・・・


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