「銀ちゃんが20分で帰るって電話するから〜、あんまりお洒落できなかったアル」


リン リン リン リン… とリズミカルな鈴の音とともに後ろから話しかけてくる。


「……十分、目立ってると思うけど?」
「そうアルカ?」
「ああ…」


むしろ、目立ちすぎて問題だ。神楽の纏うチャイナドレスは、それでなくても着物が主流のこの国では露出が大きい。丸い袖から伸びる腕や、ミニスカートから惜しげもなく出される白い脚は、小さい頃から着物の女に慣れ親しんできた男なら誰でも、つい、変なところに視線がいってしまう。それは銀時も然りだったが、無自覚でいて大胆な神楽にはいつもハラハラさせられた。それにいつも思うことだが、どこに入る時でもやたらと目を惹きすぎるのも落ち着かない…。


「じゃあ、銀ちゃんにとったら何点?」


唐突に尋ねられて、銀時は煙草も吸っていないのに噎せそうになった。


「さっき、銀ちゃんを待ってる間に、可愛いって何度か声かけられたアル。やっぱ私って可愛いアルよネ〜」


黙っている銀時をからかうようにして神楽はクルクル傘を廻しているようだ。銀時の足もとにその影が映りこんでいる。


「ねぇねぇ、何点アルカ?」


信号でようやく並んで、少女がチロリと彼に答えを促してきた。
銀時は困ったように彼女を見下ろし、95点…かな、とぼそっと口にする。この前の白いワンピースも好きだったが、夏物の派手なプリントも神楽にはめちゃくちゃ似合っている。
100点満点と言われるより感情が込もっているので、神楽もニンマリと方向転換した。


「私、欲しいものがあるネ」


またチロリと見上げれば、今度はホッとしたように、 何だ? と目が問うてくる。


(ああ……)


神楽は胸に湧きだす甘い蜜の滴りとともに、蜜を舐めとるように銀時に微笑いかけた。


それは、確信とともにやってくるのだ。


この男に甘やかされるいくつかの瞬間が、神楽の無尽蔵に愛情を喰いたがる『貪婪な獣』を幸福でいっぱいにする。贅沢を許してくれることが重要なのではなく、底なしに我儘ぶりたい自分の愛の欲望を、どうにかして叶えてくれようとする銀時の態度に、神楽は甘い、セクシャルな、ふたりだけの蜜の世界を垣間見る。布団の上で抱きしめられるあの暑苦しい時間も、神楽の『貪婪な獣』は満足するにはするが、こうして周囲の日常と同化する中にありながら、男の無尽蔵な愛情をガウガウと噛みしめる専横な歓びはひとしおだった。


「高いもんなら、今日はあんま持ち合わせねーぞ」


仕事は入ったが、あまり報酬はよろしくない。


「高くないモン」


実際、神楽のおねだりするものは、本当にいつも銀時にとってはたいした額ではないので、たまにはもっと高価なものをと思ってしまうところがもう……彼自身『ダメ』になっている致命的患部だった。
むしろ、目が飛び出るぐらい高いものをねだられたとしても、たぶん自分はやすやすと許すだろう。
きっと簡単に許す。
質素でチープなものをこよなく愛する、その贅沢な見た目とのギャップが───それこそ酷く気に入っているはずなのに…。
結局、自分は神楽の何にここまで入れ込んでいるんだろう?
よくわからない。
でも、質量が無いものを信じない奴は愚か者だということは、もうとっくに理解していた。
ひと昔前ならそれこそ、地球の化学者たちはこぞってまだ見ぬ宇宙の果てを論じ、自分たち人間だけが神に命を吹きこまれた唯一の生命体だと傲慢にも信じていた。
だが、宙に果てが無いということをその当時からこの眼で確認した化学者が一人でもいたか?
いないだろう。
今もいない。
存在するから立証するのではなく。
立証することで初めて存在を得るのだ。
それなのに愛は幻想だなどと叫ぶのは、混沌とした不毛な考えに酔っているからだ。
銀時はすでに過去の自分の愚かさを立証している。
そして今も自分自身で立証しつづけている。
それは彼の中で行われていることに過ぎないが、それに呼応して時々この娘が困ったり、怒ったり、照れたり、濡れたり、喘いだりするのは、結果、証明、そういったものに他ならない。



信号が青になって神楽がまた銀時の後ろを尾行しだした。



「今日はどこに行くんだ?」
「う〜ん…」
「暑いし、プラネタリウムか?」
「ん…」


しばらく考えていた神楽だが、何を思ったのかパッと彼の着流しの袖を掴んで、Uターンしはじめた。


「うぉっ… オイ!」


車が動き出しそうになっている点滅した信号機の横断歩道を二人で走り出す。
信号を渡りきっても神楽は、銀時の袖をぐんぐん引っ張って走ったままだ。


「神楽! おいどうしたっ!!」
「あのネあのネ、海に行きたくなったアル♪」
「はぁ?」
「これから海に連れてってヨ! 銀ちゃん!」


走りながら神楽は銀時を振り返って、その、どうしても『嫌』とは言わせてくれない───いま目の前にしている相手が絶対に自分の我儘をきいてくれるものだと───信じきった目で訴えてくる。
初夏の陽射しが傘越しにきらりと光った。
神楽がまたくるりと前を向く。
銀時は一言もいいとは言っていない。
なのに、彼はされるがままに引っ張られていく。
人々の視線がさまざまな意味を含んで追い越すふたりを捉えていく───。
ふたりして恥ずかしげもなく町を疾走し、駅まで辿り着いたころには、不思議と爽快感に気持ちは弾んでいた。





いつも、こうだ。





銀時は少しばかり上がった息を整えて、神楽の髪に揺れる解けかけのリボンに触れた。
胸の高さにいる神楽は息ひとつ乱さず、海までの片道切符の値段を探している。もう一度片方のリボンの端を引っ張るようにして結びを硬くしてやると、「うん?」 と自分を見上げる神楽に、銀時は情けない顔をさらしてしまった。
理屈や原理など何もかも無視して、この、ふいに起こる化学反応のような瞬間を本当は自分こそがいつも待ちわびている気がする。
どこまでも純粋に、相手の気持ちなど無視して。
ひたすら道連れにされる、この、独善的な支配慾に、限りなく救われている気がする。
自分が決してできないことを平然とこなすこの仔に、深い、安らぎを感じているなど、絶対に言えやしないけど。



いつまでも道連れに。



決して言えない言葉を胸に、銀時はそっと神楽のリボンから手を離した。



そのかわり、できるだけ許すから。



海までの片道切符を二枚買って、彼は最後にお決まりの 『仕方ないな』 という顔を作って、少女の笑顔に応えてみせた。








04/23 16:58
[銀魂]




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