サランボーの潤んだ炎 -4-






『終わったんだから、もう寝ろよ』


その言葉は、頭にはある。が、口に出すことはできない。
頭が朦朧としているから、というわけではなかった。自分がそれだけのことを言える存在にも思えないし、そう言うのが、余裕ぶっているというより、酷く強がっているように思えるのだ。そしてそれは、実際当たらずも遠からずだった。
銀時は、陶然と自分を見上げる神楽の瞳に引き寄せられるようなキスをした。
乱れた前髪に隠され、銀時だけを映して輝くコーンフラワーブルーごと口に含み、まぶたを舌先で転がす。豪奢な睫毛が前歯と歯茎にちくちく当たる感触を、おとなしく施される愛撫を甘受している眼球の動きを、そのひとつひとつを脳裏に焼き付けるごとくゆっくりとねぶる。








「……ぎ、銀ちゃんとキスしちゃったアル」


神楽が、飛び跳ねるような歓びを伝えた。首に回した手は離さない。神楽がしゃべったことがきっかけになり、銀時も貪欲な唇を止めることができた。


「──……すげえ甘かった……

けど…、これで、おしまいだよな……。銀さん、仕事があるし…」
「ううん、まだ終わってないヨ…。キスだけじゃないもん。ね、こっち来て、銀ちゃん。訊きたいことがあるネ」


神楽は銀時の手を引っ張って立ち上がらせると、ソファに誘った。まずいことをやるというそぶりではなかった。座って話をしたいのだ。
銀時は神楽と並んでソファーに腰を下ろした。左側にいる神楽はまじまじと銀時を見つめ、そして言った。


「銀ちゃんて、私より甘いアルヨ、きっと。いっつも甘ったるいもんばっか食べてるからネ。たぶん血まで甘いのヨ」
「糖尿だって言いたいんか、コラ」


ケーキの上にのった砂糖人形のように甘く可愛らしい神楽を、銀時は見つめ返した。キスを交わしたからか、神楽の言う銀時の“甘さ”が、何かリアリティのようなものを伴って感じられる。


「ちょっと訊きたいけど、いい?」
「あぁ」
「ね、銀ちゃん。処女の女の子と、経験とか、あるアルカ?」


一瞬停止した後、銀時は鼓動を鎮めるようにゆっくりとかぶりを振って否定した。爛れた女との関係を別に恥かしいとも思わないが、どちらかというと後々引きずるような面倒臭いことが苦手だったのは確かだ。鬼門となる関係を暗に避けて通ってきたといったほうが正しいだろう。


「キスとかも?」
「…はぁ?」
「だから、処女とキスしたこともないアルカ?」


少し心配顔で神楽が言うので、銀時はこれにも正直に頷いてやった。


「ほんとに?」
「あぁ、嘘言ってどうする」
「じゃ、銀ちゃんの初体験になるアルナ」


神楽はパッと明るい顔になって抱きついてきた。


「ちょっ…勘弁しろって!何その素人童貞みたいな考え方!」


小ぶりな乳房が胸で撓み返る感触に、銀時はたじろいだ。神楽はそんなことなど頭にもないというふうに、甘い息を吹きかけながら続ける。


「ね、女ってバージンあげた男を一生忘れないとか言うけど、男だってそうだと思うのヨ。そうデショ?」
「…ッ、悪いけど俺はバージンじゃねーし」
「大丈夫ヨ、わたし処女だから、銀ちゃんもバージンになるネ」
「か、神楽ちゃん? 基本的に考え方おかしいからね。だいたい男はバージンとか言わねーから」
「でもバージンっていうのは、初めてって意味デショ?」
「だ〜か〜らっ、銀さんは初めてじゃないの!」
「…嘘…ついたアルカ? さっき処女は初めてって言ったネ」


間近で見つめる瞳がぶわりと揺らいだ。


「あー違う!違うからね!処女は初めてだって!でも、セックスは初めてじゃねーの!」
「……そんなのわかってるヨ」
「………。」


じゃぁいったい何が言いたいわけ? と銀時は混乱のままに訳がわからないと視線を送る。神楽はニッコリ微笑んだ。


「知りたくないアルカ?」
「……何…を、ですか?」


神楽が銀時の肩に手を置いて、よじ登るようにして耳まで唇を寄せていった。


銀ちゃんのバージン


吐息のように囁かれて、背筋がゾクゾクする。
ソファーで膝立ちになった神楽が、同じ目線で、銀時を捉えている。


「もう、時間遅いから、…寝ろ。
な?」
「遅くても寝ないもん」
「俺、仕事あるって言ってんだろ」
「仕事あっても一人じゃ寝ないアル」
「ガキじゃねーんだからさァっ、もう」
「ウン。ガキじゃないアルヨ」
「ッ…つか!お前、エールを送りにきたとか言ってたじゃん!」
「送ってあげるヨ」


笑いがこみあげてきた。なんだこの会話はと思いながらも、神楽は銀時の手を掴み、胸に触らせた。銀時は慌てて引っ込めた。
が、すでにその円やかさ、柔らかさ、弾力を知ってしまっていた。どうにか鎮まっていた下腹部が今また熱を上げ、狂おしく疼いた。


「触ってくれないの…」
「神楽いい加減に───
「じゃ、こっちネ。こっちだったらいい?」


神楽は両手で銀時の左手を握り、腿に触らせた。華奢な腿の、一番肉厚なところだ。もっちりとしたとろみは、まるで生肌に触っているような感触を銀時に与える。吸引力とでもいうのか、無理やり離すことのできないものがある。


「〜〜〜ッ、神楽、本気で怒るぞ、こんなこと……」


そう言う声にも力がない。とろけるような接吻けの感覚が蘇ってくる。


「こんなこと、じゃないアル。私、だって……銀ちゃんのバージンが欲しいネ…」


甘えるように銀時の腕に胸を押しつけ、神楽は腿に触らせた手を内側に誘い込んだ。もちもちとした内腿は、乳房に負けないのではないかという柔らかさだ。その手を神楽は、両内腿できゅっと挟み込んだ。
手が、熱と湿り気を持つ内腿に吸収される感じを受けた。下腹部の疼きが、勃起という肉体反応に具現した。


「ねェ、銀ちゃん……私ネ、気持ちよくなる方法、知ってるのヨ」


内腿での挟みつけを強めて神楽が恥らうように口をすぼめる。何のことを言っているのか、もちろん銀時にはわかった。しかしそれよりも今は、トランクスの中で変化しはじめてしまったもののほうが問題にも思えた。勢いは止まらない。焦りに身体中の毛穴から汗が噴き出た。


「男も、たまったりするんデショ」
「………」


何が、とはいえない。挟みつけられた手を、引き抜きたい。しかしそうするだけの気力が、ない。


「銀ちゃんもたまる? たまったとき、どうするネ?」
「………」


気を奮い立たせ、手を引き抜こうとした。拍子に神楽が腿をゆるめた。が、抜かせてはくれなかった。両手で掴んで離さず、もっと奥にずらそうとする。そして密封してしまう。
手は、今、パジャマのズボンの股に触っているのだ。あと数センチで、少女の部分そのものに触れるだろう。じっとりとした、生々しい湿り気が感じられる。


「ね、私もたまったりすると思う?」
「……さァ、わかんね」


そっけなく返事するも、内腿の湿り気が肘から二の腕まで上がってきている。柔肉に埋もれた手のひらと指は、感覚がないように思える。
ズボンのなかは、もう息苦しいほどの閉塞感を感じていた。陰茎には雄々しい脈動が起こっている。


「たまったら私、どうすると思う?」
「………」


ひどい眩暈に襲われた。
今日の神楽は、ほんとにどうしたというのだ。エールを送ると言った。甘いものが欲しいかと聞いた。今までにもずっと考えていて、こういうことをするつもりだったのが、さすがに実行に移せずやめていたのか。ずっと前から、今日この日に決行する、と決めていたのか。だがいったい、どこまでのことを考えているのか。


「私が銀ちゃんのこと思ってしたりしてるって言ったら、銀ちゃん、どう思う?  私のこと嫌いになっちゃうアルカ? 銀ちゃんは、私のこと思ってしたりすること、あった?」
「………」


否定することも頷くこともできずに銀時は神楽を見ていた。けれど、形でこそ「見ている」だけだが、目には靄がかかったようになっていて、間近の顔もぼんやりと霞んでいる。
そんな銀時に、神楽はさらに衝撃的なことを仄めかした。






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05/06 17:22
[銀魂]




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