少女のうぶ毛の口まわり







「神楽ちゃん、蛇苺の実とりに行こう」
「ウン!」


二人は縺れるようにして、食堂の横から上がるいくらか薄暗い裏階段を登っていく。
梅の実が熟すると、梅酒を料理人に造らせて夏中呑むのを楽しみにしている兄が、竿で二つ三つ落とした隙をついてそよが持ち去るのも、毎年のことである。そよがそれを隠しておき、その中の一つを神楽に与えるのも毎年のことだ。




「……昨日、銀ちゃんと喧嘩して、大嫌いって言っちゃったネ…」
「ふふ、それで今日はちょっと元気なかったのね」
「そよちゃんはお兄ちゃんと喧嘩したりするアルか?」
「ええ、たまには…。でもここだけの話、お兄様ったら梅酒がお好きなの。だから、それさえもっていってあげればすぐ仲直りなのよ」
「梅酒って、梅のお酒? すっぱいアルか?」
「すっぱくて、すごく甘いの。お兄様曰く、アジアが誇るリキュールなんですって」


神楽は『リキュール』という言葉に何かただならぬ素晴らしいものを感じとり、そよの発音を復唱してみせた。


「リキュール…」


微かな吐息が隣に寝転ぶそよの鼻先をすっと撫で、彼女がくすぐったそうに目を瞑るのを見て、神楽は、「リキュール」ともう一度そう呟いた後、


「そよちゃんみたいな、可愛い言葉アルな」


そんなことを言って微笑んだ。
神楽の可愛い口真似に微笑んでいたそよも、胸にシャーリングが施された濃く紅い、両肩でリボンを結ぶタイプの更紗の夏物ワンピースと、薄紅色の綺麗なツインテールとを、真っ白なシーツの上にふんわり広げた神楽をじっと見つめ、


(私より神楽ちゃんのほうが、ずっとリキュールみたいなのに……)


と、そんなことを想う。春の花のように常に馥郁とした雰囲気のつき纏う神楽に、惹かれて病まないのは、そよのほうなのだ。


二人は今、そよの寝室にある、普段使わない空の小型冷蔵庫の奥から庭で盗んだ梅の実を取り出し、顔を見合わせる形でベッドに寝転び、スカートの裾でこすった青い果実に軽く歯を当てている。
思わず口が曲がるほど苦く酸っぱい青梅なのだが、清新な果汁の香りがあって、しばらくすると爽やかな残味も感じられる。全部食べられるようで食べられない……そんなぎりぎりの瀬戸際にある青い果実は、なんとなく背徳を生むのだ。
二人は梅の実の味よりも、その秘密の歓びに酔っている。
それに、神楽は銀時から、そよは兄から、それぞれ、青梅を齧ることを禁じられている。その禁制を犯すことも楽しいのだ。


「梅酒…、銀ちゃんも好きアルかな…」
「きっと大好きよ」


やがて二人は窓の下に椅子を運び、梅の実のような腰を並べて窓枠に肘をついた。
下には綺麗な花壇が見える。白、赤、黄、青、……色々な花が咲いている。けれど初夏の落日を受けてか、そろそろお眠りする時間のようだ。昼間見た時はおおっぴろげに内を見せていた花びらが、徐々に閉じてきているのがわかる。まるで大切な函の中のものを丁寧に仕舞いこむように。
しばらく初夏と晩春の残香ただよう黄昏を楽しんでいた二人は、ふと、正門の方を見て瞬きした。
薄桃色に染まり落ちた夕刻のなか紛れるようにして門前に佇み、呼び鈴を鳴らそうとする銀時の姿を見つけたのだ。大きなお城を前に少しも緊張していないのだろう、最上階のそよの部屋からでもわかるほど、銀時はだらしなく鈴に手をかけている。
そんな銀時を、裏庭の梅の木のある方から歩いて来た爺やが気づいて出迎えた。礼儀正しく頭を下げた彼に、爺やも二言三言返している。
ここでとうとう、神楽とそよは目を見合わせ、息を殺して笑ってしまった。


「それにしても、相変わらず心配性だね」


お泊り会を禁じられた神楽が、遠い距離をものともせず、こそこそとそよに逢いに来るようになったのはいつからだろうか。去年の暮れが最後の夜だったように思う。時に同性にも向けられる銀時の狭隘さを、いささか鼻白むそよだが、『ハテ?』と頬杖をついたまま重心を傾けた。嫌な予感を噛み殺しながらも、そよは神楽に問うた。神楽の気分が平然としているのが気になった。この前は、勝手に迎えに来て怒っていたのに…。


「もしかして、神楽ちゃんが頼んだの…?」
「あ、そうネ! 忘れてたヨ!」


思わずうっかりしてたと言わんばかりに神楽が照れくさそうに頷き、つづける。


「夕方になったら、ここに迎えに来いって言ったような気がするネ」
「わざわざ迎えにこなくても、爺やが送り迎えするのに…」
「ウン、でも銀ちゃんがうるさいから」
「うるさくても……」
「あぁ違う違う、違うヨ。そよちゃんに会いに行くって言ったら、いつも遅くなるから、途中までバイクで迎えに行くって言ったアル。最近はテロリストも出没してて危ないからって。それならもう城まで来いヨってなったネ。だから―――」


そう、銀時は城までバイクで乗り付けたのだ。
久しぶりに銀時と二ケツできるのが楽しみで、神楽は機嫌がよかったりする。いつもは新八の特等席となっている銀時の後ろに、神楽が坐れることは少ない。傘を持つ神楽にとってバイクはいささか交通違反で危険なこともあり、いつもは定春の背中に乗っている。
結局途中まで来るなら、銀時にここまで迎えに来させた方が楽だと、堕落思考に添ったまでであった。


銀時はどうやら城の中に通されたようで、爺やに連れられて歩いてくるのが見える。
気のいい初老の家令が銀時にもぎたての梅の実を自慢しているのを見定めて、神楽とそよは、椅子から下りてまたベッドに転がり、薄暗い部屋の中で顔を見合わせて笑った―――というより、笑った神楽にそよがつられてそうしたというほうが正しいかもしれない。目に見えてふてこい感のある銀時の様子が、神楽の魔女気質を満足させたのだ。


「神楽ちゃんの目、綺麗…」
「そよちゃんの目のほうが、綺麗で可愛いヨ」
「うぅん。神楽ちゃんの眼のほうが可愛くて、大きくてずっと綺麗……」


長くびっしりと生えた豪奢の睫毛の下から、まるで奥の奥まで透けそうな透明なスミレ色が見れて、神楽をうっとり見つめたそよは、謳うようにさえずった。
神楽が背にする窓からは、彼女の瞳のようなスミレ色の夕空が、たなびく雲の隙間を縫って、夜の足音を許している。


「何でかナ…。そよちゃんに言われると、素直に嬉しいアル」
「……他の人にも言われたことあるの?」
「え…ぁ…ウン。たまに、アルヨ。…ほら、世の中には物好きがいるみたいだし……?」


どれだけ太陽の光を直視できなくたって、傘で遮っていたって、隠しきれないセンシィティブが神楽にはあるのだ。


「興味がある人が多すぎるのも困りものよね」
「ん?」
「うぅん」
「…?」


薄暮れのなか時おり発光するように光る、神楽の世にも珍しい瞳をもう一度最後に見納めて、そよはドアの外、近づく足音の気配に心中ため息を吐いた。本当はもう少し神楽と一緒にいたかったけれど、仕方ない。今日はもう充分、彼女とこうして秘密の遊びを満喫し、楽しい会話を独占した。これ以上望んではバチが当たってしまうかも……そう思って、コンコンとドアをノックする音にそよは立ち上がったのだった。










fin

神楽ちゃんの礼讃者のそよちゃん



02/10 18:30
[銀魂]




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