花と隻眼 -2-







何故か、気がついたら高杉、神楽、銀八の三人で学食を共にすることになっていた。
ただ、やはりというかなんというか、予想どおり二人の間で会話は弾まなかった。
二人とはもちろん高杉と銀八のことだが、せっかく一緒に昼食をという状況において、銀八が学食の飯を食べたがらなかったからでもある。なら何故ついて来たんだと、高杉がグチりしたくなったのも仕方なかった。自分という不良に神楽が悪影響を受けるのではないか、といった心配を装うには、些かこの担任はあざとすぎるところがあるように思えてならないのだ。
何より、二人と同じものでいいと了承したはずの銀八が、高杉と神楽が買ってきたAランチ(豚キム定食+納豆)の食券を見て、


「ごめん。俺、キムチアレルギーなの」


と、もう一度自分で買い直しに行ったことがさらに高杉の不信を買った。
だからといっても、二人が山てんこ盛りに盛られた湯気の立つ豚キムチを控えたわけではない。
むしろ、嫌いなら何故ついてきたという先ほどの疑問が、何故先に言わないんだという理不尽さを伴った怒りに変化しかけてきたことで、高杉はなおさら飯を豪快に口に運んでいった。もちろん、別段、銀八の後付けに気分を害したふうでもない神楽も、彼が嫌な顔をしない以上は箸を止めるような遠慮のある性格ではない。アツアツのご飯に眼鏡がくもるのを嫌ってか、外した後は、気持ちいいほど大口を開けてかっこんでいる。
きっと銀八の目には、二人はグラスなどをやみくもに空けていく酔っ払いのように映ったに違いない。
銀八はそんな旺盛な食欲を包み隠そうともしない二人の食いっぷりを、向かいの席から感心したように眺めていたが、しばらくするとじっと座って、黙々とカレーを味わいはじめた。そうしながら、食事中には無駄な私語をあまり挟まず、ただひたすら丁寧に食べ続ける神楽の、その無駄に行儀の良い小動物のような雰囲気ただよう食事風景を、時おり見守ることに専念しているようでもあった。
高杉にとって、この担任の銀八という男は、不真面目な性格破綻者で、いかにも根無し草然とした雰囲気を持つという印象が強い。ただ、チャランポランで死んだ魚のような表情の裏に、生徒達をニヤリと小馬鹿にしながらも従属させるといった、まさに底の知れない怖ろしい一面も持ち合わせていたりすることから、学年中の男女から秘かに『一番敵にまわしたくないセンコー、ナンバーワン』の称号も、受け持っている。ようするに馬鹿にしつつも、半信半疑で信頼している状態なのである。高杉にとってもそれが基本だった。…今までは。



「神楽、ほっぺに米粒ついてる」


銀八がふっと柔らかく笑いながら自分の片頬をツンツンと刺した。


「…ん?」


右手に持った茶碗を一度テーブルに置き、味噌汁を持ち直そうとした神楽は、一度箸を置いて頬をペタペタ触りだす。


「…え…ぇ、嘘…どこヨ?」
「ほら、そこ」
「え…アレ…?」
「ほら、ここだ」


そう言って銀八は頬に付着していた白い米粒を丁寧に指先で掬い、神楽の口許にまで寄せていった。
お食べなさいよという仕草で指先を優しく唇のあわいに押し込まれ、神楽もてらいなくそれをパクっと口に含んでみせる。
高杉の目には、まるで神楽が銀八から出ている見えない糸で操られでもしたかのような光景に映ったが、もちろん神楽自身に誘導された意識はない。あっけらかんとしている。疑問を持たせる時間も、持つ時間も、持つ必要もない、そんな感じだ。
そうしてまた黙々と食べだした神楽を前に、銀八は、時折ぼんやりとしたかすかな微笑を口元に浮かべていた。
ここ最近よく銀八がするようになった(と真面目に登校するようになった高杉の人間観察が認識している)、微笑である。
何というか、思わずイラッとくるような、癪に障る頬の窪みと、刺激物を含んだ視線なのだ。
そんな故意といってもいいほどのさりげなさを装った微笑みを、気だるい顔の下に置く銀八という教師に、高杉は今年になってから(といっても実際は神楽が転校してきてからなのだが)、どこか理不尽なものを感じてならなかった。たとえ今までにも、銀八とクラスメイトとの、日常的な馬鹿げた馴れ合いを見せつけられてきたといっても、高杉自身は、彼個人とは神楽が転校してくるまでそれといったかかわりを持たずにきたのだ。古い知り合いだが、担任という彼が与えられた役職以上に、馴れ馴れしくする間柄ではなかった…。
なのにそれが、神楽が自分たちのクラスに現れた時から、歯車が夜毎にひとつひとつ狂っていくような気がしてならない。
神楽に近づく男子生徒をまるで害虫でも見るかのように、生温かい半笑い……といっても目は笑っていない時が多いので、冷笑とでも言うべきか、まぁどちらにしろどこか牽制を含んだ表情で男どもを制す様は、相手を見下しているふうにしか映らないからだろうか。
それがイチ生徒となってしまった──小さい頃から見知っている親戚の女の子を思っての庇護欲からくるものなのか、それとも、もっと違うところから来る別なものなのか、今日まで見分けはつかなかったが、高杉は銀八にその癪に障る笑みを装われるたびに、彼の鼻っ柱をへし折ってやりたいと思うことが多くなっていた。
そんな自分の感情こそが、どこまでも過保護な保護者として接しているようにもみえる彼のイメージを、ことさらライバルめいたものへと変換しているのかもしれなかったが……。
たぶん、自分が思う以上に神経質になっているのだとは思う。もちろん二人っきりの時間を邪魔された落胆も大きい。
が、これから先、また幾度もあるだろう彼との無言の腹の探りあいを考えると、少々ヒステリックな哄笑が湧いてくるのも感じずにはいられなかった。


しかし、銀八はまったくの穏やかで、じっと神楽を見つめている。言い換えれば、神楽の隣にいる高杉の存在を完全に無視してくれているということに他ならない。
何にせよ、お互い今の状況では言葉を滝のように放出できない以上、こうやって水面下での深読みをスタート地点で溜めていくしかないのが現状だが、やはり高杉は銀八のその顔に一発張り手でも食らわしてやりたかった。


(もっとセンコーの顔でいろよ、馬鹿)


最初、高杉は注意していなかったのだが、それがあまりに頻繁に起こるので気づいたことがあった。
銀八が、食事ばかりでなく、神楽をも貪っているように見えるのが問題なのだ。
神楽は実に食欲旺盛で、食べ終われば、まだ足りないまだまだ足りないと、次から次へとカウンターにご飯のおかわりを取りに行くのだが、そのため席を立つたびに、彼が彼女を目で追っているのに気づいた。
まるで目で神楽を撫でまわしているようで、男の瞳の中にキラメキがあるのを、高杉はそのとき初めて気づいた。
眼鏡を外したぶん、神楽の異様な可愛さが、この平凡な学食内で完全に際立っているのは確かなことで、神楽が動くたびに、他の生徒たちの視線も確実に動くわけだから、別段銀八だけが特別だとは言い難いのだ…が……どうにもそこに純粋なものが一欠けらも含まれていないと感じるのは、気のせいだろうか? 思うに、不穏な匂いすらしてくるのだ。
あからさまな視線を感じたのか、銀八は高杉から観察されているのを察すると、視線を窓のほうに叛けたり、床に向けたりし出した。どこか間の悪そうな様子だ…。


「………。……なぁ、」
「……何?」
「そういえばよォ、服部ってセンコーもアイツと仲良くなってたよな」
「……は?」


あさっての方向から来た質問に、さすがの銀八もここは面食らった顔で反応せざるをえなかったらしい。間抜け面がますます間抜けになっている。


「アイツって、そんなに危なっかしいわけ?」
「……何言ってんの、高杉くん? 支離滅裂で意味わかんないんだけど」
「俺はよォ、気に入った奴には危害加えねーよ?」
「……だから、それと服部先生とどういった関係があんの」
「 ? …あー…そう、だな。別にない…のか。…そうか」
「…?」


怪訝な顔で自分を見つめてくる銀八に、実際、高杉も自分が何を言いたいのかはわからなかった。
とりあえず、瞬間的に頭に浮かんだことを聞いてみただけなのだが……、それが、リアルにも深層心理と繋がっているなどこの時は考えもしなかった。要するに服部も、銀八と同じく何となく神楽に対して後ろめたいものを持っているような気がしていたのだ。それだけだ。
ただ、食後のコーヒーを飲もうとみんなで立ち上がったとき、お腹一杯になって大満足の神楽が食堂を横切る姿を追う銀八の目に、またあの熱っぽさがあるのに気づいて、服部のことはすぐ彼の思考から去った。
思うことは、風のように軽やかな神楽の歩き振りが素晴らしく気持ちよさげなのは事実で、それは認めなくてはならないということ。
でも、それは目を皿のようにする理由にはならないということ。
高杉は子供の頃に舞い戻って、こう言ってやりたくなった。


『おい、何をそんなに必死に探してるんだ?』


…と。まさか、コイツを見て興奮してるんじゃないだろうな。でもそう確信したくなるほど、それほど銀八の視線は熱心なのだ。先ほど一瞬、目と思考の錯覚かと思い直した考えもこうなるとリアルさを伴ってくる。
神楽を追う銀八の視線を、高杉は後ろから追った。右足を骨折しているため一番歩くのが遅いからだといえばそうなるが、前をさっさと行く二人が自分を気遣う素振りを見せないことも要因ではある。が、数メートル後から二人を追い、そして銀八の視線の先の神楽を見つめる今の自分を、我ながら奇妙だと思わずにはいられない。
そうして、自動販売機の前まで三人が来て、神楽が銀八との二人ぶんのカフェオレボタンを押そうとした時だ。
今度は事前に一言断ろうとした彼に、


「神楽、できたら苺牛乳がいいんだけど。だって、俺…」
「…コーヒーアレルギーなの」


ついつい口走った一言で、高杉は耳を火照らせるはめになった。
これはまずかった。この『コーヒーアレルギーなの』という言葉はいつまでも三人の中で渦を巻き、死のような沈黙を生み出した。
銀八を馬鹿にされたような言い方に(実際バカにしたのだが)、神楽が厳しい顔つきで高杉を睨んでくる。対して、銀八は一度肩を竦めただけで、あとはお気に入りの苺牛乳を買うため自販機にお金を入れていたりする…。
わかっている。自分がバカだったとは思う。
でも、銀八のあの目付きが我慢ならなかった。
その冷ややかな素振りの裏にあるものがなんなのか、そろそろわかりかけてきていた。
時折、高杉や他の男子生徒を害虫でも見るかのような視線に曝すこの男に、身の程知らずな邪魔者はいったいどっちだ、と。襟首を掴んで教えてやりたくもなってしまったのだ。






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04/02 12:29
[銀魂]




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