「……何してんだ、 お前」
沖田の呆れた声に、 死人(シビト)は目を瞑ったまま唇だけで答えた。
『うるせー』
あん? 二人が声を揃えてハモった。
とりあえず倒れていたわけではないと内心では安堵したものの、この摩訶不思議な少女の行動にまったく訳がわからないと顔を見合わせる。
「声出せねーのかィ?」
うっとうしい問いだが、仕方なく小鼻に皺を寄せてやる。
「だったら何してんでェ」
だから、
『 うるせーヨ。 葬式中アル』
「は?」
『 お 葬 式 』
そう言ってんダロ。
ギリリと鳴りそうな奥歯を噛み殺し神楽は内心呻いた。 声に出せばさすがにこの神聖な儀式が崩れてしまいそうで、これ以上譲歩してやるつもりは毛頭ない。つーか、オマエらになんで私のやってることをいちいち説明しなきゃなんないアル。野次馬根性まるだしネ。ウゼー。 二度も唇の形で答えてやったのだ、これが最後だとばかりに三度目を終えると、今度こそ黙秘を貫く。
ぎりぎり読み取ったのは……どうやら土方のようだった。
「……自分で、 自分をか?」
さっきよりさらに呆れた声。 神楽も否定はしなかった。けれど…
「なんでまた…」
んな暗い遊びを…と言いたげな声の調子には、とうとう目を瞑ったまま頬をふくらませた。
(───うっさいアルナ〜。 これ以上邪魔すんじゃねーヨ!)
だいいち遊びだなんて神楽は一言も言っていない。
これでもひどく真剣なのだ。
それを知れば二人は笑うだろうか? それとも悪趣味だと失笑してくれるだろうか? どちらもありそうでどちらもなさそう。
けれど、どのみちこの儀式の意味を他人に説明できるものではないのだ。
いつからか自身の人生に茫漠と広がる死の寝床を受け入れた時から、神楽は切り開かれた胸に墓石を終う。それを取り巻く暖かい膿が、とろりと流れてあたりを汚さないように。彼女はこれを抱き込んで、これからも生きなければならない。
死んだものを野ざらしにしておくことを風葬というのだそうだが、それは残酷な風習ではないと神楽は思った。
だってそれは非常に心地良いものだ。
自分の中の 『死』 を擒にするのではなく、土に見送ることで、とても安らぐものだと知った。
自らが処刑し葬っていくその業火に、正直救われる。すると重みはやわらぎ、神楽はいっとき自由になれる。けれど気は許せない。心には、常に墓石を抱いている。
心に創ったその墓地を。
その死骸に土をかけてくれと頼むほど、愚かではなかった。
うっすら微笑みそうにすらなって、神楽は危く奥歯を噛み締めた。
と、その時。
バサッ
「……が駒鳥を殺したの」
唄うような声とともに、神楽の腹のあたりに降りかかるもの。
「……。」
ここまで無視しているのに…、去ってくれるものだとばかり思っていた男の無体に彼女は眉を潜ませる。
自分だけの聖なる儀式を中断されて、はっきり言って最初っから不愉快きわまりなかった。なのに邪魔までされるとは…。手はまだ握り合わせたまま、不快を露わに冷たい殺気が死人から溢れ出す。
バサッ
「オイ…!」
土方が止めるのも聞かず沖田は懲りずに、バサッバサッバサッバサッ… と続けざまに土を蹴った。
死者になりきる少女の腹部がいくぶん埋葬の態を見せてくる。
「オイ総悟!」
バサッ…!
唇にまで飛んだ土の感触にも神楽が微動だにしないので、その静けさが逆に恐ろしくなり土方がとうとう沖田を小突いた。
「いい加減にしろお前は」
「誰が駒鳥を殺したの?」
「あん?!」
「とかいう、唄を歌いながらの “葬式ごっこ” がありやしたっけ… そーいや」
「……。」
このクソ餓鬼どもの行動には自称常識派の土方は本当に苦労ばかりだ。神楽の殺気を伺いつつ、楽しそうに口許を歪める沖田にも目をやり、彼は咥えていた煙草のけむりを盛大に吸い込んだ。
残酷主義のサディストが、この妙なお遊戯を気に入ってしまったのは一目瞭然だった。けむりをまた盛大に吐き出しながら土方は、もう一度死者を見たあと、部下の肩を叩く。「もう行くぞ」という意味で。
神楽の容体が気がかりだっただけの彼には、これ以上ここに留まる意味はない。それは沖田も然りだろう。
「誰が駒鳥を殺したの? それは “私” と誰かが笑った♪」
「……総悟ォォォ?」
部下を必死で説得しなけりゃならない上司というのも可哀相だなと、神楽は人事ながらに思う。
しかし、この神聖な風葬を陳腐なお遊びに塗り替えられてはたまらない、彼女は心中土方にお願いした。
───頼むからトッシー、そこのサド野郎を早く連れて帰ってくれないアルか。懺悔なら後日ゆっくりソイツに吐かせてやるから。───敬虔なクリスチャンの姿勢で目を瞑ったまま、それこそ本気で祈る。もしかしたら自分の 『死』 を悼む以上に真剣になっていたかもしれない。その真剣さがこなごなに打ち砕かれようとはさすがに思いもしなかったが……
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