羊飼いの石の棺 -2-








どれくらい時間が経っただろう───。
人ひとり寝転べる大きさを確保したスペースに、神楽は足元から崩れるように寝転んだ。
あてもなくふらふらと歩いて疲れ尽きた聖者のように。もはや力無き自分を偽る必要もない。
地下十五センチ程のそこは、この暑さだというのにいやにひんやりとしている。
冷たい土に囲まれ酷く安堵した。
まるで殉教者のように胸の前で汚れた手を合わせ、しばらくぼんやり橋の天井や…彼方に浮かぶ青い青い空を見つめていた。 それからゆっくりと目を瞑った。









泣きつづける空を忘れはしない。
わたしは何も憎めないのだ。
そんなゆめを今朝、 見たのだ。













たまらなくなって何もかもを必死に否定するように叫ぼうとして、目が醒めた。
なりふり構わず泣いた後のように心臓はどくどくしていたけれど、泣いてはいなかった。



ひとりの朝でよかったと思った。
きっと銀時の顔を見たらぼろぼろと崩れてしまっただろう。






───そう、 悲しいゆめを、 自分は見たのだ。






ひたすら銀時の一番近くにいながら銀時を永遠に見喪ってしまうゆめ。
悲しいゆめだった。
“触れれば少しはわかるかも” という希望的推測は、ただの傲慢にすぎなかった。
でもそれは、ひとつ間違えば酷く幸せなゆめなのだ。
彼の一番近くにいるゆえに染みでる熱はじわじわと神楽を灼き逝き…。
陳腐な陶酔。
そう、純粋に最期を想うとき、神楽は常世の誰よりも幸福だった。




罪の意識は己のなかに蓄積し続け、ときにこうして表立って出てきてしまうことがある。
その度に神楽は歯を食いしばって耐えるしかなかった。
泣くことも自分自身に禁じた。
情けないことに起きぬけは足がガクガクと震えていた。
それを気づかれぬようにと、やって来た新八にも黙って彼女は家から駆け出した。 自分らしからぬ行動だった。












辿り着いた河原で。
冷えた土に自分の熱がジンジンと染み込んでゆく感覚に癒されている。
悲しい悲しい幸福が神楽の全身をゆっくりゆっくりと灼いていった。
神楽は決して不幸ではなかった。
ゆめの続きを思うととてつもなく幸福な陶酔に浸ることが出来た。
だってあのゆめは、神楽に何を迷うことなくひきがねを引かせるはずだ。
泣きながら叫びながら彼女は見喪った彼にうずくまる。
誰かがそこに火を放ってくれればいいとさえ願う。
ぼろぼろみしみし、裂けてゆく彼の部分を這いつくばって最後まで守りかぶさり、それも無駄だとわかると彼であった物体を抱きしめたままで自分も共に燃え尽きてしまえるのだ。
できれば彼と同じ白い灰となって混じりあい、熱風に煽られて空に昇ってしまいたかった。
銀時を見喪った世界になど留まる理由はどこにもないのだから。
二人ぶんの灰が天上に昇っていけば、それはいずれ大気の塵となり、偶然を重ねれば黒い雨雲に紛れ込むかもしれなかった。
暗雲にまぎれ、それが湿気を含めばいつか地上に雨を降らすかもしれなかった。
この美しい水の星に恵みの雨が降れば、自分と銀時はそこに初めて生命を生み出すことができるかもしれない────…。



土の棺の中はいつだってじわじわと火傷しそうなほどに熱くなっていく。
熱い土の体温にじりじりと焦がされ、いっそ燃やし尽くされてもいいと思った。
うれしくてうれしくて……本当はどこまでも淋しいけれど、悲しいけれど。
神楽は今それに心底安心していた。
小さな白い花たちが対岸では揺れながら自分を見送ってくれている。




幸福ゆえの悲しみに灼かれながら、神楽はまた何度目かに泣きたくなる自分を我慢した。







Place near soul rather than mind.






















「……チャイナ……?」










ふいに自分を呼ぶ声がした。
軽く眩暈がする。
瞼をぱちぱちと数回瞬かせてから目を開けると、この位置から見える空に、いつの間にか飛行機雲が長く尾を引いていた。
そこで随分と自分が瞑想していたことに神楽は気づく。
白い雲から視線を徐々に下げていけば、夏の太陽を反射させて、遠くに蛇行する川の水面がきらきらと輝いているのが見えた。



「──オイ、日射病か?」



返事をしない神楽にもう一度彼女を呼ぶ別の声がした。
その声はやや切羽詰った響きを持っており、今度ははっきりと耳に届く。
橋のたもとの地中に横たわっていた神楽は、ゆっくりと視線だけを斜め上に移した。
上まぶたに眼球を引っ付けるようにして視界の隅を見れば、見慣れた面影が逆向いて映りこむ。太陽を背に佇む二人組は逆光で顔こそ真っ黒だったが、その声とシルエットからようよう知り合いの腐れ縁だとわかった。


…──眩しかった。

神楽はまたゆっくりと死に逝くように目を瞑った。
太陽の黒点のような黒で覆われた男たちは、きっとこの国で上へ上へと駆け上がることが出来るに違いない。
いま死んでいる最中の神楽には予感にも似た確信をこのとき得ることができた。そう思えるだけの生命力を男たちが纏っていたのだ。



( ……ドSと……マヨラー…かヨ……)



心の中で呼んだのか、唇に象って呼んだのか。判別のつかない反応は、しかし二人に届いてしまったらしい。
沖田と土方は改めて神楽の真横へと歩み寄り、まじまじと彼女を見おろした。
警官が自分の前に立っているのだ。 普通ならきちんと上体ぐらい起こして挨拶しても罰は当たらないだろうに、神楽にはそれができない。ひたすら土の棺に横たわり、胸の上で合わせた両手を解きもしなかった。



まだ儀式は終わっていない。
両足で立つのは、この密やかな葬儀が終わってからだと決めていた。








03/25 13:57
[銀魂]




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