昼顔








銀時と家にいれば、何一つ叶えられないことのない神楽にとって、夏は殊更わがまま放題だった。
気温の熱さと比例するように生気を失う神楽を、銀時は介抱するが、その暑苦しさも一つの大きな原因のようだ。
今日の不機嫌は、いったい何なのだろう。と、若干むっつりと汗ばむ神楽の頬に目をやって、銀時はカキ氷の準備をする。
そんな銀時をしり目に、神楽はソファーでごろごろしながらやっぱり不機嫌そうにテレビをぼんやり見ていた。
神楽自身もわからないいつもの不機嫌とは違い、今日のこれには理由がある。先ほど、神楽が朝の公園で定春と水遊びをしていると、そこに近寄ってきた沖田が、毒のある言い方で神楽に、昔は銀時にも女がいたことを仄めかしたからだ。
沖田は銀時が、神楽と出逢ってすぐの頃から、女遊びなぞやめて、小さな恋人との同棲を愉しむために、今までの自分の人生を180度変えて神楽に尽くしてきた男だと知らないので、卑しい嫉妬などするだけ無駄なのだが、サディストの妙な攻撃性から時に執拗に神楽に執着することがあった。


だが、だいたいにして、神楽と銀時の親子のような関係は当初から暑苦しかった。沖田は、両親を知らないので、いわゆる実の母親から愛撫と名のつくようなものを受けた記憶がない。よって、疑似親子の関係は殊更不可解な感覚である。実の姉とはいえ、肉親に不必要に身体をまさぐられたり、撫でまわして貰ったことなどない沖田は、銀時に否応なく服されるような、威のようなものを常時感じているのだ。


神楽は銀時の愛情が、誰よりも自分に厚いということをとうに知っている。
それがどれほど深いものかということを、本能的に掴んでいる。それで沖田の言葉から受けた刺戟は、いつもと同様すぐに薄くなったが、沖田のそのときの表情や、嘲るような告げ方もあって、不快感はむかむかと棘のように残っていた。
暑苦しい上に、非常に熱い狂気のようなものをふりかざす沖田にはうんざりした。
海で、神楽と銀時の婚約を聞いて以来、とんと音沙汰の無かった沖田だったが、どうやら生きていたらしい。改めて、神楽はそんな沖田に不快感を感じる。


『旦那も物好きだねぇ』


白いチャイナドレスが濡れるのもかまわず水場で遊ぶ神楽に、沖田がニヤニヤと眼を向けてくる。だがその奥は、真夏なのに冷え冷えとした何かが凍っていた。


『幼な妻、どころか、ガキの嫁さん貰うんだからなァ』


どこかジリジリした怒りを抑えられない沖田に、神楽は定春を撫でて軽く無視した。


『昔は、もっとイイ女と遊んでたのにねェ』


知ったふうな口を利く沖田に、神楽が定春のリールを引いて帰ろうとする。


『おや、知らねぇのかい? 旦那の女遊び』


その背に、沖田が声を張り上げる。


『どうせ、お前じゃ役不足でさァ!』




これが、先ほどからのもやもやの原因である。
沖田に言われたことに不快を感じた神楽が、銀時の、自分に溺れている度合いを確かめようとする欲望は、この夏とくに顕著になってきている。



沖田はいつも神楽に意地悪するのだ。
銀時がどれだけ神楽を溺愛しているのかを理解しながら、神楽に意地悪する。
出逢う回数は減ったが、会えば険のある言い方しかしてこない。
殊更傷つけようと、まるで自分の傷口まで開くように厭味な態度をとる。
それを銀時に話すと、銀時はうっすらと微笑いながら、神楽を膝の上にのせて、沖田に半ば同情しながら、神楽を惜しみない愛情を与えるペットのように愛玩する。
おやつのカキ氷を山盛りもってきてくれた頃には、神楽はすっかり気分が落ち着いて、銀時に2杯も3杯もおかわりをねだるのだった。
神楽に近づく男の陰を知ると、普段機嫌が悪くなる銀時でもあるが、この時ばかりは苦笑いが先にたった。
じりじりとする卑しい嫉妬から、見当違いなサディストの攻撃性に煽られて、神楽はむっつりしたまま沖田を無視して帰ってきたというのだ。
神楽の可愛い不機嫌に、銀時は自分の心が満たされるのを感じる。
自分が思うより、神楽に“女”として好かれていると、そう収穫できただけでも良しとする。
二人のスパイスとして存在する沖田のような男の存在に、銀時はただただ今日はほくそ笑んだ。
みずから餌となってくれるのは有難い。
黙って餌になってくれるだけの器量なら、逆に礼を言いに行きたいぐらいだ。
だが、それほど単純ではないのだ。
いつ、強引に仕掛けてくるかもしれない。
それを思うと油断大敵ではあったが、もう一人の同じ隊服の男のほうが、神楽が懐いてるだけに厄介だという覚悟もある。
シャリシャリとカキ氷を頬張る神楽に、残りの赤いシロップやら黄色いシロップ、緑のシロップなど、ぜんぶぜんぶ極採色になるまでをたんまり掛けてやると、神楽がきゃっきゃと喜んでいる。
もう不快感は置き忘れたように神楽の中からすっかり消えている。
神楽のご機嫌をとりつつ、銀時は、意地悪な若造の、魔の摘まみ食いを今日の暑さに免じて許してやった。










fin

06/27 18:29
[銀魂]




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