いばらの垣根








首と頤のあたりに特徴がある。小生意気に、可哀らしく、笑みをたたえもせずつんと若干顎を上げ、嘲るでも見下すでもなく、漫然と天を仰ぎながら、視線だけ奇妙なほどまっすぐに相手からはずさずにいる……そんな表情をしてみせる時、あの年若い少女の、途方もない毒気のようなものが垣間見える。
それは、例えば、どんな相手でも手に負えないような強烈な自我と戦いつづけ、疲れ果て、いきなりすべてがどうでもよくなってしまった時、人が必ずしてみせるような表情といっていいが、そんな表情があの若さですでに自分のものになってしまっている少女を、ちょっとそら恐ろしいほどだと思うのだ。
ともあれ、神楽という子供は、まさにこうした子供であり、時として、いささか人をむっとさせるような側面がなかったら、面白くないのだ。



神楽が銀時のモノになったと知った時より、今の方がよほど苦しい胸の内を抱えていることに、土方は鬱蒼としていた。
時に人は、どうして手に入らないとわかっているものを欲しがるのか……。
あの最大の不幸の日から以後、土方の神楽への願望はさらに変化したのだった。
土方が神楽の上に抱いていた空想の場面は、それまでにも幾らか進展してきていた。
土方の空想は神楽の前に膝まずいて、その腰を抱きかかえ、神楽の腰の外側に頬を寄せる形にまで進んでいた。そうして神楽の女の仏像の掌のような、小さな手のひらを、自分の掌の中に挟み、出来れば騎士の接吻(くちづけ)を与えたい。その接吻はナイトの接吻の域を超えるかもしれない。だがそれ位は許されるだろう。それだけで俺はいいのだ。と、土方は時に息苦しく夢想した。


それがあの五月の悪魔の日以来、変わった。土方にとってそれまでは、憎たらしくてならない、しかし非常に可哀らしくてならない、例えば手を差し伸べたい非行少女のようにたまに憐れに思われた神楽が、どうしても捉まえて、一度はキスで埋め尽くしたい、魅惑を潜めた小動物になった。慎ましい土方の願望は、神楽を自分の胸に抱き竦め、稚い女を犯す罪の意識に戦きながらも、烈しい接吻で遮二無二蔽いたい願望に変わった。しかも土方は、銀時を侮蔑してやることさえ出来なかった。
自分の処女神を犯した痴れ者だとして侮蔑し、無視してやることさえ出来なかった。


年下の部下とは違った形で、健気なほど妄想の中では素直な自分の惨めさに酔っているのかもしれない。
会いたくないのに会ってしまう行動範囲の近さにも問題があるのか。こっちがどれだけ避けようが、仕事であれ、プライベートであれ、避けきることが難しいほど腐れ縁の運命にあった。
というのも、神楽の胸の中にも、土方にまた出逢ってみたいという願望が、動いているからだ。
神楽は、もう一度、土方に近づいて、自分のためにたっぷりと貯蔵されている愛情の蜜を、舐めてみたい願望を潜めている。もっと貪り喰ってみたい、興味を伴った願望が潜んでいる。もう一度、土方に近づいて、土方に意地悪をしたり、我がままを言ったり、何かをオゴってもらったりして、土方が持っている、以前の銀時の愛情によく似たところのある愛情の甘い蜜を貪りたい。
たまに銀時との夜の時間を怖れるために、味わい残した土方の蜜を、銀時との変わらない蜜の時間の合間に、スパイスのように持ち込まれる魔の餌として啄みたい──。


神楽は、喰い残した生肉のある場所へ戻っていきたがる獣の仔のような貪婪さで、時に追憶している。
一時の愕きと仕返しのような意地悪さは、もう薄れている。今では銀時の嫉妬も馴れたものである。
はじめて火のようになった銀時とぶつかった時には、極度の恐怖だったその恐ろしい執拗さも、淫虐さも、今ではむしろ誘惑的な気分の中で思い返されている。
不動の精神で、神楽は銀時を想う。銀時の嫉妬も、溺愛も、神楽には大して変わりない。
神楽の土方に対する願望は、危険な玩具を弄びたい幼児の願望みたいなものだ。その欲望の中には、幾らかの本能的なものが添加されているが、それは微量である。土方がすでに早くから視ているように、神楽の肉体の目覚めがいまだなされていないという段階は、とおに通り過ぎているのだ。
土方との情事とはいえない、一つの出来事、土方の一方的な情事の中では、神楽の肉体の内部の殻は破られたとはいえないが…。
だが神楽の願望の中には、まだ好奇心が多くの場所を占めていて、その神楽の願望が、強いものだとするなら、それは、神楽の愛情への貪婪が強力だからである。


神様は意地悪だ。時に何かを試すように人に試練をもちかける。


そんな土方を、銀時は手に取るように土方自身より解っているし、知悉し、勘づいているようである。
神楽は万事屋から数日出てこない時があるが、そんな時、神楽が家の二階に閉じ籠っている間に、銀時は土方が万事屋近くの道を何度か行き来し、確かめるように密かに様子を伺っているのを知っている。
銀時が久しぶりに外に出てきたとき、土方は遠くの交差点のほうで煙草を吹かしながら立ち去る。
何か考えている人のようなふりをして、くすぶる紫煙の横顔からは、何やらせつない溜息でも噛み殺しているようにして歩いて行く。
銀時はその遠くの人影に足を止めるが、陰険な色が多少混じる紫煙に、優越感を刺激される。
二人はちらと互いに見合っただけだった。
土方はある意味立派だった。銀時も内心では認めている。自分なんかよりよっぽど自制心も常識もあるだろう、そんなことを思う程、婚約した神楽への銀時の愛は絶対だった。自分とは違うのだ。当たり前だが、必死さが違う。
神楽にとっても、土方へのちょっかいと、銀時への好意は違う。恋を知らぬ、愛を知らぬ、など大袈裟だが、絶大の信頼を抱いている銀時とは、違うのだ。
何度もお互いを助けたり、助け合ったりと、恩義はある。だが、愛に重さと大きさ、質があるように、神楽を受け止めるには到底足りないだろう。可哀そうだが、欲しいだけではどうすることもできないのだ。ボロ布のように傷つけられるだけの愛より、千尋の底の苦しみと添い遂げる憧憬に抗えない男もいる。


土方は、本来なら自分と同じ年頃のライバルであった。しかも美男の青年だ。自分を視た土方の目にも、奥底深い隠された嫉妬があった。土方は、銀時を見に来たことは、自分の苦しみを増しに来たに過ぎなかったのを知るだろう。










fin


more
05/22 17:34
[銀魂]




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