暗い春、トロイメライ











生き永らえる前提、静かに揺れる幻想
そのままの君に理由を与えられたなら

















そして今年も春がやってくる───



丘の斜面にはリンゴの花が咲き乱れ、樹冠は微風にゆらぐ鈴にも似ていた。
銀時は目を閉じ、そのビロードのように柔らかい響きに耳を傾けていた。
今日は農家の手伝いに来ていた。目を開けると青い作業衣を着て鍬を手にした神楽と新八が立っている。
ふたりは谷間を見おろしながら微笑んでいた。



幸せそうだった…。



少女は輝き、自分たちのまわりでようやく夏になろうとしている春にも似ている。


だが銀時は幸せどころか、彼の傍で起こっている神楽の大いなる春の目覚めに怖れをなしていた。
それは、ほころびかけた花をいっぱにつけて銀時に対していたが、その花は自分のものではなく、またそうあってはならないことも知っていた。


いずれ、神楽を傷つけはしないかと怖れている。
自分にはそんな権利がないと知っている銀時には、この関係を続ける勇気もないのだ。


少女は、一口かじったら止められない禁断の果実といっしょだ。
食べたら最後、楽園を追放された蛇という名の蟻地獄に堕ちるかもしれない……。


神楽に想い焦がれながらも、神楽といっしょにいればどうなるかわからなかったので彼女の愛を怖れていた。
事が面倒になって、自分がその渦中にまき込まれるのではないか、とそれが怖かった。
ただひたすら、神楽との以前の会話の屈託なさを保とうとつとめるばかりだった。
自分の神楽に対する精神的援助は今、その仮面をはがされつつあるような気がした。


銀時は神楽を守り保護する男を装いながら、実は人一倍彼女の誘惑者の一人にすぎなかった。
彼はある日ただの一度も少女と愛を交わすことなく、彼女から身を退く自分を想像する。彼は彼女に赦しをもたらすふりをしていたが、彼女にこそ、銀時を赦す権利があった。
神楽が発つとき、銀時は絶望して哭くだろう。哭きながらもきっと安堵するだろう。
そして数年後にはまさか戻ってきて、彼の傍ではなく、自分を最も幸せにしてくれる男と一緒になるかもしれない。
神楽は良き友人、仲間として銀時に接してくれる。銀時を赦してくれる。
もっともそれは奇跡のようだがたぶん本当のことで。自分の人生にそうざらにあることではないが、この娘は銀時を愛している。


彼はだから今も神楽の命を手中にしているのだ。
神楽の幸福を左右する鍵を握っている。
したがって銀時は逃げる。
自分ほど少女に罪深いことをする者はいないと知っているから…。


銀時は神楽を怖れている。
神楽の肌のぬくもりが怖い。
彼女がずっとそばにいるのが怖い。



そういう自分を彼は酷く哀れに思っている。












fin

僕たちの運命はひどく似ているというのに、僕たち二人はずいぶん違うものだ。



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08/15 00:54
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-