死刑台のエレベーター








神楽は路地裏の入口に隠れるようにして身を潜ませていた右腕の男に近づいていった。



「ご苦労さま」


「……人に知られたらどうすんだよ……。そうでなくても、このあたりじゃお前の噂でもちきりなんだから」


見張りをしていたたった五分余りが、金髪のこの男にとっては気の遠くなるほど長い時間に思えた。


「出かけるときは声をかけろっていつも言ってんだろ? あんまり心配させんじゃねーよ」
「ふふ、まるで私のパピーですっていうような口ぶりネ、金ちゃん。私にお説教しても馬の耳に念仏、言うだけ無駄ヨ。先に帰って。すぐに戻るから」


神楽は指紋のついたベレッタを金時に渡した。女の愛銃は傘に仕込んだカラクリ銃であるからして、これはそこで息絶えてしまった相手のものだ。足がつかないよう処理しろということらしい。


「なにか、まだ用があんのか? いっしょに帰ればいいじゃねーか。夜は物騒だ。お前はいつ誰に狙われてもおかしくない立場なんだし、最近はストーカーとかそのたぐいの変態も話題になってる」
「あら、本物の変態になら一度くらい狙われてみたいものネ。 ともかく、すぐに戻るから先に帰っててヨ。 ネ、金ちゃん」


きっぱりと同伴帰宅を断られ、彼は肩をすくめて神楽に背を向けた。心配だとはいえ、そうそうこの女王さまに手を出せるツワモノはいないだろう。それはわかりきっている。たいていは手を出したところで返り討ちだ。…運が悪ければさっきの男のように地獄直行便。 ───ま、今回は……幹部から下された直々の仕事だったようだが…。
彼女は自分で片づけなければならない仕事の場合、必ずといっていいほど片腕の彼らを置いていってしまう。いつも不意にいなくなって、数時間して戻ってくることなんてザラ。
そのため彼は左腕の相棒とともに、神楽の行動にはできるだけ目を光らせていた。自分たちが目を離した隙に、何かあってはたまったもんじゃない。それでも、鬼ごっことかくれんぼが妙に得意な彼らの女王さまは、いつも二人の手を焼かせてくれるのだ。



闇の中で光を集めたように揺れる男の金髪をしばらく見送っていた神楽は、赤いチャイナドレスをひるがえして歩き出した。背後から微かに漂ってくる血の匂いを振りきるように、少しだけ哀しそうに鼻を鳴らして。だが、それも一瞬のことだ。



(金ちゃんったら……ストーカーとか言いだすからバレてるのかと思ったアル……)



部下の心配をよそに、神楽はここではじめて妖しい笑みを創った。
その気になっていない男をさりげなく誘惑してストーカーに仕立てあげることぐらい、神楽には朝飯前だ。だが、肝心の男が最初っから『本物』のストーカーなら話は別。
しかし、二十分ほど町をブラブラしてやっても、ある種の視線が近づくことすらしないのに神楽はだんだんと面倒になってきた。すると、それが伝染したように、纏わりつくように絡んでいた視線が消えた。
さらに五分ほどブラブラとして、最上階を住処としている高級ホテルに戻った。
エントランスホールに入ると、二十代半ばぐらいのやり手のサラリーマンといった感じの男が、フロントから受け取ったらしいメモに目を通しながらエレベーターの前で待っていた。神楽と目が合うと、丁寧に会釈され、同じエレベーターに乗りこんでくる。
男はボタンを押さず、ドアの閉まった密室の中で、神楽を真正面から眺めた。







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02/24 20:03
[銀魂]




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