紫紺のはるかなるアザミ








「きら、い……」


遠くの夜の喧騒に交じって、細い声が漏れる。
こういう時、神楽が“わけもなく”銀時の愛情を喰いたがるのはいつものことだから、銀時は特に気にも留めずただ柔らかな薄紅色の髪を撫でた。


「うそ……ごめ、ん…………」


後ろから銀時に抱かれたまま、もう一度神楽がつぶいた。
大きな青い瞳が滴るように薄暗い中から虚空を見つめている。…昨日からずいぶん泣かせた瞳だ。すこし赤く濁った白眼が、上まぶたにくっつくようにそうする仕草は、銀時の貪婪をことごとく膿ませる。見上げる目の動きは、宙を見るしかないからかもしれない。どこに視線をやっても二人の絡み合った汚れた残滓があるのだ……。
欲望をすべて吐き出すと、ただいつも愛しさだけが残った。酷く身勝手だと銀時は病んだ気持ちになるが、それでも縛りつける腕は離せず、幾度も髪を撫でつけ、小さな耳もとで囁いた。


『かぐら…』


愛しいのだと名前を呼ぶ。



ひどく、甘い、甘い、時間。



けれど、神楽の様子は可哀想にやつれ、どこか脅えた様子もあり、そのぼんやりとした瞳は潤んだ奥に妙なふてぶてしさを隠し持っている。
白い陽のひかりの下とはまた違い、仄暗い空間がよく似合って、ぞくりとするほどだった。どこかに何かを孕んだ後ろ暗さが、象徴のように周囲から切りたった明るい闇をのさばらせている。
仄暗い室内に、神楽の大きな目だけが山猫のように鬱蒼と光っている。昏く、ぎらぎらと光る。いや、ぎらぎらしているのは銀時だった。
あれほど、やめてと何度も声にはならない叫びを神楽はあげ続けたのに、構わず銀時は、幼い胎奥に精を注ぎこんだ。
まるで鏡の迷宮に入り込んで出口を見失ってしまったみたいに、いかがわしく悪辣なことを、浅ましい残酷ことを、何度もした。
力の入らない腕を絡ませあい、可憐な花弁に楔を打ちこみ、それを全て曝し、汗だくの身体をもたせて扱きあげ、掻き抱き、縋り付いて、体じゅうの体液を搾り尽くすほどに浴びせた。同時に神楽の体液も搾り尽くそうとした。いや、搾り尽したのだと銀時が錯覚するほど、やり倒した。
けれど、ほぼ一昼夜に渡って銀時の城に閉じ籠めているのに、それでもまだ足りないのだと、身体の奥は燻る熱に病んでいる。
ぐったりと神楽がみじろぐだけで、この部屋には何かもやもやとしたデカダンな頽廃が際限なく拡がっていく。
封じこめられた人間の狂気やエロティシズムが、波のようになって見る者に襲いかかってくる。
それは神楽の本質を、銀時に再確認させ、どうしようもなく闇に惹きずり込む。
どこか冷めたまなざしが全編に悪夢のように漂っているのだ。
背を向ける神楽は、いっそ悪魔のように嗤っているのだと、銀時は昏い眼を当てて、そこから必死に真実を汲み取ろうとする悪意が働いた。
いわば典型的な小さな悪魔であり、闇にのまれたような昏い空間に置いたら、天下一品だと思わせる凄味があるのだが、実際、神楽には背景の仄暗い空間がよく似合った。本当に気味が悪いほどに…。
だからこの目のうつろな輝きに、たとえて言うなら、そうした輝きの底にはいつも、拭いがたい闇が見える。それは流れ去った膨大な時間、あるいは“歴史”の中で神楽が見てしまったものに対する無言の憎悪、敵意、諦めにも繋がっているのかもしれない。神楽流の悪魔的で、アモーラルにもたげた魔はそこから出発し、そこに帰る。


こんな少女は知らない。
こんな女は二度と現れないだろう。
コレは、自分のものだ。


毎度毎度、銀時はもうしつこいくらいそう自分に言い聞かせている。そうしていないと不安なのだと言わんばかりに、そしてそれがこのトチ狂ったような仕打ちに結びついてゆく。
こうしている間だけは神楽を自分のモノだと実感できた。
時に弱々しく、時に浅ましく、時に癇癪じみた神楽を押さえ込むたび、銀時の歪んだ執着心は満たされた。
この異常な執着が、数ある銀時の神楽に向かう愛情のなかで、本当に愛と呼べるのかどうかは銀時にももうわからない。愛と呼ぶにはあまりに醜くすぎる気がした。
けれど銀時はどうしても、自分を止められない。



ずっしりと、全世界を向こうに廻した世界。



見渡すかぎり酷く朦朧とした空気で淀んでいる。
たとえそれが虚像であれ、実像であれ、銀時の目に映る神楽はどれも素晴らしく美しい残酷な生きものだった。
神楽のいない世界には何の意味もなかった。なんの意味も見出せなかった。
そんなふうに病んだ自分を、神楽にだけは知られたくなかった。


愛しい。いとしい。イトシイ───…・・


壊れはじめた心から本心が溢れ出す。







「…きら…っちゃ…………や…ヨ……」
「……なに?」


一瞬聞き違えたのかと思い、銀時は思わず上体を起こし、神楽の顔を覗きこんだ。
神楽はもう一度、同じことを繰り返した。


「嫌、っちゃ……やだ…」
「なに言って……」


神楽はなにを言っているのか、銀時には皆目理解できなかった。
『嫌わないで』などと、なぜ神楽に懇願されるのかがわからない。そもそもそんな理由がない。
嫌わないどころか、寧ろ好きすぎて銀時は困っている。
疎まれているとしたら銀時のほうだ。
試すようにそっと、銀時は神楽の頬に手を当ててみる。神楽の手が、その手のひらに重なる。
細い指が震えている。
胸が潰れそうな気持ちになる。



「……愛してるよ」


どうすればいいかわからないくらい。
困り果てて、銀時が神楽を頬ずりした。


「どうすれば、お前は…」


そんなふうに儚くされると、なんでも言うことを聞いてやりたくなる。けれどただ一つ、どうしても銀時には出来ないことがある。
この手を、離すことだ。
また緩く神楽の首が振られる。
どうしてほしいのかも───うまく、言い出せなくて、神楽は涙をこぼす。
銀時も同じく、途方に暮れた。
神楽と出逢ってしまった時から。
銀時は、普通の好意の示し方を忘れてしまった。
いや忘れたというより、こんな気持ち自体が初めてなのだ。自分にとっては最初で最後の恋。そして愛だった。
わからない。わからない…



「……どうすればいいと思う?」


もう一度尋ねて、銀時は神楽の身体を掻き抱く。


「教えてよ、神楽。そうしたら、銀さん、その通りにするから…」
「………」


神楽は沈黙を保っている。
そんなことを言われても、神楽自身だってもっとほんとは…。でも───。
もっともっと、もっと違う、普通の何かが欲しい…
なんて。
でもそれを貰えなくても、離れられない。
また困り果て、銀時が尋ねる。



「こーいうのが嫌なら、その…少しは、控えるから…」
「………」


しばしの沈黙の後、神楽がようやく口を開いた。


「……どれくらい…アルか?」
「え…」


途端に銀時は口籠る。
だいたい毎晩たっぷりかかさずしているのだ。
それでもこんなに、不様に貪ってしまう。


「一日に……三回…いや、とりあえず、次は控えるくらいに……」
「………」


また神楽が黙りこむ。なにかを言葉にしたくて銀時は口を開きかけたが、その時ふいに神楽が振り返って、銀時の首に顔を押しつけた。
不意をつかれて銀時は、一瞬身悶える。ぐりぐりと酷く甘える仕草だ。
無言のまま神楽は、散々銀時に弄ばれた身体をふてぶてしく任せる。


「お前こそ嫌いに……」


嫌いにならないでくれ、と言いかけて、銀時はやめた。そう縋るかわりに銀時は、しがみつく汗と体液と涙で汚れた神楽を優しく撫でた。


どうしても、手放せない。
離れられない。


愛してるよ、神楽。










fin


more
05/12 16:10
[銀魂]




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