早くからこんな世界にいると、ある種のお決まりのパターンでは必ずしも満足しなくなる。
たとえば人を殺すときの作法なら、笑顔を絶やさず最後は見送ってやるだとか、血しぶきよろしく派手に殺ってしまうだとか、女子供を殺したときのすこし残念に思う気分だとか。断然、自分に適った嗜好の馴れ合いでもちょっとしたところで飽きたり、ほつれたり、退屈したりする。
一番楽しいと思う時間でさえそうなのに、ならそれ以外の遊びでは当然で。
特にこんな夜に騒がしすぎたり、この女のようにやかましすぎたりすると尚更。
いま流行りの場所だと聞いてわざわざ異国からやって来たというのに、神威はその場所にも、自分のツレにももうウンザリしはじめていた。
この女がどんなに美人で このナイトクラブがどんなに彼の神経を逆撫でしても、その晩ほどこの血を疎んだこともない。
神威はあくびをし、女はそんな彼を睨んだ。
「ねぇ、他の女のことを考えてるの?」
彼女にあの仔のことを仄めかすべきではなかったな…、と神威は失笑した。この店のオーナーは彼の最初の、そして唯一の肉親であり、彼の古傷なのだ。
ほとんど神威の意志で捨て置いた妹だったが、失くしたと自覚することは彼には耐えられなかった。
彼女は今は遠くにいた。しかしその名前は依然として神威には禁句だったのだ。欲しいものは何でも持っているはずの彼なのに───巨万の富、求めてやまない暴力と死の世界、その美貌、強さ、便利な捨て駒、好きな時に抱ける女、そして生への残虐な嗜好。
「あの仔のことは言わないでよ。 わかった?」
「あら、ごめんなさい!タブーだったの! 気に触った?」
神威が女のほうにじつに優しい、邪気のない顔を向けたので、女は怖くなった。しかし、もうおそかった。
「俺の気にさわたって? ああ、気に障ったね。 もうアンタの顔は見たくないや、どっか行ってよ」
彼女は笑いだした。この女は少しニブいのだ。
「私をお払い箱にするっていうの? 貴方の部下みたいに?」
「まさか。 俺の部下は大事にするつもりだよ」
ふたりは一瞬にらみ合い、彼女は気丈にも神威に平手打ちを喰らわせようとして手をあげた。しかしすでに神威は立ちあがって、店の奥の一角へと歩きはじめていた。 金髪の男と戯れる…神威に良く似た、けれど数倍美しい神獣がそこにいる。
女はしばらく自分の無益になった手を見つめていたが、二人のグラスをテーブルから払い落として立ち去った。
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