紫陽花メランコリック









僕が描きたいのはこのメランコリックなのだ。


───エゴン・シーレ












神楽はいやいやをするみたいに、手に持っていた箸を落とすように置いた。
そうしてテーブルの向こうで自分を見ている銀時の目を意識して、袖の浅い、透きとおったレモネード色の薄地の半袖の肩から腕、胸の辺りをきゅっと固くさせた。
薄いオーガンジーを重ねたような作りのチャイナドレスは、袖にギャザーがあって、同じ色の下衣を透かしている。その中からわずかに透けている神楽の白眉なミルク色の体は、シャワーを浴びたばかりなのにもう汗ばんでいた。


神楽は今朝、不機嫌な気分のなかに落ち込んでいた。
今朝の先刻からだ。先刻、銀時とシャワーを浴びるために風呂に入る少し前からである。
銀時の愛情滴る充分に甘い蜜を潜めた顔が、その額越しに自分を見ているのを知っていて、神楽はふたたび体をくねらせた。
自分にもどうしたらいいのかわからないように見える。
青い眼がむっとしたように不機嫌に曇って、神楽は我慢ができないというように、もう一度、今度は大袈裟に胸のあたりをくねらせると、


「くふん」


と、子供のような酷くじれた声を出した。
それには銀時はうっそり微笑ったが、さすがに新八は顔を赤くした。
まだ満十八歳の少年には、この二匹の獣の蜜にまみれた生活はいささか刺激が強すぎる。
神楽のシャワーにかかる世話をしていた銀時が、それが済んで台所に入ってくるなり、何も言わずにニマニマした顔つきだったから、新八は今朝からある程度の予感はしていた。
神楽は風呂に入る前から銀時に酷く渋っていたのだ。新八が出勤してきた頃には、二人の押し問答がいくらかあった時で、神楽はむくむくと怒っているようだった。


「ぜったい触らないでヨ」


と、何度も銀時に念を押して言っていたほどである。
一緒に入るのだから、触らないも何も無いだろうと新八は思ったが、銀時がハイハイと軽く返事をして、夏の日課である朝シャンに神楽を抱っこして連れて行ってしまった。新八がいるので変なことにはならないはずだ。
二人が関係を深める前にも、こうやって真夏が近づいてくると、銀時が神楽を世話することがさらに増え、日中にはふたりして沐浴ならぬ水浴びをして楽しんでいることもあったからだ。新八もそこは慣れたものだった。


しかし、どうやら今日の暑さも、神楽の不機嫌に関係しているようである。まだ六月だったが、神楽の悼ましいほどの白い皮膚が、ねっとりと熔け出すような蒸し暑さだった。
気孔の一つ一つを塞がれたようになる少女の魔の皮膚が、一年で一番最初に苦しむ、地獄の一日が今年も始まる。
夜更けになって急激に温度が上がり、十時を過ぎた頃、神楽は蔵された薄青い銀時の城の中で、その執拗な愛撫の繰り返しと、蒸し暑さとの耐えがたい牢獄に喘ぎ悶えていた。圧しかかる重みで今にも関節がどうにかなってしまいそうな両脚は、ゆらゆらと宙に操られ、先の先までもを止め処ない痙攣で犯されてしまう。───そんな夜をふたりが過ごした初夏の朝だった。


風呂から出てからというもの、神楽の今までにないただならぬ不機嫌を覚り、新八は昨夜からとっておいた、神楽の好きな冷製コンソメスープをとくに注意して造った。加減よく冷やして、トマトと一緒に食卓に出してあげた。だが、スープはもう温くなって、澄んだ表面にはパセリが新鮮さを失って浮かんでいる。


「神楽。どうした」


神楽の顔が少しこちらへ向いた。
薄紅色の前髪の下で、眉が吊り下がって、下目にした眼は瞼に力の入ったメランコリーでいっぱいだった。
今にも泣き出しそうになっている。どうやっても、どうにもならないほど拗ねた眼だ。
十四歳の頃の泣きだす前の顔とあまり変わりはない。
ただ、薔薇色のリップクリームをぬった唇が、不機嫌にぷっくりと膨らんで、こんな時だというのに、残酷なほど綺麗だと銀時も新八も思った。
その眼が銀時を見た。


「スイカ。……スイカが食べたい」


そう言って、また神楽は眉を吊り上げたまま、いよいよ憂愁を含んだ眼になって黙る。
まだ六月だし、さすがに旬ではない果物は高いのだ。七月、八月になったら毎日でも食べさせてやりたいが。


しかし、ここまでのメランコリーは初めてだ。と銀時は想った。
お風呂で自分に当たり散らした時の神楽の様子が、またもっと酷くなって、しかも内へ籠もってきているのを感じる。

今朝、風呂で、気のせいでなく、日毎に熟して大きくなり、男の手垢のせいで乳暈が膨らんだ神楽の乳房が、そのくせまだどこかに綿毛に籠もった梅の実のような固さを残しているのを、つい気になって、下から掬い上げるようにして確認してしまった。それがいけなかったのだが、やはり中にはまだ青いシコリを感じ、朝の光のなか、少女の綺麗な乳房に興奮してつい夢中になって揉んでしまった。
透き通るようなピンク色の乳首が、シャワーを浴びてなお、まだ愛撫の熱を残すいやらしさに、瞳孔が開いていく。毎晩、あまりに可哀がりすぎた神楽のふたつの果実は、一時期、乳首と乳輪だけが異様に発達したいやらしい様相をなしていたが、ようやく乳房のふくらみが追いついてきて、今では、小さめの白桃を二個のせたような女神スタイルになっている。
自分の開発と調教の過程に、銀時は誇らしくなるばかりだったが、神楽は溺愛されすぎて疲労した──うっすらとキスマークだらけの胸元を隠して、頬をふくらませた。
一寸横から覗くようにするのさえ嫌がる神楽は、不機嫌な顔になって椅子にすわり、石鹸の泡を乳房に盛り上げ、まだかよわくて頼りない胴中にも、ゆっくりと純白の泡をたてた。瑞々しく肉がついて、いまだ熟しきる前の桃の実のような腰にも、銀時が手伝おうとしても、その手をピシャリと叩いて無言でむっつりしていた。
そうして、シャワーを出す段になると、湯が熱いといって怒り、流すのが済んで、タオルを差し出せばちょっと触ってみて、


「湿ってるアル。もっと乾いたの。真っ白なタオルがいいアル。こんなのイヤヨ」


と、つっけんどんに言って、憎たらしい仕草でタオルを銀時にぶつけたのだ。
タオルをぶつけると同時に、花の蕊にあるような香気が微かにだが、物憂いような、気の遠くなるような刺戟で、銀時は感じられた。実のなっている梅の樹の下で、微かな風を感じたような物憂さである。そのくせその紅い花柄のタオルは、神楽が選んで気に入っているものなのだ。小物箪笥の中に一日かそこら入ってはいたが、よく陽に乾かしてあったはずだ。
その、王様にでもなった気の、小癪にさわる──銀時にとっては大変可愛らしい──不機嫌が、今、食卓へ来て籠もったものになり、しかもすごい甘え気分を孕んでいる。それを見た銀時は、いよいよ意地がやけるのと同時に、鼻の下を長くして喜んでいた。
この分では、ふたりの朝食は際限なく延びるだろう、と新八は早々に諦めて、すでにやる事の多い家事に手をつけあちこち動いている。


(よくわからないし、銀さんに任せよ……)


と、どうせ銀時が何とかするだろうと、新八はおくびにも出さないがそういった心境である。
そういう、何となく他人事な透徹した気配も食卓に伝わっていて、それにも神楽はじれるのだ。
神楽の胸のどこかに暗い雲のようなものが出てきていて、どこからか来たその雲は、当分晴れそうもなくもやもやしている。神楽の意思が、神楽の全部が、その暗いもやもやの中に入ってしまっている。神楽にはどうしたのだかわかっていない。神楽という女の子の、動じることがないような、無心の、不動の感情のある場所が、ぼんやりした曇り硝子で包まれているのだろう、とでも思うより仕方のないような漠然とした性格が、今朝のような官能的な様子を、外側の人間にも、神楽自身にも、一層わからないものにしているようだ。
ただ一つだけ神楽にわかっているのは、その黒い雲の襲来につれて自分を襲った、じりじりするようなわがままな気分である。銀時に、この自分の状態をもっと心配させてやりたい、という強烈な、欲望である。銀時の、自分に溺れている胸の中の全部を、もっとゆすぶってやりたい、抑えても抑えても、抑えられなくなっている甘えである。


銀時が自分の様子を見て、いささか困惑しているのを神楽は知っている。
心配しているのも知っているのだ。だが銀時の顔には、複雑な感じのある蜜の籠もった表情が燻っていて、愛の窪みを造っている。その銀時の頬の底には、子供を見ているような微笑いが溜まっている。それを、さっきから気づいていて、それが神楽をじれさせるのだ。自分の今の、なんだかわからない、拗ねたくて、どうにもならない気分は、銀時がもっと真面目に、もっとひどく心配してくれるのでなくては、直らないのだ。

銀時は、それを読み取っている。それが銀時の頬に、愛の蜜を潜めた窪みをつくっているのである。


神楽が十五歳と七ヶ月になった今年もまた、近所の梅の実が、青い葉や幹の蔭にぎっしり固まって実る六月がきた。あの屁泥露さんが丹精込めて育てたものなので、梅の実たちは、神楽の胸の果実や腰と競うようにして、空と葉との間に綿毛に煙り、実っていた。

まだ月初めだが、今朝は陽気外れに蒸し暑い。
皮膚の肌理がひどく細かい神楽は、毎年最初の蒸し暑い日には息苦しさを感じるので、ぐったりして元気を失う。
それも不機嫌の原因のひとつには違いないと、銀時もちゃんと気づいていた。







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02/04 18:56
[銀魂]




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