ねじれた味のラズベリー








「腹へったか?」


腕に抱えきらない食べ物を持って、銀八は今まで同僚の者にはもちろん、育ての親にすら見せたことのない穏やかな表情で話しかけた。
常にだらしない無表情しか拝んだことのない彼のそれに、神楽はいまだ酷い違和感を覚える。慣れない…とかそういったレベルではなくて、どこか空恐ろしいのだ。その姿が、とても自分を拘束して監禁している酷い人物には思えないから、ますますもってして尋常ではないような空気を感じてしまうのだ。
…そう、理不尽にも眠らされて、監禁されたこの場所で、無理やり処女を奪った憎き男とはとうてい思えなかった。
ぶっきらぼうだが優しい言葉、そして切なくなるほど穏やかな態度。見かけだけでなく、本当にそれが本心からだとわかる。
どこをとっても信頼に価する。でも、けっしてすべてを委ねられない。
許されることが少なすぎるからか。
許されてしまうことも、多くはないからか…。
ただ、もう何を許容すればいいのかさえわからなくなっているのは確かだ。だから、ただ彼の言いなりになるしかない。
動けない自分には、それしかできない。
なら、このまま生きていることの意味を考える。すると、何も無いようにも思える。死んでしまえれば楽になるのかもしれない。だけど、死ぬほど嫌じゃない。ときどき恐くなる。でも、死ぬほど恐くもない。そう思う自分も嫌じゃない。そして、確かにこの男を自分は今でさえ憎んではいないのだ。
それが何を示すのか……まだ恋も愛も語ったことのない神楽には分からない。



「さっき、見つけたから買ってきた。今年最初の苺だってさ。好きだろ?」


嘘を言っても仕方がないし、好きなものを嫌いというのは難しい。大粒の赤い果実を見て、神楽はコクリと頷いた。
すると、銀八は嬉しそうに少し口の端をゆるめた。


「デザートだから、後でな。今はこっちだ」


忙しい彼の仕事の都合上、一日二食になる時も多いので、まとめてたくさん買ってきた袋の中に手を入れながら、なにやらゴソゴソと探し出す。
神楽への食事は、いつもどこかのテイクアウトショップで買ってくるらしく、味も質も申し分ない。
何処で聞いたのか、神楽の質素な好物もちゃんと用意してくれる。それは、アツアツの卵かけごはんだったり、お茶漬けだったり…と、ちゃんと出来たてほやほやのを、用意してくれるのだ。
そうして、この淡い光しか灯らない薄闇では不自由だろうと、いつもわざわざ口元にスプーンを運んでくる。
初めこそ拒絶をしていたが、余りにも男の顔が悲しそうで、痛々しくてつい口を開けてしまう。
絆されてはいけないと思いつつも、つい銀八の表情に神楽は従ってしまっていた。


拘束し、監禁という立場だが銀八は決して神楽を手荒には扱わない。
どちらかと言えば、嫌という程優しく、そして穏やかな表情で接してくる。
まるで、普段の教師の顔は嘘だとでも言うように…。


「ほら…」


ようやく最初に与えるお目当てのものを探し出したのか、スプーンで掬った一口を神楽の口元に差し出した。
プルプルと琥珀色に光るゼリーの中に、何やらオレンジや緑といった野菜らしきものが泳いでいる。
神楽は知らなかったが、これはフランス料理の前菜でよく出されるジュレの一種だ。ビーフブイヨンでダシをとったコンソメスープを、ゼラチンで固めた涼しげな一品である。
ツルン…と口内に入り込んだゼリーが爽やかな酸味とともに、喉元を優しげに伝い降りていった。


「美味いか?」


コクンと頷く。


「好きか?」


またコクンと頷く。


「また買ってきてやる」


銀八もまたふっと頬を緩ませた。
こうして神楽が頷けば、彼はそれを彼女が気に入ったと思うのか、繰り返し買って来てくれるのだ。


「ほら…」
「…ん」


続いて口内に入れられた海老のカクテルを咀嚼していると、ベッドの上、行儀よく正座していた神楽にようやく気づいたようだ。どうやら、朝食の時間がとれず、昨日の夜以来、一日ぶりの彼女への餌の配給に焦る気持ちがいっぱいいっぱいだったらしい。それでなくとも大食いの神楽だ。一日もほっておけば栄養失調をきたすかもしれないと、銀八は考えている。


「おいで」


ただ、彼が必ず帰って来てくれる時間が命綱であることには変わりない。
神楽は正座を解いて、のそのそとベッドの端に腰掛けている銀八のところまで這って行った。
といっても三、四歩ですぐ到着できる距離である。銀八と神楽が一緒に横になればいっぱいになってしまうシングルベッドなのだから。
大人しい神楽を膝の上に乗せて横抱きにしてから、彼はまた前菜の海老をひとつずつ口の中に入れていく。
そして時々は自分でも頬張って、舌鼓をうったりもする。
もしかしなくても、神楽への食事が先で自分のことは後回しにしているのだ。
お腹すいてるアルカ? とは聞かないかわりに、だから神楽は時々もういらないと首を振る。そして次を食べたがる素振りをしてみせる。すると「もういらないの?」と聞いた銀八は、もう一度神楽が頷くのを確認してから自分の口へと運ぶ。
そんな彼を見て、あぁやっぱりお腹すいてたんだ、と神楽は妙に優しい気持ちにもなることもあった。


「ほら、今度はこれだ」


時々だが、スプーンを口元に運ぶついでとばかりに、銀八は、汚れた神楽の口元に唇を寄せて舌で舐め取る仕草をする。
神楽には本当に口元が汚れているのかはわからない。
けれど、そっとそっと舌を伸ばしてくる銀八には何も言えなかった。
憎むべき相手だと分かる。
理不尽にも監禁されて拘束されたのは誰でもない神楽なのだから。
……でも、それでも…逃げようと試みられない自分が居ることに神楽は驚いていた。
自分のした事で顔が沈む度、神楽の胸はキュッと締め付けられていく。
まるで悪い事をしたように不思議と胸が痛みを訴える。


「もうお腹いっぱい?」


最後の苺を口の中に入れてもらい、ヘタを摘んでいる男から果肉だけを頬張った神楽を見つめながら、銀八が確認した。
監禁された当初、足りないと頷けば、すぐにでも買い足しに走ってくれていたが、最近では量を見誤ることはない。ちゃんと我慢していた半日分の食料を的確に与えてくれている。
それでも何時も同じようなことを訊いてくる銀八に、神楽も今日もまた、頷く。
口いっぱいに広がる甘酸っぱい果肉の味を噛み締めながら、頷く。


「そういや、ラズベリーも出てたな…。今度はそれにするか。ラズベリーは好きか?」


もぐもぐ咀嚼中の神楽の口端に接吻けていた銀八は、ふとその甘酸っぱい香りを吸い込んで、思い出したように訊ねてきた。


「ラズベリー知らないのか?」
「…?」
「まぁ…俺もよくは知らねーが、苺と似たようなもんだ。きっと甘酸っぺーんだろうな。…喰いたいか?」
「……。」
「わかった、明日な。…じゃぁ、これでごちそうさまだな」


そうして「ごちそうさまは?」と最後にそう訊ねる銀八は、神楽から「ごちそうさま」と小さな声を聞きだしてから、ようやく二人の食事の時間を終わらせる。
時間はどうなっているのかわからなかったけれど、銀八は一度家に帰ってくればそれこそ出勤の時間まで出ていかないようにしている。
ひとくち、ひとくち、ゆっくりと食事を取らせて、そんな神楽を楽しむ。
それから続いて、


「じゃあ、風呂入れてくる。片づけてくるから少し待ってろよ」


そう言って、扉を開けると出て行ってしまう。
今ならもしかしたら、鎖を引き千切って這ってでも逃げられるかもしれない。
わかっていても神楽は身体が動かない事実に唇を噛みしめた。
外から遮断された部屋では時間すら分からない。
いざとなればどうにでも動くことは出来るはずなのに……自分が自分で分からなかった。
絶望しているわけではないのだ。希望が望めないわけでもないのだ。今の状況を諦念するには、あまりに自分には似つかわしくない判断といわざるをえない。
助けを待つだけなんて、まったくもって似合わないのに…。


───しかし、銀八に監禁されてもうずいぶん経つが、神楽の父親やクラスメイトが此処まで嗅ぎつけた動きはない。
一度此処に監禁されてから、まだ一度も移っていない。それはまだ、誰も銀八の犯行を不審に思う者がいないということでもある。神楽には此処が銀八のマンションだということ以外、どこなのかはわからなかったが、それでも頭のいい銀八が外の世界と上手くやっていけているのだということは理解できた。
普段からの信頼がものをいう世の中だ。疑われるようなことを言ったりしたりさえしなければ、彼にはとばっちりなどこないし、疑いも掛からないのはわかりきったことである。
それに神楽自身いまだ何故こんなことになったのか…わからないのだ。銀八が何故こうなったのかわからない。こうなる前の彼を大して知らないだけに尚更わからない。だから、周囲の者が彼の変化に容易に感づくとも思えなかった。
もしかしたら、もう捜索は打ち切られているのかもしれない…。


「おい、まだ寝るなよ」


暫くすると何時もの様に銀八が戻ってきた。そして、ベッドに寝転んでいる神楽の鎖を外して、お姫様抱っこしてドアから連れ出す。
毎度の事だが、外の眩しさに神楽は目を瞑る。薄闇のなかにずっといると、普通の電気の明りにさえ肌がチクリと痛んだように思える。


「…今日は、青りんごのを入れてみた」


今度は新しく買ってきたらしいバスオイルの蓋を外して、神楽の鼻先で香りを楽しませる銀八はどこまでも穏やかだ。
そんな彼に、神楽もまた、ここまでマメだとは思わなかったアル……なんて不思議な感慨さえ思わずにはいられなくなる。
此処に連れてこられてからは何時ものことなのに、それでも、さっきの食事にしてもそう、何にしてもそう、どうにも違う人格が彼を乗っ取ったのではないかと考えては、まさか、とまた下らない思考のループに囚われる。


本当に、この銀八は、神楽の知る銀八なのだろうか…?


脱衣所で椅子に座らされ着ていた衣服を脱がされながら、神楽は改めて、明るい灯りのもとで跪いて自分を仰ぎ見る彼を見下ろした。
銀八は両腕を前から後ろに回して結んだ帯を解いている。今着せられている衣服は浴衣だ。
ずっと着せられていた男物のワイシャツとは180度は違う女性らしい柄の浴衣…。
時にはネットで買ったチャイナドレスを着せられることもあるが、化繊で織り上げられた透け感のある着物を着せるのも気に入っている。ちなみに今日着ているのがそれで、監禁されている部屋ではわからなかったが、どうやら薄い水色地の紗に、袖や裾に銀色の瑠璃唐草の淡い刺繍が施されていたらしい。
しかも寝る時に邪魔にならないよう、また直ぐ脱ぎやすいようにと、浴衣の帯はシフォンやリボンなど柔らかな素材の、くくりやすいものばかりでもある。
パサッと音を立てて床に落ちた真っ白なシフォンの帯を見て、ハラリといとも簡単に解けた浴衣の袷もそのままに、神楽はそっと袷から手を入れてくる銀八を見下ろし続けた。
そこには、露になった胸元に接吻けながら、薄い肩口に伸ばされた手でそっとそこを撫でつつ浴衣を肩から滑り落としていく男の姿がある。
慈しむような手の動きも、和らげられた目元も、なんと優しい色合いを醸し出していることか…。
生気のない眼は眠そうに開いたままだが、切れ長の瞳のなか、灯った熱は浮かされたように危いのに、滲むやわらかさは消えない。


「……はぅ…」


息を殺して我慢していた声がしっとりと漏れた。
胸から降りた唇が臍を舐めている間に、今度はパンツに手をかけられてゆっくりと脱がされていたようだ。
さすがに下着はコンビニなどで買っているのか、あまり凝ったものは渡されていないが、それでもけっして安物で
はないことはわかる。…ただ、教師だった彼が、女ものの下着を買っている姿はどうにも想像できないし、したくもないので、神楽のほうがそれを思うたび恥かしい気持ちになったりするのだ…。


そうこうしているうちに、何度も肌に唇を押し付けたり、舐めたり、上の歯で軽く擽ったりしながら、銀八は器用にも神楽の細腰を持ち上げ、剃られた無毛のワレメを晒していった。
産毛さえ生えそろっていないそこは、酷く幼い。だが、十五歳にしては全面的に幼い雰囲気が漂っていた神楽も、銀八との行為がそうさせたのか、女性としての上半身の特徴ははっきりとしていた。とくに彼とあぁなってからは、胸の成長が著しかった。少しずつ日増しにふくらんできているのが自分でもわかるほどである。
……そう、銀八が監禁を始めてから必ずする行為。神楽自身が認識することは出来ないが、二日に一度は必ず身体を繋げているのだ。共に横になる事は毎日だったが、身体を繋げるのはまるで儀式のように一定の日を置いてされていた。










fin


more
05/28 15:29
[銀魂]




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-エムブロ-