大人は判ってくれない








「結婚するつもりなのヨ」



愛娘がさらりとそう言った時、彼女の父親は飛行機の底が抜けたかと思うほどのジョックを受けた。


「 ……けっ こん?」


さりげないふうを装ったが、心臓ががんがんいっているのがわかった。


「いつ……決めたの……神楽ちゃん」
「先週。 でもパピー忙しいときだったから、話すのは今週になってからにしようと思ってたネ。 会ってみたら絶対に気に入るはずヨ!」


彼はどうにかこうにか微笑んだ。それが成功したかどうかはこの際問題ではない。
ときどき自分には愛する娘がひどく幼く思えることがあった。それも最も手のかかる3,4歳児かと思えるほどに…。上の子は上の子でいまだに酷い頭痛の種だったが、この子はちがった意味で彼をいっそ死期に追いやってくれる。
どうもいやな予感はしていたのだ。…急にあらたまって話があると三連休にこっちに帰ってきたと思ったら、どうやら恋人も同行してきたという。土・日と忙しくて会う時間を作れなかったが(実際会いたくもなかったが)、…執事の阿伏兎の話では、高校の教師をしているらしい……。



…──いやいやいや、ふざけてね?



だってっ、この春っ、高校を卒業したばかりのウチの娘の恋人が高校教師って───ッ!? ふざけるのも大概にしてくれッッ…!


信頼して日本の高校に留学させた娘が、そのまま日本の短大に通うと言いだしただけでも大反対だったのに、それを…それを……今度は永久就職────!?!
恋人の話を楽しそうにする娘に浮かんだある表情が、父親の彼を数分前から怯えさせていた。


「ほんとはネ、銀ちゃんが一番最初に伝えたかったと思うんだけど、パピーショックで死んじゃうかと思って。 先に私からカミングアウトすることにしたネ」


そりゃそうだ、と彼は心のなかで呻く。腹立たしさに煮えくりかえる思いだった。
まだ十八歳の娘に、未来の花嫁に(断じて認めないが)、たったひとりで親との闘いを挑ませる男がいたら、そんな奴は殺してやる…! いったいどういう神経だと疑うだろう。


「あっ、内緒だからネ? 銀ちゃんに言われたらパピー、ちゃんとチャブ台ひっくり返すぐらいはするアルヨ?」


のん気な娘はさらに彼に追い討ちをかけてくれる…。


「……いま、いくつなんだ?」
「えっ? …あ……えっとぉ、…確か……二十七アル。でももっとずっとしっかりしてるヨ?」
「そう…(か?)」


彼はもう何と答えていいかわからなかった。


確実に娘が高校時代に手を出していただろうその腐れ教師を思って、ふつふつと殺意が込みあげてくる。
よりにもよって───
よりにもよってッ、生徒に手を出すとは……ッ。
しかもウチの子に…!うちの神楽ちゃんにっ!! このアジアでも有数の夜兎グループの令嬢にっ!!
“しっかり” というより、 “ちゃっかり” じゃないのか!?
思いたったら吉日の、この娘を諌めてくれるべき相手が、『教師』でそれじゃあ…端から問題にもならない。


『ちょっとふてぶてしいくらい礼儀正しい奴でしたよ』


阿伏兎の言うとおりならまず信用ならないだろう。だいたいこれまでのところ、子供たちの遊び相手(悪友)や世話になった知り合いを好きだと思った試しがなかった。うちの子たちは、好きとまでいかなくても、せめて父親が我慢できる『他人』を見つけてくる可能性すらないのではいか、彼はそう思いはじめていた。


「いつその─…」
「坂田銀八先生アル。私は銀ちゃんって呼んでるネ」
「…そう。 ────で、…いつそいつに会ったらいいんだ?」
「いつでも…って言いたいところだけど、明日で三連休終わっちゃうヨ」
「じゃあ明日だな。お父さんが上海に発つ前に、ホテルで食事でもしようか」
「最高ネ!」


神楽はにっこりした。
彼はそこで、聞かずもがなのことを聞いた。


「神楽ちゃん、もう気持ちは決まってるのか?」
「もちろんヨ」


やはり恐れたとおりだった。
愛娘は父親の顔つきに気づいて笑いだした。


「パピー… 私と銀ちゃんを信じてヨ!」


信じたいのはやまやまだったが、胸の奥底では娘は間違いを犯そうとしているという気がしてならなかった。










愛した妻の忘れ形見のこの娘を、どんなに… どんなに大事に育ててきたか……。


彼はこの結婚を祝福する気持ちにはやっぱりなれなかった。それどころか、早くふたりのいない所にいって思う存分泣きたかった。また同じことの繰り返しだ。可愛いわが子のひとりが、好き勝手し放題で父親である彼の不幸の種になろうとしている。どうして後数年待てないのだろう? 
何故こんな男との結婚がすべてなどと思うのだろう? そうでないことは一族として生きてきた者ならだってわかりそうなものなのに。
娘はたしかに美しく、信じがたいほど愛くるしいが、その中味はまだまだ幼稚で、あらゆる動作や言葉が親の欲目から見ても生意気で危なっかしく、愚かしい。見ていると爆発寸前の爆弾みたいな感じがするのだ。それも、ずっと性能の低い、爆弾…。自分の存在が他者にとって危険か、そうでないかも自覚できていない。天然……いや、天然といえば聞こえはいいが、バカなのだ。自分の子がバカだと自覚するにはそれなりの覚悟がいったが、彼はとうとう自覚した。とはいえそんな娘のすべてを溺愛している親バカも、その娘が連れてきた相手の男こそ、自分のそれに輪をかけてふてぶてしいところ、身の程知らずなところ、まったくもって腹立たしいが…見かけによらず情熱的で一途であたたかいところまでそっくりなのだ(泣笑)。イコール自己否定の道に繋がりかねないほどに……。


『ちょっとパピーに似てるのヨ?』


そう言って照れくさそうに笑っていた娘。


嗚呼…、ウチの子はファザコンだったのか……。思わず笑ってしまいそうになるほど、どこか馬の合ってしまったこの男に、理屈じゃない嫌悪感は湧き上がってくる…。
しかも彼は、男が愛娘を見る目つきから、この天下の夜兎グループの総帥にケンカを売るだけの度胸と、ひどく偏執的で手遅れな愛情に苛まれてしまっている印象を受けた。もし結婚を承諾しないと───駆け落ちするとまで言いだしかねない我が娘を咎めず、あっさり了承してしまいそうな───気がする……。
どこからどう見ても、娘にベタ惚れで、愛情を盾に利益を貪ることなど考えないタイプだ。なんと厄介な…。
本当にそれこそ厄介だった。まだ娘の財産目当てのゴロツキの方がこの際処置のしようがあるというものだろう。
この愛する愛する大事な娘が、ほとんど間違いなく幸せになれる未来を摘み取ってしまえるほど、自分が悪人になりきれないこともわかっていた。むしろそんな父親がどこの世界にいるのか──…いや、実際この世界にはごろごろいる。けれどいたとしても、自分はそうはなりたくない。
どんなイケ好かない男にだって、いずれは娘を奪われていくのだ。
でも18で……18でそれはないんじゃない───?! しかも相手は異国のしがない高校教師。嘆かずにはいられないのが、子には伝わらぬ親の愛情…っ。
にもかかわらず、娘は男のことを理想の相手のように今も見つめ、男のほうも娘を正気で熱愛している。その互いが醸しだす特有の空気…。いっそ、ひと思いに始末してやろうかと息込んでここまで来たものの、呆気なくそれは敗れ去った。殴るタイミングさえ逸して、むしろ物分りのいい父親みたいな顔で男の前に坐っている────。思わず妻が生きていればと顔を覆いたくなったほどだ。いかんいかん。
食後、男がトイレに立ったところで、愛娘は嬉しそうに父親の顔を見た。



「パピー、銀ちゃんのこと、気に入ってくれた?」


この娘がこんなにも盲目になっている。それは往生際わるく父親を憔悴させた。彼は愛娘の手をやさしく叩き、ほんとに真剣なんだなと言った。少なくともそれだけは真実だった。


その後、ふたりして書類を取りにきたとき、彼はなんとかもう一度娘とふたりっきりで説得を試みたがそれも失敗に終わることとなる。


「……なぁ 神楽ちゃん。結婚というのはとても真剣なものだと思うんだ、お父さんは」


そう切り出したときは自分でも馬鹿ばかしくて、四百歳の年寄りにでもなったような気がした。


「私もそう思うアルヨ?」


娘は面白そうな顔をした。こんな言い方はおよそ父親らしくなかった。いつもはもっと直裁的なのに、今ははっきりものを言うのが恐しかった。


「私たちふたりなら、すごく幸せになれると思うネ!」


少女が楽天的に言った言葉が、彼には絶好のきっかけになった。


「さあ、それはどうかな。 普通の男なら、もう少し利口に世の中というものが理解できそうなもんじゃないか?」


男は娘と付き合うかぎり覚悟はいつでもしてきたと自分に話していた。〜〜〜この、いけしゃあしゃあとのたまう犯罪者がッ…!! 娘の前だ、思ってても口には出せなかったことが今さらながらに悔やまれる。


「考えてもみてくれ、神楽ちゃん。 ふたりはまだ若い。人生をサバイバルゲームのようなものだと勘違いしてるんじゃないか? だから、常に自分のことを真っ先に考えたっておかしくない。結婚ということになったとき、果たして、神楽ちゃんたちの考え方が同じなのかどうか、お父さんは疑問だと思うね」


意地悪な言い方だった。 思ってもないことを口にしてしまった後味の悪さに、さすがの娘も不安な顔をした。


「それは、どういう意味アルか?」
「…うん?」
「まさか……銀ちゃんが、私の財産をねらってるかってこと?」
「だったら良かったんだがな」
「酷いッパピーっ!!」


娘は腹立たしげに父親をにらみつけた。そんなことを言う権利は誰にもないはずなのに、父親だから許されると思っているのだろうか、失望の顔だ。


「銀ちゃんが、っ!そんな腐った男じゃないのはパピーにも充分わかったはずヨ!!」
「神楽ちゃんこそ付き合ってどれくらい経つ? 一年か? 半年か?」
「二年と五ヶ月アル!! 16歳の誕生日に抱きしめてもらったネッ、それからずっと…ずっと……っ」


にもかかわら親にも世間にも公言できない秘密の関係だった。男のほうは何ひとつ間違わずにそれをやってきた。
常に周囲を警戒し、もっとも愚かな判断を下して生きてきたのだ。ようやくそれらから解放されての、決断のひとつにすぎない気もした。
愛し合っていることは火を見るより明らかだったが。


「お父さんは、とにかく、もうちょっと待ってみてもいいんじゃないかと───」
「私の人生は私のものヨっ。あれこれ指図されたくないアル!!」


愛娘は怒りをぶつけた。


「これでも口を出さないようにしてはいるつもりなんだぞ」
「わかってるヨッ!」


彼女は怒りを鎮めようと努力していた。父親と喧嘩するのはいやだった。でも、彼が大好きなあの人に好印象を持ってくれなかったのがひどく悲しかった。彼女自身は、はじめて会ったときから恋愛感情ぬきでお気に入りだったのに。


「ただ、パピーはいつも、私たちにとって一番いいやりかたを知ってるって決めてかかってるデショ? そうでないときもあるのに」


もっとも、そうでないときがめったにないのは、神楽も知っていた。こと四つ上の兄においては本当に父親の迷惑になってばかりだ。


「今度ばかりは、お父さんが間違っていればいいと思いたいんだよ、神楽ちゃん」


父親は悲しげに言った。本当にそうだったからだ。


「私たちの結婚を祝福してくれる?」


少女にとって、それは重要なことだった。これでも彼女は父親を敬愛していた。


「神楽ちゃんが望むなら」


彼は身をのりだして愛娘の額にキスをした。その目は涙にうるんでいた。


「おまえを愛してるんだよ、神楽」


そう…永遠に手放したくないくらいに。


「つらい思いはさせたくない」
「するわけないモン」


愛娘は明るく答えた。
娘が行ってしまってからも、彼は長いあいだ仕事机に座って、亡くなった妻のことや子供たちのことを考えていた。自分の子供がどうして揃いもそろってこんなに頑固なのか、彼にはどうしてもわからなかった。
むしろ……これからが大変なのだ。
古くから続く血統なだけに、本人同士の同意だけでことが進むほどこの世界は甘くない。あちらの両親……いや、親はいないと言っていたな……たしか叔母に育てられたと。じゃあその叔母に挨拶に行って、こっちの一族にもお披露目…というか黙らせて、それから親族連中の一筋縄ではいかない耄碌どもを説得し、見合いだなんだと小うるさかった系列にあたる他家にも知らせて、神楽には内緒にしていたが許婚の李家にも────……嗚呼それより…妹だけは小さい頃から溺愛しているわが息子に、何と告げたらいいものか……。きっと自分の比ではなく、怒り狂って式でも披露宴でも滅茶苦茶にしかねない。問題はそれこそ山済みだった。


部下が上海への飛行時間がせまっていると伝えにきたが、彼はとてもじゃないが動ける気がしなかった。











fin


わーい、逆玉だ! (←



MAGIC!/Rude
娘さんと結婚させてもらえませんか?
YESと言って、
YESと言って、そう知りたいから
そしてあなたは言う、おれは死ぬまでおまえの世話にはならん
残念だったな、若造、答えはノーだ



数年前に大ヒットしましたね。カナダ出身のレゲエバンドMAGIC!




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