たとえば、空腹のどん底にある獣を想像するとしよう。
空腹で餓死が迫ってきたとき、それらは目をぎらつかせ、恥も外聞も捨てて食物をあさる。だがいったん、食にありついて満たされ、これからは常に食を保証されると知ったときから、飢えていたことが嘘のように、その食物への興味を失う。
言いかえれば、獲物を手に入れ、それを消化してしまうと、今度は急速に獲物への興味を失っていくのだ。
そう、自分たちの性愛は食欲に近い。
男の体内には、常にそうした爆発的な衝動が隠されていて、それは見方を変えれば、性的な衝動に近く、一種のリビドーだといえる。
実際、男の場合、食欲も性欲もともに根源的欲望で、それを満たされるまでは親切の限りを尽くすが、満たされるとたちまち怠け者になってしまう。
けれど、嘘ではないのだ。
はじめに相手に近づくときに見せた一途さは、まさに真実以外のなにものでもないし、そのとき俺は、心からこの仔に惹かれ、欲しいと願っていた。この仔を掌中にするためには、教師としてのこのプライドも、地位も捨てていいと思ったことに偽りはない。…そしてそれは今も変わらず、涙ぐましい努力とともにある。
よって、上のは、ほんの大げさな一般論だ。例え話だ。
例外ならどこにでもある。
「遊びだったアルか…」
だから遊びなわけがない。好きだ。愛してる。大好きだっ。愛してるのも好きなのもこの仔だけ…! 例えも悪かった! 『食物』と『獲物』じゃ誤解を招くよなッ。
でも───ただちょっと……ほら、俺も男だし? 年ごろの女生徒から巨乳とか、たぷんって押しつけられて腕を組まれたりしたら…さっ。やべえってなるって! つーかなんでそれだけで浮気あつかいになんのっ!! こんなんだけど、教師してたらやっぱそれなりにモテるし! しょうがないじゃん、狭い世界なんだから…っ
「っ…銀ちゃんなんか大ッ嫌い!」
宥めようとして伸ばした手は、届く前にはたき落とされた。
「銀ちゃんなんか嫌い嫌い嫌い嫌い大ッ嫌いっ! もう絶交ヨッ!!」
あ…
俺、捨てられる…?
そう思った瞬間、情けないことに足もとから崩れるような感覚を味わった。もしかしたら今まで自分がしでかしてきた酷い女へのあつかいが、こんなところでツケがまわってきたのかとも恐怖した。
正直いって、恋愛において浮気とか心変わりという女の批判は、俺にとっていま一つ承服しかねるところがあった。身勝手で不実なことだが、心変わりも仕方ないじゃないか、と自己弁護している部分は確かにあった。
心変わりは女たちも同様で、かつて欲しいと思っていたものが、身近にあふれてきたらやはり粗末に扱うようになるだろう。
それと同じ理屈なのに、なぜ、わかってくれないのかと、心の底ではそう思っていた。
それが今は、こんな些細なことで、この仔に土下座している自分のなんたる立場の弱さ…。
この仔によって、開発され、啓蒙されていった、俺の中にもあった最もやわらかい部分が、育んだものを───これからも育んでいくものを───必死で深めようとしている。
男は女のように愛を二人だけのものとして、ひたすら内側に向けて深めていくことは難しいというが、この仔に限ってだけいえば、俺にはそれができるのだ。
そうしたいと願い、そうするべく努めようとせずとも、心と体がそれを求める。
「……もう二度としないアルカ?」
だから浮気したってことにはならないでしょアレェ!!
とは思いつつも、
「うん」
即答した俺はいったい何者だろう。
fin