夢みる鋸歯の海をラジィカルに泳ぐ







神楽は銀時に海に連れて行ってもらった時の最初の記憶を、今もたまに思い出している。
海を、どこか魔物の魅力のように捉えていた。銀時の手に支えられて浸った夕方の海は、生きているようにどよめいていて、それから後何日、日が経っても、神楽は海が生きていたと信じていた。神楽の白魔の膚は海を苦手としたが、そのくせ心のどこかでは、もう一度浸かってみたいと魔力のようなものを感じていたのだ。
それで夏になると、いつも毎年、海へ行きたいと神楽は言い出す。
去年はバイトが入って竜宮城などにも行けたが、今年もまた行ってみたかった。一度、散歩の延長で気まぐれに遠出した初夏の海を堪能したが、あの時は水着をもっていかなかった。本格的に真夏の海で遊ぶのもいい。
神楽がお妙と街に出た時、ひどく気に入った水着を見つけたのも一因である。鮮やかな真紅に近いピュアレッドで、サクランボの色に似た水着だった。紐で結ぶタイプの薄い三角ビキニだ。やや大人っぽいが、神楽の白百合のような花びらの魔の皮膚と、白桃のように実ってきた身体のラインにまぶしげに目を当てたお妙などは、うっとりとする口調で、酷く似合うと太鼓判を押した。買ってあげると言われたが、神楽はアンクレットのこともあって、銀時の許可なしにこういうものを買ってはならないと言われていたので、遠慮して、少しためらうように、


「銀ちゃんに、買ってもらう」


と、口にした。
どこかすねたようにはにかむ神楽が非常に可愛くて、妙は内心、銀時をボコボコにしてから表面上はつつがなく微笑んだ。
銀時は化粧もそうだが、肌を見せる服装に関してもあまり譲らない。
ミニ丈のチャイナドレスを常に愛用しだした十五歳の神楽を、内心あまりよく思っていないのもわかるが、そこまで禁止すると、神楽に嫌われそうで黙っているのだ。ただ散歩の時は別として、仕事で外に出る時などは、とにかく足を見せるスタイルはやめなさいと何度も忠告されるので、神楽はそれだけは守っている。銀時の言うことは大体聞いてあげる神楽だが、可愛くおしゃれをした自分が嫌いなのだろうかと、最初の頃は疑ってしまった。深い関係になる前からそうだったので、神楽はいわば十四歳の頃から、銀時のその微妙な専横と独占を受けて育ってきた。
銀時は家の中にいる神楽にひどく安心している節がある。
家の中だけでしか飼えない飼育の難しい貴重な愛玩種を、外に出すなどもってのほかだと、そういう引きこもり精神もあるのかもしれない。
もともと銀時は出不精で、自分の欲望のためにしか外に出ない男だったが、定春を散歩させるように神楽を散歩や買い物に連れて行くことは好きだった。だがそれも、今はあまりなくなった。
あまりに自分の愛犬が可愛くて、散歩に行っているのにほとんど腕に抱いて歩かせない老人などがいるが、それと一緒である。
たぶん銀時は、神楽といっしょにずっとこの城で過ごすのが好きなのだ。
でも、神楽は外に出たいし、遊びたいし、銀時以外の人たちとも交流を持ちたい。もっといえば、お泊りもしたいのだが、銀時と身体の関係を持つようになってからは、一度も外泊を許されたことはなかった。
お妙の家や、そよの城で、神楽は定期的に女子会なるものをしていたが、今はお妙の家に遊びに行っていても、帰りには必ず銀時が迎えにくる。
そよの城に行っても、いつも夕方になると帰るようになった。
豪華な夕食を食いっぱぐれるせつなさに後ろ髪を引かれたが、神楽は銀時と一緒にいることも飽きないので、今のところは素直に男のもとに帰ってくる。
正午やたまに午後(夕方)、決められた時間どおりに帰ってくる神楽に、銀時はどこかほっとした顔を見せるのだが、心配しすぎだろうと思わないでもない。
銀時のほうは夜も飲みに出かけなくなったので、金があればあるだけ毎晩飲みに出歩いていた時があったことを知る神楽としては、なんだかなぁと思うこともある。
一度、「飲みに行かないアルカ?」と聞いたが、銀時は「行く必要ないじゃん」とはっきり、きっぱり言い切って、神楽を驚愕させた。
お酒が好きで、飲み屋の雰囲気が好きで、そういう銀時もまた彼の一面で本当なんだと思っていたから、神楽には軽いカルチャーショックみたいなものだった。
じゃあ何のために飲んでたのとは聞けず、神楽は銀時に夕食後いそいそと布団を敷かれ、風呂にまで入れてやりたいと言わんばかりの申し出をできるだけ断って、ひとりだけの風呂を堪能するのだった。唯一まともな時間の気がしてきたが、神楽はのんびりと風呂の中で、自分の成長してきた白い身体に目をあてて、無心に清めていく。
銀時がとくに可哀がるところを洗うとき、神楽は漫然と微笑っていたりする。神楽は自分の体にまだそこまでの魅力があるとは思っていない。
胸など多少大きくなったが、まだ中ぐらいの白桃をのっけたようなものだし、神楽の周りにいるナイスバディーの女性陣などには到底及ばない。
けれど、銀時は神楽を掌中の玉のように扱うのだ。ときにシナの王様のように、玉を手で転がすように青白む顔をしている時もある。毎日ピカピカに磨きあげて、うっそりと微笑って掌の中で転がしている。そういう男のいやらしい印象も受ける。
銀時は毎晩、神楽に愛していると言う。
神楽にもそれを求める。
神楽は、快楽で屈服させるようにして強引に言わされるのは嫌いだが、ちゃんと愛しているとは、ごくたまに伝えている。
男として、銀時がちゃんと好きだと。
男としてもちゃんと好きじゃないと、この関係は続いていないとしっかり理解してほしい。
ただ銀時ほど、恋や愛に対して、のめり込めないだけで。
神楽は銀時が好きである。
絶対的に好きだ。
何ものをも透徹して好きだ。
生まれ変わっても出逢えると信じている。
それは変わらない。
最初の頃は、そんなドライすぎる神楽に銀時が不安を抱いて、ひどく不安定だった時期もあるが、神楽はおおよそこういうものだし変わらない、神楽は神楽なのだ、仕様のないモンスターだ、愛の肉食獣だ、可哀い王様だ、と理解し、諦めたようだ。
銀時が風呂に入ったあとはのんびりとテレビを見ているが、やはり出てきた銀時に、そのまま寝床に直行させられて、毎晩──神楽は肌がぐちょぐちょに溶け合うまで何度も可哀がられて睡りについた。


その晩も、神楽は夕食の前と、風呂の後と、情事の最中にも、それが欲しいと、どうしても欲しいと言い出し、銀時にねだった。
昼に一目惚れした水着の件で何度もお願いしているのだが、銀時がしぶってきいてくれないのだ。
だんだんイライラしてきた神楽は、四度目のえっちをすげなく拒否った。
なので、銀時はいま獣の仔をドナドナドーナとなだめながら話を聞く羽目になっている。お妙の奴、いらんところに連れて行きやがって、ふざけんな! ってなもんである。銀時の胸中は夏の嵐のように荒んでいる。
何故なら聞くだけで嫌な予感のある水着の実態に、銀時はうなずきたくない。


だってソレ、ビキニだろ。
しかも紐? ヒ・モ。
ヒモって…。
しかも三角ビキニって…。
しかも極小サイズじゃねーのそれ。
マイクロビキニとかいうやつじゃねーの。
そんなん許せるカァァァァァ。


……ってなもんである。


だが、神楽が一度言い出したら聞かないことは経験から知っているので、銀時は四度目と五度目と六度目の続きを条件に、とうとう一緒に見に行く約束をしてしまった。
そうして翌日、銀時と一緒に見に行って、色を確かめ、そこまで極小ではないことを検証し、しぶしぶ、仕方なく、泣く泣く、いやいや、買い与えたので、今度は海へ行くと言い出してきかず、とうとう海へ連れて行くことになった。
神楽は塩水に弱いのだ。銀時のこよなく愛する、神楽の白い分厚い花びらのような耽美な膚が、海の太陽で枯れ、海水で干上がり、悲鳴をあげて潮焼けで傷むのなんて見たくない。
だからどっちかというと、夏はプールで我慢させていたのに…。
日射病でぐったりする神楽も見たくないのだ。神楽が太陽に嫌がらせのようにイジメられるのは、銀時の胸を焦がすほど痛めつける事実だった。太陽にさえ抱くこの暗澹としたただならぬ殺意に、銀時と神楽の夏が幕を開けたのを感じる。
真夏の夜の、うだるような暑さの中でする、破廉恥なセックスを思い描いて、今年の夏の夜のすべてに顔がニヤけないわけではないが、銀時の神楽は夏が苦手なのだ。
しかも夏には魔物が住んでいる。
人を開放的にさせる最大の魔物が。
神楽を海になど連れていったら、目を離したすきにすぐ誰かに攫われてしまいそうで、銀時はそれが怖かった。
怖いというよりいっそもう、絶望的な畏怖が付きまとう。
ギラギラした男どもの眼が、めったにお目にかかれない絶世の美少女を目の当たりにするのだ。すぐ魂を抜かれ、その身体の不可思議な美しさと異様な魔に、狂気に走る夏が目に見える。
この神楽がそうそう銀時以外の男に気を許し、無抵抗で何かされるなど考えられないが、世の中には、神楽の知らない、考え付きもしない恐ろしい、事件が山とあり、そういうことは夏だけでなく、一年中どこの星でも国でも街でもありえることだが、やはり夏は魔物なのである。
銀時の庭である歌舞伎町ですら、神楽を野放しにできないほど、銀時は心配なのだ。
神楽を奪われることは、絶対にあってはならない。
神楽が銀時に飽きることも絶対に。



絶対に銀時の傍から離れないこと。
波際で遊ぶくらいならいいけど、昼間の海には浸からないこと。
泳ぐなら夕方、日が沈んでから銀時の傍でということ。


それらを条件に許可を与えたが、これくらいの口約束など神楽はいつ破るかわからない。トラブルメーカーでもあるので、何やら厄介ごとを引き寄せでもしたら、その瞬間から、神楽は銀時から離れて行ってしまう。
しかし銀時は、ウキウキと嬉しそうな神楽を見ることもやはり好きなのだ。
時にあまりに不安になって軟禁状態にしたり、自由を奪ってしまうが、自分が与えてあげられるものに神楽が満足する瞬間が、銀時をこの世の神とさせる。神のような気分になる。神楽に歓びを与えてやれる、唯一の男として、唯一の存在のように、誇らしくも絶大な力が、湧いてくる気分にもさせてくれる。
男をそういう気持ちにもさせる女なのだ。
大事にしてやろうって。
奪って、略奪して、一生大事にしてやろうって──。
神楽がいまも自分の傍にいてくれるだけで、銀時は時に自分がスーパーマンにでもなった気分になる。
そうしてまんまとそんな気分のまま──、その夏、休暇を取った翌日に、神楽と新八とを伴って銀時は海に出発したのだった。




もちろん、海ではいろいろあった。
本当にいろいろありすぎて銀時の血管が何本か切れたり、新八の眼鏡が何回か割れたり、血まみれの砂浜や、野郎どもの血気盛んな症状で海が赤く染まるという怪現象まで起こり、ぷかりとエイリアンの鯨が浮かび上がったりしたが。。。
一応、無事に帰ってこられたとだけは、言っておきたい。





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06/15 18:30
[銀魂]




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