「美味いか。神楽」



銀時がスプーンの手を止めて、神楽を見た。溺愛を抑えている暑苦しい目である。
神楽は黙って、菜の花のような、鮮やかな黄色の半熟卵と海苔の細切りをご飯の上に載せて、唇に入れた。銀時にとって、もうずいぶん長いように思われる月日の中で、毎日見てきた、箸やスプーンで唇に詰めこむような稚い喰い方だ。
神楽は桃なぞを食べる時、腹の空いた幼児がやるようにしゃぶりつく。好む菜を載せたご飯は、箸やスプーンで唇に詰めこむようにする。飽くことなく、貪ろうとする神楽の、<愛の肉食獣>の特質が、ものを食う神楽の唇つきに現れているのだと、銀時は見ている。
あて気のない、可哀らしいふてぶてしさが充分に意識したものになり、裏に悪気を張りつけた無関心を、自分に見せ付けるようにするこの頃の神楽に、一つだけ残っているのが、この肉食獣の特質を無意識に現わしているものの喰い方だ。
神楽は銀時が密かに思っているように、この家から、また、新八を含めた万事屋から、今日こそは少し離れたいと思っている。だが神楽の心の中には、昨日より今日、今日より明日と、鬱陶しくなってくる銀時を苦しめてやりたいという理不尽極まるデモーニッシュな癇癪がある。
平常体の内側に、もくもくとして持ち上がっている神楽のメランコリーがこの日、ことにこの朝、神楽の中に、俄かに燃え上がったようだ。
神楽が、青豆とにんじんとが浮かんだコンソメのスプーンを手のひらにして、自分をチラと見た時、新八は今朝の神楽の凝視をまたそこに見た。




(──そろそろ、限界かなぁ…)


と、新八は思っている。デパートから戻った銀時が神楽を外に出さなくなって二日。今度の目は何気ないようでいて、ほんの一瞬ではあったが、カッチリと極めつける目である。
新八はドキリと一つ、大きな動悸が鳴るのを覚え、神楽がスプーンで詰めこむようにして、半熟卵を載せたご飯を喰べるのをぼんやりと眺めた。
新八の頭は今、緊張し過ぎているために気が抜けたようになっている。新八の目はついさっきの銀時の、溺愛の針を押さえた愛撫の眼をも捉えているのだ。

神楽は、焦げ色のきれいな紅鮭の焼き魚、昨日の残りものの水那須のお新香、青豆の入ったポテトサラダ、等を次々に、美味そうに喰べ、飯も二杯半平らげた。食が進む神楽を見て新八は、普段より飯を多めに盛って勧めながら、一方銀時の、味の無いものを食うような箸使いを盗み見た。



(今日こそは外に出してあげないと、爆発するかも……)


また、新八は銀時の様子を盗み見た。


(……でも、神楽ちゃんもある意味、我慢強いなぁ。)


銀時のやりようは、新八にだって賛成できない。熱中症が心配だという理由で、もっともらしく銀時は口にするが、下手な言い訳は時に怒りを増幅するだけだ。神楽を片時も放したくないのは理解できる。夏が近くなってくると、それだけ外で疲弊するからだ。家の中で銀時とのんびりしてるほうが、神楽も安全ではあるだろう。けれど、まだ遊びたい盛りの娘に対して、あまり自由を制限しすぎると後のしっぺ返しが怖い、ということも十分承知しているはずである。
銀時が、時おり繰り返すこの軟禁事件は、冬の間も数回起こったが、今のところ神楽が怒りを爆発させたことはない。それだけに、暑苦しい季節もあいまって、この頃のさらに暑苦しい銀時の仕様に、溜まりに溜まった神楽の不機嫌が、いつキレるかわからない時限式の爆弾を抱えているようで、新八は不安になる。


居間の照明の、檸檬色の明るみの下で、神楽の顔は異様に美しい。今朝出勤してきた時に見つけた、首筋の赤い痕はもうすっかり無くなっていたが、神楽の顔も、全身も──きっと全身に散らばる疵痕があるために──憎いほど可哀らしいのだろう。洗った髪がしっとりと顔を囲み、顎から首、固い円みを持った肩から腕へ、湿り気のある皮膚の上に、神楽の香気が、目には見えない湯気のように迷い出ている。
不思議なものを見るように、新八は神楽を見ている。
最後の一口をスプーンで唇に詰めこむようにすると、神楽はスプーンを手のひらに持ったまま、不意に、立ち上がった。新八が慌てておかわりを確かめたが、神楽は首をふる。燈の下に濃い睫毛の影を落とし、唇の中のものを飲み込んだ神楽は、頬を動かしている銀時の顔に、じっと目を当て、言い放った。



「高杉って、まだ江戸にいると思うアルか?」


夢から醒めたように神楽を見上げ、死んだ魚のように開いた銀時の目はたちまち警戒の色を一杯に、宙に据わった。
その銀時に追い撃ちをかけるように、神楽が言った。


「また、会ってみたいネ」



茫然と、神楽のスプーンを持った手のひらの辺りに当てられた銀時の顔は、惨めに歪んで、神楽の残酷な心を充分に、満たしたようだ。




銀時の怖い顔にじっと目をあてると、神楽はスプーンを卓の上に投げるように落として部屋を出た。それまで、息を詰めて見守っていた新八が、この時、二人の食事の世話を自分の役と決まってはいるものの、この場に他の者がいたら明らかに修羅場と見るだろうなと思った。急いで、食器を下げる通い盆を取りに台所に向かったのと、神楽が擦れ合うようになった。慌てて体を引いた新八の脇をゆっくりとすり抜け、神楽は洗面所に向かった。髪をセットして、外に行く用意をするのかもしれない。

一瞬、新八はその眼鏡の奥の目を見開くようにして、歩いてゆく神楽を見送った。神楽の仕打ちを逐一見ていた新八の目にはその時神楽が、口の端に血が一筋、糸を引くように膠着している豹のように見えたのである。だが、可哀らしい肉の柱のような腕で壁を触り、足音のない足で歩いて行くのを見ていると、やはり可哀らしいのだ。大きく開けた時、笑ったように見える猛獣特有の口で、喰いちぎった縞馬の肉を咥えて去って行く白い仔獅子のようなのだ。足音の無いところも似ている。新八は一つ瞬きをして、なおも見送っていたが、我に返って急ぎ足で台所に行き、通い盆を取って引き返した。

居間に行くと、はっとしたように銀時が立ち上がった。
洗面所に走って行くようだ。食器を片付けていると、思いのほか幼稚な二人の口論が聞こえてきたが、結局銀時が折れることになるのは目に見えている。
さじ加減を見誤るなと、新八は心の中で大きく溜息をついた。











fin





Basement Jaxx/Never Say Never

踊ることをやめてしまった人類に、再び踊ることの必要性を訴えるため、日本人科学者である中松夫妻が、フリフリお尻ロボット「Twerk(トゥワーク)」を完成させるまでが描かれているPVは、英国出身のダンス・ユニット「Basement Jaxx」の曲です。




03/10 13:52
[銀魂]




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