ジルドレーの貞操帯









合図をしたわけではないが、その時たまたま居合わせた服部と山崎は、異様に光る目でお互いを見合った。
それ以後、神楽はしばらく歌舞伎町から姿が見えず、万事屋に引き籠っているようで、犬の散歩にも新八が行っている。
銀時も全く家から出て来ず、別に監視しているわけじゃないが、とにかく、不気味なほど音沙汰のない平穏な風景に、逆に落ち着かないものがあった。
住人は通報なりなんなりしたほうがいいんじゃないか…。みんな見て見ぬフリなのか。無責任な…。
上司やその上司など時折りイライラしている。
彼らは現場を見ていたわけじゃないが、鼻が利く人種なので鬱蒼と何かを感じ取っていた。
いつもいた狂い咲く桜のような美しい少女の姿を見かけない事ほど、不穏に駆られるものもない。
生きているのは確かだし、江戸にいて、あの家の中にいるのは確かなのだが、一歩も出てこないとなると心配になるし、不安を煽られた。


山崎は一度、監察のスキルをふるに使って、犯罪すれすれの好奇心を満たしてやろうと、意地悪く、万事屋の屋根の上に忍び込んだりしたことがある。
だが、銀時は四六時中神楽の傍にいて、トイレに行くにもおんぶに抱っこで、以前よりさらに神楽を甘やかしている様子が、胸がむかついてくる程だった。
もっと酷い事や、致命的な犯罪、あらゆる残酷で狂ったような悪趣味な光景が、繰り返されていると想像していたが、意外にも平和で、退屈を飼いならしている二人の様子に拍子抜けした。
腐敗はしているが、ヒステリックではなく、不愉快なほど豪奢な蜜の自堕落な匂いがする。
愛自体は所詮、虚妄で錯覚にすぎない、観念的で精神的である。と山崎は常々思ってきた。愛し合えば親しくなり、理解が深まるというのは虚構で、実際はますます男女の差が浮き彫りになってくる。男の愛の韜晦さ(才能、行くえ)がわからず、女は時に自らの情熱のままに突っ走っていく。女に、男のそういう愛がわかるわけがないと、そう思ってきた。
だが、そんな観念を超越して、山崎が盗み見る男と少女は、ちぐはぐなようでいて、メンタルとフィジカルの両面で見勝手に許し合う(愛し合う)一対一の関係を築いていたのだ。
まさに、天才と狂気との微妙な差異を作ること。否、作り込んだわけではないが、物ともせず、迷いもない、風変わりでフェチズムなふたりの絶対的な関係だった。
銀時自身は多少不安定なのだが、何やら神楽の不動さというか、天下のスケールにおいて一貫した不逞さが、女の愛は絶対的であるという観念と、ひとつの真実が、そこにはあるようにも思えた。
ちらと見ただけでも、神楽の様子は一層魅するようなものを増したように見える。
そんな神楽の様子にイケナイと思いつつ、好奇心はとめられなかった。山崎はこっそりと、屋根裏から何度かふたりの日常を覗いてしまった。


銀時は、食事も雛鳥のように神楽に食べさせていた。
彼自身、神楽に餌を与えながら自分で同じスプーンを使って食べていて、ふたり並んでソファーに座り、もしくは銀時の膝の上に神楽を座らせ、三食ともそんなふうに与えていた。
水気はもちろん口移しでちゃっかり飲ませている。神楽が嫌がっても、おかまいなしにむちゅむちゅとキスしている。昼に一度スパゲッティの時があったが、神楽を膝に片手で抱き寄せながら、皿からくるくるとうまいことパスタをフォークに巻き付けて、薔薇色の唇まで運んでいた。もぐもぐと神楽が咀嚼している間に、またくるくると巻いていたが、次は自分の番なのに、神楽が満足するまで先に与えることにしたようで、どんどん少なくなる大量のパスタもほとんど神楽に食べられていた。


おやつも銀時の手作りのようだ。ときどき焼き菓子のいい匂いが漂ってくる。神楽はそういう銀時にはパッと喜んで、ひどく素直だった。単純で至極かわいらしい。男が撫でくりまわしたくなる気持ちもよくわかる。むっつり不機嫌な時でさえ、それで大概気を許して銀時への不満も忘れているのだ。不満といっても可愛いもので、定春の散歩に行きたいとか、酢昆布を買いに行きたいとか、触るな変態とか、それぐらいの小さな駄々っ子のようなものだった。だが、銀時はまだ神楽を外に出したくないのか、なだめるようにして、あの手この手で神楽に尽くしている。


甘いおやつタイムが過ぎると、今度は風呂にも入れてあげている。
そうこうするうちに、風呂場から少女のいやらしい嬌声が聞こえてくるが、それは途中から泣きじゃくるようになり、仕舞いにはシャワーよりも破廉恥な音のほうが激しく響いてきた。案の定の展開だ。パンパンッといやらしい肉音が少女の叫ぶような悲鳴に負けないぐらい響いてくる。あの華奢な少女にこんなことをして許される男がいるなど信じがたかった。そして、しばらくすると、湯気をまとって出てきた銀時が、神楽を抱いてタオル一枚で和室に入って行く。ふたたび、少女の掠れた嬌声が聞こえてくる……。
疲弊しきった未成熟なカラダを酷使され、神楽は尾を引くようなねっとりとした官能の悲鳴をあげていた。
新八くんが居ないときは、夕食も寝床でとっているようで、銀時が大量の卵と御櫃をもって和室に入って行くが、ときどき早くも神楽の拒絶の声が聞こえてきたり、最中に卵を割るような音も聞こえてくる。神楽がもったいないと怒っている。
なんとなく何をしているか想像できる卵の使い方に、この人、自分の上司より完全に変態だと思った。



こんなふうに、まさに食事以外も、蜜月を繰り返しているのだ。
こんな毎日が、もう数日続いている。
少女が嫌がっても銀時はやめず、ぐったりしている神楽を朝から晩まで離さなかった。



あの日、銀時が物凄い剣幕で神楽の腕を引きずって連れ帰っている光景を、山崎は見た。山崎だけではない、居合わせた服部も、この町の住人はほぼ見たはずである。
神楽はめずらしく本気で抵抗していて、銀時を嫌がっていたのだ。銀時から逃げようとした際、掴まれた服の袖が破け、取っ組み合うかたちになって、襟元のボタンまで吹き飛んでいた。
この時点で完全にアウトなのだが、頭に血が上った銀時は嫌がる神楽が悲鳴をあげると、誘拐でもするみたいに口元を手で押さえつけて、強引に羽交い絞めにして階段を登り家の中に入ってしまった。ほぼ拉致同然である。
もはやあの後の光景が目に見えるようで。まるでレイプでもしでかしそうな男の様子は尋常じゃなかった。
拷問でもされるんじゃないか、と服部が渇いた笑いでハハハと笑っていたが、山崎はまったく笑えなかった。
冗談じゃない。こっちは警察なんデスけど、これでも!
騒がしいその様子に、階下の女主人も外に出てきて顔を顰めていたが、“痴話げんか”と呼ぶには少々男の目が常軌を逸しすぎていて、周囲の者を不安に陥れるには十分だった。
取り返しのつかないことが起こるのではないかと、山崎も服部もその時確かに思ったのだ。


しかし、ふたりは警察のお世話になることなく、事件らしい事件も起きず、毎日そこはかとなく世間全体を向こうに廻している。
家庭や良識を切り捨てる冷酷さを合わせもった者にしかできない、日常への忘我的な激発と隷属、その反逆と障害である。
暑苦しく風通しの悪い美意識と、ほとんど幼児(猟奇)趣味で不潔な、途方もないいびつな幸福と、真実の愛。
精神が虚弱で、軽薄なエゴイストには到底できない芸当だった。
新八くんに至っては、もう慣れたものだった。あの日、五分ほどしてすぐ家を出てきた彼は、数日、万事屋には出勤しなかったようで、以後出勤してきても平然とふたりに仕えていた。
欺瞞と虚偽は無関心によって増幅される。
だが、不健全な均衡と危うさこそが官能を生むのだ。


山崎も、服部も、あの夜は神楽の肌蹴た赤いチャイナドレスや、獣の仔の酷く可哀らしい獰猛な抵抗や、愛の癇癪の威嚇、連れ去られた際のねじれた身体の妙なしなやかさや、なまめかしさを思い出して、まさに光沢のある仔豹のような柔らかさを、汗ばんだ白い肌、悲鳴、男の巻きついた太い腕や大きな手など、とにかく幻影に魘されて睡れない夜を過ごした。
ことに山崎は神楽の肌蹴げた鎖骨と、銀時に抑えられた手の間から小さな牙を剥き出しにする様子を視ている。青味を帯びた紅紫の痕をつけた鎖骨と、前よりも柔らかみを加えたように見える薄桃色の唇は、目の前に、可憐な花のように、幾らか色の濃い内側を見せて開いて、ガブリと男の指を噛んでいた。獰猛な犯行なのに銀時は何でもないようにそのままにさせていた。
そういう記憶の幻影を繰り返し見て全く眠れなかったのだ。
ある意味魅惑に満ちた幻は、追い払おうとしても執拗に、目の前に出てくるばかりでなく、その傷をつけられた時の神楽の状態までが、恐ろしい妄想の絵を山崎の目の前に映し出した。
上司や知り合いの数人が、暗く、固い表情をしている原因についても、山崎も服部も、そういうことかと了解した。









fin


more
05/17 16:52
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-