春の蝶がひげを巻く








あのころ欲しがらなければよかった
いまはあのころの二倍欲しい


───『モット・ザ・フープル』













(あれは新しく咲いた、花びらの厚い花のような湿り気だったのか……)



一晩、降り続いた細かい雨が空気を湿らせている。
その軒先で、雨宿りし、神楽と向かい合ったとき土方はふと、やはり神楽の肉体の、ある欲望の中へ強い力で引きこむ、花を摘むときに放たれるのと同じような、生きた新しい香りの気配を嗅いだ。神楽の皮膚の内部からなにかの火で焚かれて、蒸しだされて、辺りの空気を押して拡がる何か──。その香気は、けぶる霧雨を見ている神楽の二つの肩に眼をおいた時にも、土方を強く襲ったのだった。
湿気を含んだか細いまあるい肩が息衝いている。
男を受け入れた神楽の身体は、殊更に花の蜜を塗りたくったような光沢を出していて、ほぼ異様ともいえる美しさに磨きがかかっていた。
未だ樹にあって、樹の養分を吸っている果実のような肉体だが。
我知らず接吻けを強要しているような肩や、胸…、腹から脚、そうして腰──。
何かを考えてるらしい時、怖れる時、半ば開けている唇…。
この娘は自分では意識せずに、自分の実った体をふてぶてしく投げ出している。
土方が距離を縮めたことにしれっとしている体が、どこかで、言いようのないものを出して土方に挑んでいる。未経験だったのが、いま熟していくなかで、男だけではない──空気の中のなにかを怖れているような体に、倦怠の色がある。投げやりな色がある。知らずにやっている、みせびらかしている。



(魔物が…)



そう、思わずにはいられなかった。




土方はさっきから、どこかで、どうやっても神楽が自分の獲物になったような気がしている。
神楽を獲物としてしか捉えられない自分がいる。
いつかのように、またあの怖れのようなものを潜ませた目で視つめられたい。
土方は神楽が偶然にも通りを歩いて来た先程のことを思い出した。獲物を見定めてまっすぐに外敵が目を光らせているというのに、何も知らず、その雨に濡れた体を艶めかせた一匹の獣が、ひょっこりと巣穴にもぐり込んで来る様子が、頭に浮かんだのだ。昔どこぞの写真で見た、真っ白な毛皮のために乱獲された、絶滅した小動物のようだった。
だが、土方は自分の爪の下には押さえつけなかった。
そんなことをすれば殺される。
本気でないなら尚更…──、いや、本気であるほうがたぶん殺されるだろうか。
それに、すでに神楽に具体的な怖れなどないのだ。
むしろ怖れは、自分の、土方の体の内側にあるような気がしてならない。
しかも肉食獣の神楽は、土方の抱いている自分への何かしら、親しみのようなものを貪りたい誘惑も感じているのが、土方には何となくわかる。
土方はふと、燃え上がるようなものを抑えた。
神楽がこっちを見ていた。


(この目だ)


男の愛情を捉まえた、驕慢を隠している二つの眸。しかも今日は、一瞬だったが漫然と土方にもその色が向けられてきた。
何か、甘えたいようなものだ、それが出ている。
あの男からはもう二度とお目にかかれない、そういった安全で温かなものを自分に求めているのだとしたら、お門違いだと土方は気づいたら鼻で哂っていた。
土方はもう一度向き直り、獲物を追うように二、三歩、神楽に近づいた。
腕を後ろにまわし、しれっとして、まだ自分から目を離さずにいる神楽を吸い入れるようにして視たが、土方は腕を組むと嗤って言った。


「お前はいつまでいるつもりだ? 此処に」












完全に、精神だけの恋愛なんてものが第一あり得ないものだ。
ことにあの娘の場合……。
もしあの男が犯さなかったにしても、男以外の何者かが、誰かが、あのふてぶてしい、半ば開いている薄桃色の唇をすぐにでも奪いに来るだろうなと。土方は今では何の羞恥も呵責も疑問もなく思った。
考えるのも面倒なのに、考えてしまう。


一時の雨宿りをやめ、ふいに駆けだしてゆく細い背中が遠くなるにつれて、胸の余炎は熱くなる。
結局、あれ以外一言も話せなかった。
神楽のほうは二回ほど向き合ってくれたがそれだけで。土方が何も言わないかぎり毒も吐いてくれない。
昔っからそうなのだ。銀時と入れ替わったとき、すぐに土方に順応したように、神楽は土方が作り出すやや硬い、面白味のない、無機質な空気にさえ物ともせず、何の苦もなく受け入れて、しれっとしている。
土方は神楽の帰っていく通りに目をやり、ふと、立ち止まった。そうして顔を伏せた。
額にいつぞやの銀時と同じような暗い色が塗られているのが、空が翳り、曇天が辺りを支配している中でも見分けられた。
俯いたまま、土方はゆっくりと屯所をさして歩いた。



















fin
蜜を求めて彷徨えば
捕まえようか、捕まろうか




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07/29 01:58
[銀魂]




・・・・


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