瀕死のスワンベルクと鷲娘







彫像とぼくのキス
それは誰にもみえないが
ただ盲のこども一人
ぼくらをゆびさす











その記念塔は神楽のお気に入りだった。


聖者が雲を、雲は天使を、天使はもう一つの雲を。その雲はもう一人の天使を支えているのだ。
ほどなくして記念塔のまえに着いた神楽は、こっそりとその塔の上によじのぼり、ちいさな天使にごあいさつした。
聖者や雲や天使たちの感動的なピラミッド──。中でもいちばん天辺の天使は、重い石のなかで天空とその高みを模している。
実際の空はといえば、うす水色に澄みわたり、この埃っぽい地上の一角からは気の遠くなるほど遥か彼方にあった。
真っ黒な短いチャイナドレスのチュチュの両端を、淑女のように持ち上げて、神楽は塔の台座にすわった。そんな神楽を聖者が見下ろしている。




夏の暑さは、埃っぽい砂漠のような印象をさらに強く灼きつけるばかりだ。
塔の群像は天から落ちてきて、二度と、そこへ戻ることのできないカケラのように、広場の真中に突っ立っていた。
遠くから待ち人がやってきたのが見えて、神楽の唇がきゅっと吊りあがった。
死んだ魚のような眼。
生気がなさすぎて心配だ。
でもそれも、神楽のお気に入り。
銀時が異様にだるそうに歩いてくるのがわかって、くるくるとパラソルを廻す。
黒いレースのついたそのパラソルもお気に入りだった。
銀時が甘やかす顔で買ってくれたのだ。
この昼下がりの怪しげな時間へと、彼が導かれているのだという確信が、神楽の中の歓びをいっそう高めている。


だれも自分たちのこんな愛など信じてはくれないし、自分たちの行為が、この地上そのものと同じくらい暇なものであればこそ。
ふたりの考えや言葉は、空しく高みに這い上がろうとしているのではないかと、そんなふうに考えてニヤリとした。


神楽はこの瞬間、自分と銀時が、小さな公園と塔のあるこの奇妙に人気のない広場に転落してきて、もう二度と戻ることはできないのだと思った。
自分たち2人ともいずこからかモギ取られてきて、天とその高みを空しく真似てはいるが、これは啓示の瞬間だと思った。


何かを意味しているというような奇妙な思い込みが、神楽の心の中には突如わき起こることがある。
たとえば、自分が人生で出会う出来事は、すべて何かそれ以上のものを持っており、人生はその出来事自体によって、人生について何かを物語っているのだ。


銀時のだるそうなまるで駄目な姿かたちの中に、突然神楽はそれとは別の、十分よく知っている姿を見る。
どうしてもっと早く、こんなことに気がつかなかったんだろう?
彼はこんなにも神楽のお気に入りなのに。
近くまで寄ってきた銀時は、妙に死にそうな──ある意味、意味ありげな──眼差しで神楽をみつめて、相変わらずだるそうに歩いてくる。
神楽は聖者の像と並んで、すっくと立ち上がり、おもむろにポーズをとった。
昨日の夜、テレビで見たバレリーナがしたのとそっくりそのままの仕草で、片足を後ろにあげて、ちょこんと前屈みになって。パラソルは手放せないので、ちょっとだけ聖者に貸してあげることにした。
神楽にはわからないが、それは白い天使と並んで、ひどく古典的な踊り子の少女を現わしていた。



この世であの自分の誠実さ以外、何も持たない、傷つけられている貧しい王子。
彼への報われない愛に踊らされる貧しい踊り子、美しい踊り子───みなし児。




けれど、神楽に差しのべられる手はどこまでも神楽に忠実だ。
けだるくそのまま握られて、そのくだらないといった眼の中にも、神楽はちゃんとある証を見つける。
こんな暑い日によくぞ、とお互い自分でも頭が湧いたのかと思うほどだ。
そのことに驚いたが、このくだらなさを怖れるどころか、喜んでほっとして、たまらなく浮き浮きした気分で受け入れている自分たちに、なおいっそう驚いた。


こんな態度をとってはいるが、銀時だって十分楽しんでいるのだ。そうに違いない。
贅沢に甘やかされたどうしよもない低俗さ。


幸いなことに、銀時は神楽が想像していたよりずっと機嫌がよかった。
この時も、“待ち合わせごっこ”と称するデートの途中で、今日着た黒いチュチュによく合うエナメルのバレエシューズを買ってくれたくらいだ。
黒いリボンで編み上げるそれをはいて、銀時の横に並びながら、神楽はまたバレリーナのように少し踊った。



.くるくる

.........くるくる



パラソルを廻しながら神楽は、
”アン・ドゥ ・トロワ” をくちずさむ。






瀕死のスワンベルクと鷲娘












fin


時系列は去年ごろ…。



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07/20 19:44
[銀魂]




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