ミロのヴィーナスの腕の中で








我が愛しのロクデナシよ
一から百まで愛してください









「先生がしてほしいこと、わたしに言って」


神楽は暗がりの中で、銀八の太腿に爪を立てながら声も切れ切れにいう。
最初、銀八はめずらしい神楽の懇願かと思ったが、実はそれは命令だった。


「先生がとても耐えられないって思えるようなこと、もっと遠慮なく要求シテヨ」


そう言うと、神楽は銀八の下で向きを変え、お気に入りのくまのぬいぐるみを抱きしめたまま、腰に両足をまわしてぎゅっとしがみついて仄かに自分を揺すった。

まるでピンク色の水の膜に包まれた世界にいるようだった。


全てを許す神楽の世界。
銀八だけの唯一の世界。
夢にひとしい現実───。


何度も神楽を陵辱してきたが、か細い肉の両腕は懲りず、銀八に向かって女神のように差しのべられていた。
銀八がすべてを差し出すように神楽にのしかかると、ぬいぐるみを手放して両手で銀色の髪を鷲づかみし、つかめるものは何でもつかんで放さなかった。
神楽は顔を枕に沈めてゆったりと布団に横になり、痣だらけの体のすべての部分がその核に向かって充血していくのを感じている。


「ねぇ、もっと殴ってもいいヨ」


黄昏の中で、神楽はため息まじりに言う。


「もっと酷くして、せんせ」


そんな裏切られた顔で。


「大切にしてほしくないヨ」


そんな見捨てられたような顔を──。



結局のところ、部屋の隅で打ちひしがれている神楽を見て、胸が張り裂けそうな思いをしなきゃならないとすれば、自分のほうなのに。
あっけなく絶頂に達しそうだと気づいて銀八は恐怖に駆られた。神楽の上から転がるように離れ、うめき声とも叫び声ともつかぬ声をあげて壁にぶつかった。


「かぐら───」



あいしてる。


悲しみに泣き崩れる前に銀八がそういうのを少女は聞いた。
少女は放り出したくまのぬいぐるみを再び抱きしめる。
彼女の言葉は彼女みずからの確信を裏切るか、彼女がその言葉をちっとも理解していないかのどちらかだった。銀八は一言も信じなかった。彼は自分が書いたり口にしたりする言葉も一言も信じなかった。小声やつぶやき声でしか神楽に話すことができなくなったが、それすら一言も信じていなかった。自分が信じられるのは、どれほど自分が神楽のことを求めているかということだけだった。自分が神楽を死ぬほど求めているということを知って、思いつくありとあらゆるくだらない愛の言葉をつぶやいたり、ささやいたりしたが、そろそろ限界だと思った。思い込むことにした。だって、神楽と別れてあげなければいけないと思った。


自分は化け物なのだ。
正しく誰かを愛することのできない人間なのだ。
否、一生押しとどめて生きていくことはできたはずだった。
でも神楽といると無理なのだ。神楽が自分をこうさせるとは言いたくないが、神楽以外に自分は一生こうしたいとは思わないだろう。

どんなに自分なりの信念があっても、魂の奥底では常にそれに逆らうように、すべてが放棄、抑制へと向かっていく。
銀八が神楽と結んだ契約は許されてはいけないもので、どうしてこれを神楽が許し受け入れたのか彼自身にすらわからない。
野蛮で卑劣な自分の本性にふさわしかった。


神楽はうす汚れたくまのぬいぐるみを胸に抱いている。
銀八に神楽がねだった唯一のやさしいものだった。
まるでくまがすべてを説明してくれるとでもいうかのように、まるでくまのぬいぐるみが、二人に与えない慰めを与えてくれるとでもいうかのように。
あたかもそうした無垢なる心が、神楽の人生を洗い清めてくれるとでもいうかのように。
神楽は内なる幼い自分にしがみつく。
小さなくまのぬいぐるみにしがみつくのだ。





「大切にしてほしくない」


少女はあざけるように言った。


こんなことを神楽に言わせてはいけない。
それだけは理解しているのに───
















なのに



きみには、決して逃げ場所など与えてあげられない。











fin
この世界の果てまで君と共に行くことが出来たなら、幸福はきっと、目には見えない色をしている。



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02/23 18:35
[銀魂]




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-エムブロ-