ナチュラル・ボーン・キラーズ






醜いと感じてるけど、可愛く見える
黄色のリボン、黒の落書き
折れた骨で言葉は書かれ
秘密は口にされてない
角には太陽が描かれて
暖かくならないけれど
彼らは嘘を売り続けるつもり
しかし、あなたは綴りを確認し続ける

飛んでいる弾丸
目標に向かって撃つ
翼と光が
5から7
この白いローブを着て
暗闇を通して
空を飛んで
天国に戻るの



───t.A.T.u/White Robe















まるで平手打ちでも喰らったかのように神楽は発射した。
男はキョトンとし、恐怖というよりは驚きの様子で周囲を見わたしている。
神楽は手をおろし、自分の手がふるえていないのを自慢もなしに確認したが、すぐまた傘の柄の照尺を変えるのを忘れたことに気づいて、無性に腹が立った。
神楽は100メートル先をねらって撃ったのだ。
けれど、あつあつのご飯に卵を落として、しょう油をかける時の、つまり 『卵かけご飯モード』 の時の間の抜けた角度で撃ってしまったようだ。
すぐに照準をなおし、もう一度傘をかまえたとき、男の声がして神楽はびくっとしたというよりは注意をそらされた。




「よう。 なにか見えたのか、チャイナ娘」





「………あのでっかい雲、なかにぜったいラピュタがあるネ」


神楽は振りかえりながら言った。
彼女の目指す獲物とおんなじ格好の男がひとり、おもしろそうな笑みを吐いて立っている。


「仕留めるつもりならちゃんと仕留めてくれよ」


不似合いな青空をバックに近づいてくる男の様子は、一種異様に見えた。
対して神楽も、太陽がジリジリとからだを焦がすなか、少女にふさわしからぬ笑みを吐いてみせる。


───晴天。


おそろしいほどの晴天が、ふたりを目掛けて襲いかかっていた。
ここは日陰こそ見当たらない屋根の上で、しかも絶好の射撃ポイントだ。
無視できない量の紫外線に神楽はすこしフラリと視界がよろけるのを感じた。目に入った汗をぬぐい、生憎すぐ傍まで寄ってきた男の影を頼って立ち上がれば、彼女は愛傘を両足のあいだに立て、片足に重心をかけながら、一匹のめずらしい相手にじっと視線を据えた。
目星をつけた獲物はすでに二度もやり損なっている。いま神楽の邪眼がとらえる男とはまったくの別ものだ。
見つけたと思ったらいきなり建物内に入ってしまったり、射程距離内を障害物に邪魔されたりと、仕留めるのがそれなりにむずかしい獲物だった。
けれど、目指す獲物は必ず今日のうちにあの横顔を破壊されなければならない。


「獲物を仕留めたいんなら、音を立てちゃならねーよ。おびえさせてもならねえ。ヤツがどこへ行くか、どこで追いつめることができるか、見当をつけるこったな」

「わかってるネ」


神楽はバカみたいに言ってみた。


「もう無駄には撃たないアルヨ」


奇妙なことに、神楽はおかしさと怒りの両方を心に感じている。
夕方までには獲物を殺すことは確信していたが、何度もやりなおさざるを得ないことが、しまいにはおかしくなってきたのだ。そして、仲間のくせに一言たりとも神楽を咎めず、非難せず、むしろ助言のような応援を送るこの男も憎らしかった。

───二時間前に、いたいけなひとりの少女が警官の男にはずかしめられたのも知らずに。



神楽は途方にくれていたのだ。
クーラーも扇風機もない万事屋から逃げだし、公園の木陰のベンチで彼女は午前中ずっとその上に寝そべり、二人のぶさいくな少年の舎弟に団扇をあおがせながら、一言も口をきかずに空を見つめて過ごしていた。
少女の不動のメランコリック───。
はじめのうちは彼女のどんな欠点よりも少年たちを怖がらせた神楽の不遜さも、しまいにはふたりを、しいては他人を魅了するようになっていく。
その愛くるしい異端美と、生まれつきの悪の華で、またたくまに有名になった歌舞伎町のちいさな女王は、けれど初夏の暑さにさえ勝てず。その日、二人の少年がほとんど言いなりなのをいいことに、太陽の熱烈な愛に応える彼女の無関心、彼女のメランコリーは、これ以上の結果を生むはずはないと、ごく不当に殻をやぶり捨てた。
その引金となった元凶は、その日も何気ないふうに仕事をサボっていたひとりの──悪徳警官。
公園にのさばる幼い女王様に気づき、あざ笑いながら近寄ってきた遭いたくもない宿敵と相まみえなければならなくなったとき、神楽は機械的な嫌悪と、やや好奇心の入りまじった様子でその男を見上げた。
が、ふと、男が手にするアイスの当たり棒を見つけて、反射的に物欲しそうな眼を見せてしまった。
男はおそらく彼女に毒舌をあびせられ、追い返されるものと覚悟していたが、神楽はもうずいぶん前から暑さにぐったりやられていたので、次のように言っただけだった。


『──おい、下僕ども。そいつが持ってるアイスの当たり棒をもらってやるヨロシ。もしくは剥ぎ取れ。金で買え』
『い゛…えぇっ!? む、無理、ムリムリ…無理だよー、コイツくれるわけねーもん。それにオレ金ねーし。よっちゃんは?』
『オレだって持ってねーよ』
『じゃあ剥ぎ取れヨ』
『サっ…サツから剥ぎ取れるわけねーだろ!!』
『チッ… 使えねえ奴らアル』


ふたりの少年が困惑しているのもかまわず、男は無感動な視線のもとで神楽の顎に手をかけたかと思うと、ニヤリと苦笑った。


『そんなに、このアイスの棒が欲しいのかィ?』


ひざまずき、じんわりと吹きでていた少女の頬の汗を親指で軽くぬぐうようなしぐさをする男に、神楽はすっかり唖然とした。 触られた感触を拒むことも忘れて、というよりは忘れたフリをして、気でも違った男の様子に食い入る。つらそうな彼女の魔皮は白く、冷たそうですらあり、その目に毒なほどのきめに手をすべらせる不埒な男は、黙ったまま暑さをやわらげるような涼やかな瞳をかぶせてくる。
立場をわきまえない行為だったが、この際、アイスの棒をもしかしたらいただいてしまえるかもしれないと、その時神楽は思い込んだのだ。依然何を考えているのか、けれど男は今日にかぎって女王様のツボを心得ているようにも見える。神楽自身ひどく退屈もしていた。
この、警官でもある男の神経がいつも破裂するのは、男が神楽にかけた罠でそれが証明されず、他人が見たらぞっとするようなふたりの喧嘩に陥るときだけなのだ。
神楽は男に向かってコクリとうなずいた。女王様の欲しいものをくれるかどうか、くれるとすればタダかどうか訊ねた。ちょうどそのとき、少年のひとりが持っていた団扇が、疲労から手許をすべり落ち、男がそれを拾いあげた。
神楽が一部始終を眼で追っていると、彼女に向けてパタパタとあおいでくれる。その末恐ろしい忠誠(親切)に、またしても眼を見張る。
男は何故か怒りのようなものをこめて答えた。侮蔑的で、挑戦的だったが、神楽の眼はまったくあどけなかった。


『いいアルヨ?』


ちょっと顔をしかめた男がすぐにそれを消し、少女の顔の上におおいかぶさった。
不幸なことに神楽は勘違いしたのだ。にじむようにぷっくりと開いた薄紅色のそこに──…それが重なったとき、彼女は自分が何をされているのかわからなかった。声なき声でムンクになった少年たちの叫びの下で、男は小声で、

『気でも狂ったかィ?』

と言いながら顔をあげた。
そうして持っていたアイスの棒をソコに挿し込んだ。
男はしばらく好奇心と恐怖に似た感情の入りまじった顔で、棒を咥えた少女を眺めていたが、彼女のほうは相変わらず無感動そのものだった。…というより、固まっていた。ふたりの視線は交叉することなく、その公園で終わった。
神楽が放心から解けたのは、それから少し経ってのことだ。
抜け殻のままでいる下僕どもの眼下からのっそり立ち上がり、男の言った一語一句を思い出してみる。




『 折 半 さ せ て く れ た ら く れ て や っ て も い い ぜ ィ 』




男は 『せっぱん』 と言ったのだ。



はて? せっぱんとは何か、せっぱんはせっぱんである。半分こという意味だ。銀時とよくやる半分こだ。この場合、アイスを半分こという意味ではなかったのか…。
実際、男は神楽の聞き間違った単語をしっかりちゃっかりきっぱり言っていたが、神楽はそんな言葉は知らなかったし、その意味もわからなかった。同じ意味で別の単語を使われていたなら即わかっただろうけれど、不幸なことに、暑さで頭の回転がいつも以上に鈍くなっていたこともある。
聞き間違ったうえに、聞き返しもせず、その意味まで間違った解釈で自分有利に運んでしまったのがいけなかった。
事実、彼女のこれまでのいくつかのもっとも重大な瞬間において、神楽はよくつまらないドジを犯す能力をもっていた。
そのおかげで神楽はいつもある種の深刻さから自分でも知らず知らず回避できていたが、今回は話が違う。
断末魔の苦しみをもってして、男を血祭りにあげねばならないことを徐々に確信していったのだ。
震える手で、そっとそこを撫でてみた。
不思議なことに、あの時の感触があまり思い出せないことが唯一の救いだった。
公園の水飲み場で長らくそこを洗い、ゆすぎ、神楽はひとつの戦争に志願する思いで、地を蹴った。
アイスの棒はさすがに見る気も失せてあの場に捨て置いた。





───いま、目の前の男が問いただし、神楽の勘違いから生まれた動機を知ればどう思うだろう。


いっそ、仲間の無体を知らせてやってこの男がどう出るか見てみたい気分にもなったが、神楽は男の薄いくちびるが、ぴったりとその影の中に寄りそう自分に苦笑っているのに、今更ながらぞっとなった。
この視線のやりとりがはじまって以来、はじめて神楽は驚きの反射を示して跳びあがった。
突然のことに男はビックリして、神楽の様子に絶句したが、ふと彼が眼をそらすと、彼女はまたつかつかと傍まで歩み寄っていってまっすぐに見上げ、ふたたび平静に心の中で呟かなければならなかった。


(いっそ、コイツにも手伝ってもらえばいいネ。 そうしたらきっと、もっと完璧ヨ。確実アル。 確実にぶっ殺してやるネ)


家々の屋根を飛びすさりながら、先ほど街中をめちゃくちゃにしてわめきたい気分だったのを思い出し、あの獲物と同じ仲間の男の前で醜態をさらすことに、我慢を覚えた。
おかしなことに神楽は、男に向かってちょっと微笑みかけさえした。
それから愛傘の状態を確かめ、弾丸を見せびらかしてやった。
銃の手入れが終わるまで、珍しそうに男は神楽を見ており、その前で入念に照尺を調節し、相変わらず平然とした様子で引金に指をかけた。 神楽はそれを自分のこめかみに当てた。


「……おい、」


何の冗談だと、男が顔色を変えるのに、少しいい気分になる。
非難じみた邪眼をむけ、ジリジリと引き上げる鋼鉄にこの男が焦りだすのを見ていると、まったくもって愉快だった。





「わたし、おまえのこと愛してるの。
気違いのように愛してるのヨ」





思いきって、あり得ない馬鹿げた台詞も言ってみた。
さすがに怒られるかなと舌を出しかけたが、
男は雷に打たれたように停止してしまっている。
神楽はこういうふざけた 『オママゴト』 を演じるとき、ひどく大胆で、少し退廃的で、すばらしくイノセントだった。
傘を降ろしかけるまで、かなしげに神楽は男に微笑みかけていた。
逆に男は小指一本動かせば自分の名誉にかかわるというふうだ。


「ぷっ……」


神楽は勢いよく傘を開くと、思いっきり吹きだし大爆笑してやった。そっくりかえって傘に埋もれ、エネルギーを消耗した。
太陽がさんさんと降りそそぐなか、凍りついたような不動の姿勢で怖い顔をさらす男にも気づかない。
その大きく四角ばった長い手が伸び、一瞬の躊躇いを捨て去って傘の影から細いうなじが掴まれるまで──神楽は腹をかかえて笑っていた。
ぐっと引き上げられ顎を向けさせられた時には、すでにグンと顔が近づいていた。


「おかしいのはお前だろう」


「──……。」


おかしいのはお前だ。 二度もそう凄む男に神楽は押し黙った。
あまりに近い距離に思わず、 ドクリ、 と心臓が不穏な音を立てるのを聞いたが、それでもピクリとも笑わないのだからこの男もノリが悪い、なんて思う。
ただ本気で怒ってしまったことは察して、二人は互いに眼を見つめ合ったまま、仇敵同士のように、また恋人同士のようにしばらく突っ立った。
それからゆっくりと離された手と、入れ違いに、神楽は今度は心から男に訊ねた。


「……もし、さっきのが嘘でも、手伝ってくれるアルか?」


一瞬意味がわからず男は眼をぱちくりさせたが、その少年のようなしぐさに神楽が笑うと、呆れたように合点がいったと鼻からタメ息を吐いた。
もちろんイヤとは言わせない、憎まれっ子特有のふてぶてしい少女の押しに陥落せずとも、男が拒まないことは80%強期待できる。たとえ手伝ってくれなくても、邪魔だけはしないだろう。本当に獲物を始末したあかつきには、隠蔽工作さえ手伝ってくれるかも…。
神楽は思いがけない共犯者の動作で、片手を男に向かって差しだした。
少女は男の手を求めたのだ。
小さな復讐者の手で、世にも厭わしい隊服の、けれど心強い相棒となる男が何やらためらっているあいだにかまわず。
この男のせいで肝心の獲物を見失ってしまったのだから、思えば逃がす気もしない。
おろかにもたった一人で夕方までにあの獲物をもう一度探しだすのは骨が折れる。
本能的に神楽は男の手をぎゅっと握った。
太陽を背にして、完全に不動の姿で屋根の上に立っている男は、さすがにその手をもう放して欲しそうにしている。
妙に冷たく汗ばんだ固い掌と、同じく汗ばんだ男の顔に傘をかざしてやれば──


「……ま、俺と組むからには仕損じることもねーか」


往生際わるく諦めた顔で苦笑った。


「何ひとつ、やり損なわないネ」


神楽は男の、思いのほか忠実で、馴染んできた手を放してやる。


「どういう意味だ?」
「やり損なった時はお前も覚悟しろって意味ヨ」


気を取り直して傘を自分だけに差すと、獲物がまるで手にとるように間近に見えた気がした。
あらたな情報と射撃ポイントを確保するため神楽が動きだせば、男も無言で携帯に何やら連絡を取っているようだ。
部下でも使って獲物の位置を探し出してくれるのかもしれない。この男こそ死闘を楽しんでいるようにもみえる。
ふと、思いついた疑問をとっさに神楽は飲みこんだ。
どうして─…神楽が獲物に近づかず、遠くから仕留めようとしているのか、その理由を男は一度も訊こうとはしなかった。
暗殺といえば聞こえはいいが、どこかで神楽の中の何かが、獲物との直接の接触を拒み、痕跡を残さず、今までになく残忍な方法で抹殺してやろうと思っているのも、きっとアレが原因なのだと自分でも思う。
さすがに泣きたくなるようなことはなかったが、怒りや口惜しさ以上に、今ではじわじわと心を蝕む消えない汚点に喪失のせつなさが身に沁みるようだった。
いっしょに屋根から降りた隣りの男をチラと見上げるが、まだ携帯をいじくっている。


まぁ、なにはともかく。



二人して獲物を追いつめるのだ。











fin


MGMT/Kids



more
09/06 12:00
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-