少年は残酷な弓を射る







そのように、
僕たちがいとおしむ優しいものは…
僕たちの胸の奥につつまれると、
────ほろびてしまう。










坂田銀時とはいったい何者だろう……。
常々、沖田はそう考えるようになっていた。
彼に挑んだクソ上司のふたりがふたりとも難なく敗れ去ったあと、ようやく男の名を知ったが、どんな男だろうと、その興味は当初から尽きない。こっそりと男の住所を訪ねてみると、歌舞伎町の端っこで万事屋などという胡散臭い商売をしている、その日暮らしの男だとわかった。しかも、年ごろの仔娘といっしょに住んでいる。…。
危険な仕事に、まったく理解のない男なら近づく術もなかったかもしれないが、運よくそういった貧乏くじも引きやすいのだとわかり、懇意になっておいたほうが何かと便利だという、腹黒い計算のもと、最初は警官としての正義をチラ見せして仕事を依頼した。


男の悪事に対する目は公正だった。モラルに反するからといって過剰にはならない。仕事の完遂が第一ではなく、依頼主のためというのでもなく、彼自身のためだとはっきりしたのは、暑苦しく風通しの悪い美意識に男が自分で思うよりもずっと酔い痴れていたことだ。それが本当なら大したエゴイストということにもなる。
ある意味、ひねくれた孤独者としての狡猾ぶりが、沖田の興味をいたく惹いた。男の内部に巣食うひっそりと静かな哀感、孤独者としてのしたたかさ、のらりくらりとひたむきに生き続けているようで、まっとうな世間の認識から故意にどんどんはずれていくような、その異色感。


そんな男が、一緒に暮らすひとりの少女にだけはべったり必要とされることを赦している。


当初は男に対する興味だったものが、いつの間にかその少女へと移るにしたがって、沖田は男を化け物ではないかと思うようになった。
その驚異的な強さだけをいうのではなく、一人の人格に対して絶対的な信頼、それも痛々しい信仰にも似た特権意識をあたえることのできる人間など、あまりに底が知れない。 むしろ異端だ。
どこか残酷な、底に宗教の匂いすら感じられる勝利者としてのふたりの影は、時おり彼女だけに溢す、男の世間全体を向こうに廻した、不逞な微笑いにも表れていた。
それが沖田のサディズムを尚さら刺激した。
沖田はその後、少女のあくどい殉教ぶりに目を止める時、ふとした瞬間の、その時の男の顔を、彼女の後ろに見るように思うことがあった。そうしてその異様な、ぼんやり浮かび上がる影を見る時、沖田は彼女の可哀らしさの中に、濃密な罪の香りを嗅ぎあてた。


───無自覚な、罪の香りだ。


少女を見る男の目はそんな時、その親愛の蔭を深め(いやむしろ溺愛か)、彼はなにかの立ち迷うものの間を見定めるようにして、彼女の様子に目を据えていた。精気のない、といってもいい男の多くの刻、哂いを含んでいる死んだ魚の目が、そんな時だけ濃い惑溺の影を宿して、水を湛えたように潤うのだ。
何よりも、沖田自身、少女がそうなっている時の本質的な歪みに魅せられて、そこに溺れ込んでいるので、彼は彼女を、そういう彼女のままで眺め、サディズムを傾けている状態になっている。
しかし、男に近づく自分をいつまでたっても認めようとはしない彼女に対する、そこはかとない寂しさを──その当時は何故それが寂しいと感じるのかさえわからなかった──さらに男に近づくことで晴らそうとしたものの、今では、露骨な接近が逆に自分への致命傷となってしまうことを理解できるようになってきた。
自分の浅ましい馴れ合いにハッとして、絶対的なその信頼に対する、徹底した不信の交叉を願うこともあるが、最後は、無駄か……と否定してしまう。
すると、おかしなことに多少、寂しさだけは薄らぐのだ。
今では男に関係なく、少女の堕天した信仰に魅せられ、何とかそれを壊してみたいと、月を欲しがる子供のように思うようになった。仕事を持ってあの家を訪ねるたびに、暗いサディスティックな歓びがふくらんでいく。
支えてやらねば倒れてしまいそうな、実に頼りなげな美しい姉を見て育った沖田は、彼女のような女の品格こそが男を虜にするのだと思ってきた。だが、神楽という名のあの娘、ああいう娘がかえって魔性の女なのであり、男を魅惑し、狂わせるのかもしれないと実感するようになった。
実のところ、あの化け物も少女の魅力の虜になっているにちがいないが、そういう一種の気配がありながら、沖田に俗悪な心を恥させるほど清潔な、保護者と子供としての楽しげな馴れ合いを見せつけてくるのも許せない。男も健全な身体であるからして、ときどきは金で買える女と下半身の不始末はつけているだろう。しかし、それはつまみ食いで、その場限りの楽しみだ。


図らずして男が自分側の人間だと嬉しく思うようになってからというもの、苦悩は日々湧いてくる。なのに彼と接していると、あまりにも意気投合することばかりで、唖然とする。もう少し自分よりは 『まし』 な男だと思っていたかったのかもしれない。日が経つほどに確固となってくる気持ちの怨鎖に、ますます腹が立つ。
興味ない者が何をしていようと関心はないが、男にかぎっては拘らざるを得なくなってしまう自分が、沖田はいちばん悔しかった。


それも、


(あんな似非チャイナに……)


そう思いながらも──…道端で、彼の自宅で、彼女に会える歓びで、いそいそとしてしまう。
ひとひと月ぶりに会う少女は、今は髪を伸ばしているのか、背中の三分の一ほどまで切り揃えられた艶やかな桜色を、ゆるく三編みで一つ纏めにしていた。玄関先に出てきた彼女に、すぐに沖田の目は釘付けにされた。


「……何の用アルか?」


それはそれは、もの凄く嫌そうな目で睨まれて、勝手にあがりこもうとする沖田を通せんぼしてくる。


「旦那に、ちょっとねィ。 いるんだろィ?」


短いチャイナドレスから、人形のようにほっそりと伸び悩む眩しい肉の柱に視線をやりながら、沖田は平静を装って訊いた。


「また、危険な仕事持ってきたアルか」
「…さぁねィ」


ニタッと笑うと、少女はことさらつまらなさそうに視線を落とした。
そうしながらも、奥から聞こえてきた銀時の声には、来訪者に向かって上がれと許容する。


逆らえないのだ。


何をおいても、何を想っても。


あの男の自由と引き換えにするべきものを彼女は持たない。そう自分で信じこんでいる。 …愚かにも。
沖田はそんな、つまらなそうに先に廊下を歩いていく少女の背中を追いかける。罪の香りを胸いっぱいに吸い込んでみせる。 灼けつくような吐き気を感じた。


同時に、やけに興奮もした。











fin



花の香りに迷うものは、花を摘んで
その胸にいだきたがるが、
───おかげで花は枯れてしまう。



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07/26 21:33
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-